2-5 退屈は死に至る病
部屋を出て、この街の東側に広がる住宅街の中を、数年前まで通っていた高校方面へ向けて歩き出す。
北公園はこの街で一番大きな公園であり、俺の部屋とは高校から見て逆方向にあるのだ。
運動場や広場、人工池があり、その周りには周遊道まで敷設されたかなり立派な公園だ。
運動場の方には、体育館はもちろんテニスコートやサッカー場、野球場など普通の人が思いつく施設は大体そろっている。
そのため、いつも人が多く賑わっている印象だ。
逆に、人工池の方にはほとんど人がいない。
池の規模も大きく、周遊道もあり、更に周りを人工林が囲っているため割と雰囲気はあるのだが、散歩くらいしか使い道がないからだろう。
見慣れた道をゆっくりと歩きながら、退屈な風景を流し見る。
高校の時の通学は、今とは違って大分快適だった記憶がある。
通学の時間帯だって、学校の近くでもなければ通りにほとんど人がいなかった。
今も通りには人が全くいない。
西側にある繁華街の人混みがまるで嘘のようだ。とても同じ街とは思えない。
そういえば、大学に入ってからこっちに来ることは滅多になくなった。
いや、一度も来ていないかもしれない。
こちらには商業施設はほとんどない。用がないのだから当然の帰結だ。
……それに、あの公園や高校には出来れば近づきたくなかった。
だからだろう。酷く懐かしく感じる。
高校生の時通学で通った道は、数年過ぎた今でもそこまで変化がない。
古びた標識や多少曲がってしまっているカーブミラーまで、あの頃のままだった。
記憶のままに進んでいくと、大きな校舎が見えてくる。
そのまま歩き続け、校門前にたどり着いた。
「白日高、我が麗しの母校か……」
校門の前で立ち尽くし、郷愁に浸ってみる。
校門、校庭、校舎。それらを一瞥しつつ、在りし日の自分を思い浮かべた。
1人で登校し校門を過ぎ去る自分。
体育の時間にペアを作れず、1人で体操する自分。
教室で1人昼食を食べるのが気まずくて、わざわざ特別棟の屋上まで行って食べていた自分。
部活にも入らず、1人でさっさと下校していた自分。
その時チラリと、『彼女』の姿が脳裏によぎる。
……
ある時期を除いて、思い出して懐かしむような記憶を探り当てることは出来なかった。ろくなもんじゃない。
俺の大好きな作品に出てくる故郷の街々は、主人公にとって思い入れのある特別な場所が多い。
だけど、ここは違う。
この街は嫌いだ。誇りたい思い出が何も刻まれていないから。
思わず顔がほころぶような素敵な思い出はもちろん皆無だ。
それに、今でも夢で見てしまうくらいには悪い思い出だってある。
しかし、そんなトラウマが出来てしまうずっと前から、俺はこの街が嫌いだった。
それは多分、『何もないから』だと思っている。
『何もなかった思い出』というのはそれだけで害悪だ。
道行く人が昔を偲んで温かい気分になっているにもかかわらず、俺は空虚な気持ちを思い起こされる。
あの時も、あの時も、俺の人生には何もなかったんだと。
何もない空っぽの街。
いつまで経ってもこの景色は好きになれない。
高校時代の俺も、今の俺と変わりはしない。
一つ変わったことがあるとするなら、他人をうらやむようになったことだろうか?
高校時代のあの頃、もし何かが変わっていれば……
「はぁ……」
ありえない妄想を、首を振って頭から追い出す。
下らないことを考えてないで、さっさと目的地へ行こう。
まだ時間は大分あるとはいえ、何か起きて遅れないとも限らない。
嫌いなものから目を逸らすように、ふと空を見上げると、どうやら今日は一日曇りらしい。
憂鬱になる風景に嫌気がさしながらも、目的地である北公園に向かって歩を進めた。
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