2-6 正論の存在理由
電話で指示された通り、公園の池側に向かい周遊道を歩く。
しばらくすると、1つのベンチの周りに人が集まっているのを発見した。
どうやら何か大きなものを工作しているらしい。
見たところ、何かの飾りのようだが、詳しくは分からなかった。
近づいていくと、そのうちの1人がこちらに気づきズンズンと向かってくる。
何を隠そう貴理その人である。
「おっっっっそい!! 何やってたわけ!?」
「これでも最速で来た」
「はぁ? あそこからここまで1時間以上かかるってどういうこと? そんなの私納得できない!」
「まず、ベッドから起き上がるための気力を振り絞るのに10分。着替える服を探す気力を振り絞るのに10分、それから――」
「あーもういい。聞きたくない。どうせいつも同じ上着と黒の服じゃんとか言っちゃうから」
「さいですか」
既に口にしているが、とは言わない。
「それで? わざわざこんな所まで呼びつけて、どういうつもりなんだ?」
「はぁ……とりあえず、人を紹介するわね」
「人?」
「えぇ。『あてらさわ』先輩! ちょっと来てください」
『あてらさわ』、と言われてもうまく漢字が思い浮かばない。どういう字を書くのだろうか?
貴理が背後を振り向いて声をかけると、背の高い細身の男がこちらへ向かってくる。
取り立てて特徴のある部分はないが、強いて言うなら眼鏡をかけているところだろうか。
黒い髪も、流行を意識しているのだろう服も綺麗に整っていて、清潔さと誠実さを与える外見だった。
少し気取っている感じが、気に入らない。
「彼が『あてらさわ まこと』さん。私が兼サーしてる『マイルリバー編集会』ってサークルの先輩よ」
「初めまして。『あてらさわ』です。よろしくお願いします」
「は、はぁ。どうも、渡貫詳と言います」
「角川からお話は伺ってますよ」
眼鏡を手でクイッと持ち上げながらニッコリとほほ笑まれたが、ろくでもない話を吹き込まれている気がする。
というか、その動作を本当にする奴は初めて見た。やっぱり気に食わない。
「あの、失礼ですけど、漢字はどう書くんですか?」
「あぁ、『あてらさわ』という名字は珍しいですからね。学内には私の他にはいないはずです。左右の『左』に金沢の『沢』という字で『
つまり、『左沢 誠』で『あてらさわ まこと』と読むわけか。
「左沢先輩は毎月出す記事のネタを集めててね、もしかしたら『死神盗難事件』のことも何か知ってるんじゃないかと思ってお昼に聞いてみたの。そしたら、なんと今日の午前に被害が出てて……」
「えぇ。あそこで作業している、
そう言って、背後で飾りを作成している集団の内の1人を指さす。
「あの方です。現場には角川から聞いていた記事のコピーとタロットカードが置いてあったそうですよ」
「はぁ。それで、なぜ俺を?」
「それは当然、私達でこの事件を解決するためよ!」
えへん、とばかりに胸を張って貴理が宣言する。
「帰る」
「待って! 折角ここまで来たんだから、刈谷さんから話を聞いてみようと思わないの? どんなミステリーでも、情報収集は大切でしょ?」
「俺は安楽椅子探偵が好みなんだ。現場を這いずり回って情報を集めていくなんて、面倒なことはしたくない」
「あんたの頭はこういう時にしか役に立たないんだから、少しは世間に貢献しなさいよ!」
「世間じゃなくてお前の暇つぶしの間違いだろ……俺はこんな事件興味ないし、そもそも悪戯だって昨日も言ったし」
「……いえ、それはどうでしょうか?」
俺と貴理が言い争っていると、意外なところから貴理に助け舟が入った。
「昨日の一件だけなら確かにただの悪戯の可能性が濃厚でしょう。ですが、今日別の方が被害に遭われたのですから、犯人には明確な意図があると思います。単なる悪ふざけとは思えない。それに、2件目が発生した以上この件はまだ続くかもしれません。だとすると、これを解決できれば世間に貢献したと言えるのでは?」
またも眼鏡をクイッとさせながらそう宣った。いちいちイライラする動作だ。
しかし、左沢さんの言うことはもっともなことだ。そして、一番言われたくなかったことでもある。
正論というのは、相手を納得させるためではなく、相手に反論を許さないためにあるのだと今実感した。
腹が立ったので、こいつは眼鏡が本体ってことにしよう。そうしよう。
ついでに、俺の中でのあだ名は『メガネ』で決定だ。
「……そうかもしれませんね」
「よし! じゃあ事情聴取を開始しましょう!」
「ええ。良い記事が書けそうです」
再度メガネが眼鏡をクイクイしているのを見せつけられた。
結局、メガネと貴理の2人に押し切られ、今日も面倒ごとに付き合わされる羽目になった。
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