2-8 過去の残滓
あれから何人か工作サークルの人の話を聞いたが、ほぼ進展なしで後半からあまり聞いていなかった。
あとで貴理がまとめたノートを見れば良いだろう。
珍しいものを見る目で飾りを作る様子を眺めていると、作っている一人でまだ話を聞いていない人と偶然目が合った。
180センチ弱はありそうな身長に筋肉質な体は、少し離れているのに大柄な印象を受ける。
黒い短髪と身にまとうスポーツウェアから、体育会系だと判断した。俺の嫌いなタイプだ。
その男はこちらを見て首をかしげると、次の瞬間何かに納得したように手を叩き、近づいてくる。
「なぁ、お前、もしかして渡貫じゃないか? 白日高出身の!」
「え?」
誰だこいつは。知り合いかと思って脳内で検索をかけてみたが、似ている顔すらヒットしない。
というより、検索データベースに入っている顔が数件しかなかった。
「誰だ?」
「は!? お前、同じ委員会を3年間やったのに覚えてないのか? 最後は委員長までやってたんだぞ俺……」
「委員会……図書委員? お前が!?」
見た目からは想像できない意外性に、声を荒げてしまった。
この見た目で図書委員は詐欺だ。全国の図書委員に謝って欲しい。
お似合いなのは体育委員だろうが! 何を血迷っていたんだ!
と言いそうになったが、白日高の委員会は必ずしも自身の好きなものをやれるわけではなかった。
もしかすると不本意にやらされていたのかもしれない。確かめる気はないが。
「そうだよ。白日高で3年間同じ図書委員を務めた
「悪いが全く記憶にない」
「えぇ……渡貫だってのは合ってるんだよな? よく渡谷と一緒にいたあの渡貫」
渡谷という単語を聞き、思わず目を見開いた。
もしかするとあの頃、俺たちは想像以上に目立っていたのかもしれない。
「……あぁ、それは間違いない」
「だよな! いやぁ久しぶりだ。お前らどっちも同窓会来ないからさ。3年ぶりくらいか?」
記憶にないが、委員会にいたなら高校を卒業するまでは会っていたことになる。
すると、丁度3年過ぎくらいか。覚えが全くないが。
「そうだな……渡谷も同窓会に来なかったのか?」
「あぁ。もう2回くらいやってるが、一度も見てないな。転校先の高校の同窓会に行ってるんじゃないか?」
朱莉はあの後、すぐに引っ越してしまった。
俺がその事実を知ったのは、引っ越しの数日後のことだ。
……振った相手とは気まずくて会いたくなかったんだろうとは思うが、自分が何も知らされていなかったことに当時は大きなショックを受けた。
「引っ越し先は確か館森市だって聞いたぜ。随分な都会に行っちゃったもんだよなぁー。そりゃこんな田舎の同窓会なんてわざわざ来ないか」
「館森市? どこだ?」
「は? お前、渡谷から聞いてなかったのか? あんなに仲良かったのに?」
「……まぁな」
「館森はここら辺で一番大きな都市だよ。ここら辺っていっても電車で1時間弱かかるけどな!」
「結構遠くじゃないか……」
「高層ビルにテーマパーク、でっかい総合病院にショッピングモールもあるんだ。有名な私大のキャンパスも結構あるって聞いたぜ」
「へぇー。確かに、こんな田舎とは大違いだな」
「だよなー。俺の家がもう少し金持ちなら、絶対館森の私大に行ったのによー」
もうあれから数年経つというのに、引っ越し先すら教えてもらえていなかった事実に多少ショックを受けてしまった自分に腹が立つ。
思い出とは、ただの過去だ。感傷など無意味だというのに。
「ん? 渡貫、どうしたんだ?」
俯いて黙り込んでいると木村が怪訝な顔でのぞき込んできたので、暗い考えを追い出し、顔を上げる。
「いや、なんでもない」
「ふーん? あ、そういやお前こんな所で何やってるんだ? うちの工作サークルにはいなかったよな?」
「あぁ……実は所属している『お悩み相談サークル』の用事でちょっとな……」
「『お悩み相談』? お前そんなことやってたのか!? そりゃ丁度良いや!」
『丁度良い』という単語を耳にして俺の危険感知センサーが大音量で警鐘を鳴らす。
すぐにこの場を離れるべきだと、ガイアが俺にささやいている!
