2-7 見えざる手

「――ということは、特に怪しい人物は見ていないということですね?」

「はい、そういうことになりますね」


 今回はメガネが質問し、貴理がそれを手帳にまとめるようだ。

 用途がよく分からない飾りを作る手をいったん止めて、メガネの質問に工作サークルの1人がそう答えると、貴理が手帳にペンを走らせる。

 これで聞き込みは5人目だ。今のところめぼしい情報は無し。

 『誰も怪しい人物は見ていなかった』ということしか分かっていない。

 そして、次が本命の刈谷光輝さん。確か商学部の3年と言っていた。今回の被害者だ。


「では、刈谷さん。被害の概要を教えてもらえますか?」

「うん。分かったよ」


 メガネの質問に対してそう答えたのは、金髪の頭に派手な服を着た、いかにもウェイという見た目をした男だ。

 身長175センチ程度だろうか。耳にジャラジャラと付いたピアスが目を引く。

 初対面の相手に敬語を使わない馴れ馴れしさも含めて、俺の大嫌いな人種だ。

 一切関わりたくないので、質問はメガネと貴理に任せることにした。


「まず確認ですが、鑑賞券を盗まれたのは刈谷さんで間違いないですよね?」

「そうだね。今日は朝からここでずっと皆で作業していたんだけど、気づいたら財布から抜かれてたよ」

「盗まれたのではなく、失くしたという可能性は?」

「それはないね。朝ここに来たときは確かにあるのを確認したし、それから一度も財布を触っていない。失くしたとは考えられないな」

「なるほど。では、他に盗まれたものはないんですか?」

「それは僕も考えて、自分の持ち物をチェックしてみたよ。まぁ、最初からここには財布とスマホ、それから工作に使う工具しか持ってきてなかったんだけど、どれも無事だった」

「工具、ですか?」

「あぁ。その辺に散らばってるだろう? ハサミとかカッターとか。大部分は僕ので、皆に貸し出してるんだ」


 言われて、周りの様子を観察してみた。

 工作サークルというのは伊達じゃないのか、周囲には飾り制作に使ったと思われる道具が散乱している。

 ハサミ、カッター、ドライバー、定規、錐、シャープペンシル、絵の具、そういう誰にでも分かりそうなものから、名前すら分からないようなものまで沢山だ。


「それらには、抜けはなかったんですね?」

「一回集めて確認したから、間違いないね」

「つまり、犯人は財布からわざわざ鑑賞券だけ抜いて、他には手を付けなかったと? 現金にも?」

「そういうことになるね。何がしたいのか僕にはさっぱりだ」


 今回も犯人は意味不明なものだけを盗んでいったらしい。

 単に映画が見たいなら、財布から現金を抜いたほうが早い。

 しかし、わざわざ鑑賞券だけを盗んでいる。


「では、今日の行動を具体的に教えてもらえますか?」

「いいよ。まず、今日は朝の9時に家を出て、10時にはこの公園に着いた。この時、近くの自販機でジュースを買うために財布を開いたんだ。さっきも言ったけど、間違いなく鑑賞券は財布に入っていたよ」

「それで、ここに着いた後はどうなさっていたんですか?」

「そこのベンチに財布とかスマホを置いて、作業に使う道具を広げたんだ」


 そう言って、近くのベンチを指さす。

 工作サークルの人たちが作業をしている場所から数メートルしか離れていない。

 公園のど真ん中かつ人が集まっている場所の近くか……


「確か10時過ぎだったかな? で、その後は集まってきた皆と一緒にずっと作業さ」

「その間、怪しい人物が近づいてくるのを見たりはしませんでしたか?」

「いいや。サークルのメンバーしか見覚えはないけど……でも、普段通行人を注意深く観察したりしないから、目に留まらなかっただけかもしれないね」

「因みに、鑑賞券がなくなったと気づいたのはいつですか?」

「あぁ、それはお昼前だよ。11時半くらいに早めに昼食を食べようとして財布を開いたんだ。そしたら鑑賞券がなくなっててね。近くを探そうとしたら、財布が置いてあった場所の近くにこの紙切れとカードが置いてあった」


 刈谷からメガネにカードと記事のコピーが手渡される。

 カードの裏面にはやはり『distortion』の文字。これで同一犯なのは確定だろう。


「カードはこんな感じで置かれてましたか?」


 貴理が手帳を開き、俺が被害に遭った時に描いた図面を見せる。それは紙切れとタロットカードがどのように置かれていたかを表すものだ。


「あぁそう! まさにこう置かれてた。紙切れの上にカードが逆向きに置いてあってね」


 大分状況がはっきりしてきた。

 貴理の手帳を覗いてみると、今までの情報が見やすくまとめられている。


 ・被害者:刈谷光輝かりや こうき(商学部3年)

 ・犯行場所:北公園、周遊道途中のベンチ(衆人環視の中にあったと考えられる)

 ・犯行時刻:午前10時過ぎ~午前11時半の間

 ・盗まれたもの:鑑賞券

 ・現場には『死神』のタロットカードと新聞記事のコピーが置かれていた(置かれていた状況は別図)

 ・タロットの裏には『distortion』というメッセージ(同一犯の可能性高)

 ・怪しい人物の目撃情報はなし(目に留まらなかっただけの可能性もアリ)


 相変わらず分かりやすい要約だ。

 これで大体の状況が分かったが、謎が1つ存在する。

 犯人はこの衆人環視の中、どうやってベンチに近づき財布から鑑賞券を抜き取ったのか?

 工作サークルの皆が作業をしている場所と、財布が置いてあったというベンチはかなり近い。

 刈谷が言っていたように、普通は赤の他人を注視したりはしないとはいえ、流石に誰にも気づかれていないというのは、現実的に考えてあり得ない。

 パッと思いつく可能性は2つ。

 1つは、ベンチに近づいても不自然に思われない人間、つまり工作サークルの内部犯による可能性。

 もう1つは、作業の間皆の視線がどこかに集中するタイミングがあり、その間に犯行を行ったという可能性だ。

 ……話したくはなかったが、解決しなければならないというなら確認しないわけにもいかない。

 意を決し、俺は刈谷に話しかけることにした。


「あの、工作サークルのメンバーの中でベンチに近づいた人はいるんですか?」

「え? まぁ作業に疲れて少し休憩していた人は結構いたから、それなりにベンチに近づいた人はいると思うけど……何? もしかして内部犯を疑ってるの?」

「ちょっと詳。内部犯だとしたら、昨日の割引券は何だっていうの? 昨日と同一犯な以上、普通は外部犯を疑うんじゃない?」

「まぁ普通はな。でも、それを狙ってる可能性もある」

「いや、内部犯はないよ。1人で休憩していた人はいなかったし。それとも共犯の可能性があるから、荷物検査をさせろとでもいうのかい?」

「い、いや、そこまでは……」


 ウェイの迫力に押されてビビってしまった。顔が怖い。

 それに、被害者がそう言うのなら是非もない。俺は警察ではないのだから。


「あ、えと、もう1つ聞きたいことがあって、作業中に皆の注目を集めることは起きませんでしたか?」

「それなら、サークル長が11時過ぎくらいに差し入れでジュースを持ってきたよ。毎回恒例でね。その時は皆そっちに集まって、どのジュースをもらうか選んでたね」


 なら、その時に犯行は可能だったかもしれない。


「ありがとうございました」


 その後、貴理とメガネの細かい質問に幾度か答えると、刈谷は作業に戻っていった。

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