「あ、俺ちょっと用事を思い出した。じゃあこれで……」
「おい待てって! 今、凄い困ってんだよ! 話だけでも聞いてくれ!」
「いや、今は別件で忙しくて……」
「話を聞いてくれたら、次の同窓会に渡谷を呼んでやっても良いぜ? 実は次は俺が幹事なんだ。お前、渡谷のこと好きだっただろ?」
なんでこんな奴にバレてるんだ。そんな分かりやすかったのか。
「……朱莉の連絡先を知ってるのか?」
「朱莉ぃ~? 随分親密だったみたいだなぁ?」
しまった。動揺してうっかりした。
……それにしても、こいつのドヤ顔マジで腹立つな。
「うるさい。で、どうなんだ?」
「いや本人のは知らない。ただ、渡谷と当時仲の良かった女子の連絡先なら知ってるから、そいつに聞くことは出来る。さぁどうだ? 俺の話を聞いてくれるか?」
「……」
木村のことは思考から排除して、多少真剣に考える。
悩みを聞いて解決してやったとして、木村が出来ることは朱莉と当時仲の良かった女子に連絡を取ることだけだ。
その女子が今も朱莉と親交があるとは限らない。
関係性なんてものは、いともたやすく変わるものだ。少し前まで親友だ何だと言っていたが、学校が変わったとたんにピタリと連絡がなくなるなんてよくある話。
学校が変わらなくたって、長期休みで会っていない期間が多少長かっただけで気まずくなったり、話す話題がなくなったり。
人間関係なんていうものは、両者に続ける意志とそのために行動する努力がなければあっという間に崩れる、儚く脆いものなのだ。
徒労に終わる可能性は十分ある。
それに、今更会ったところで何を話すことがある?
もう数年前に終わったことだ。ほじくり返しても意味はない。
やめよう、そう結論を出したところで木村に対して向き直り、口を開く。
「いや、残念だけど――」
「その依頼。引き受けます!」
俺が言い終わる前に、後ろから声が聞こえる。
「貴理。お前どこから湧いてきたんだ……てかどこから話を聞いてた?」
「同じ委員会ってところから?」
「割と最初の方だな……なんで話しかけなかったんだ……」
「同級生と感動の再会かと思って。邪魔したら悪いじゃない」
「そんな意味の分からない気配りをするくらいなら、勝手に話を引き受けるのをやめろ」
「あんたに任せてたらほとんど断ることになるじゃない!」
「てか、メガネはどうしたんだ? まずはそっちに力を注げよ」
「メガネ? 左沢先輩のこと? もう事情聴取はあらかた済んだから、編集部に帰ったわよ」
「さいですか……」
「なぁ、結局どっちなんだ? 聞いてくれるのか? くれないのか?」
俺が貴理を責め立てていると、痺れを切らした木村が話しかけてきた。
返事はもちろん決まっている。
「もちろん、お断り――」
「もちろん、引き受けます!!」
貴理の大声により、俺の魂の叫びはあっけなくかき消されてしまった。
自己主張が強い男になりたい。
「おぉ! 話を聞いてくれるか!」
「はい。私達『お悩み相談サークル』にお任せください!」
こいつは口を開くとろくなことが言えんのか?
「ちょっと待て。俺はやるなんて一言も――」
「いいじゃない。昔の同級生の頼みでしょ? 引き受けてあげなさいよ」
「それに、例の事件のことだって――」
「もちろんそっちも考えてもらうけど、私が事情聴取はやっておいたから。後は手帳を見て考えてもらうだけだし、両立は出来るでしょ?」
悉く遮られ、まともに発言できない。俺の意見なんて聞く気がないってことか。
……それに、1人で全員から聞けるなら俺がここに来る必要なんてなかったのでは?
しかし、ここで貴理と言い合うのは木村の話を聞くよりも面倒だ。
話を聞くだけだと言っているし、とりあえず聞くだけ聞いて面倒そうだったら追い返そう。
「……分かった。聞くだけだからな。解決するとは言わない」
「決定ね!」
「ありがとう渡貫! じゃあ茶でも奢るから、どっかの店に入ろうぜ」
『死神盗難事件』もまだ片付いていないのに、また厄介事が増えてしまったと頭を抱えながら、公園を後にした。
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