1-4 美味しさの秘訣は、隠されたブランデー
証拠写真を撮って八代さんに報告した後、俺は貴理とともに喫茶店に来ていた。
この街の東側、閑静な住宅街の中にポツンと建っている、小さな店だ。
……本来、俺はあまり喫茶店が好きではなかった。
PCやタブレットを持ち込んで何かの作業をしている意識高い系か、仲間と集まってワイワイしているウェイが多いからだ。
そういう奴らが蔓延る空間にいるのは、それだけでストレス。もう疎外感ハンパない。
しかし、ここは静かで居心地が良い。
言ってしまえば、客が少ないからだ。今も俺たち以外に客の姿は見当たらない。
チェーンではなく個人経営店だからだろうか、あるいは立地が良いのかもしれない。
店としてはあまり良いことではないのだろうが、俺としては万々歳だ。
うざったらしいウェイも、PCを持ち込んでカタカタやってる奴も、ここにはいない。
そんなわけで、この店は高校時代からの行きつけの場所であった。マスターとも顔見知り。
そんなことを考えながらボーっとしていると、キッチンの方から良い香りが漂ってきた。
直後、20代後半あたりの女性がトレーにカップを載せて現れる。
綺麗で長い黒髪は一方の肩の辺りで白いシュシュによって纏められており、白のシャツと黒のロングスカートで構成されるシックな制服が良く似合う。
こちらに向ける温和な笑顔は、人当たりが良さそうなことを感じさせた。
この店のマスター。改めて見るとかなりの美人だ。
「はい、ご注文のロイヤルミルクティーよ」
「ありがとうございます。疲れてるんで、いつもより香りにそそられます」
思わず顔が緩むと、対面の貴理が顔をしかめる。呆れたようにため息をついた。
「はぁ。本当、あんたってミルクティー好きよね」
「これは神が作りたもうた至高の飲み物だ」
「はいはい」
「貴理ちゃんには本日のおすすめティーね」
「ありがとうございます」
早速、マスターが持ってきてくれたオシャレなカップに口を付けた。
紅茶特有の香りが鼻に抜ける。
「いつも通り、美味しいです。やっぱりこの店のロイヤルミルクティーは最高ですね」
「それは良かったわ。男ってコーヒーとかいう泥水が好きな奴が多いから」
「ど、泥水……」
マスターがコーヒーを嫌いなのは知っていたが、ここまでとは知らなかった。
大方、今日の客でコーヒーを頼む奴が多かったに違いない。
この店のメニューは紅茶の種類こそ豊富なものの、コーヒーは申し訳程度に1つだけしかないというのに。
「こっちも美味しいです」
貴理がいつもは見せないような、ゆるゆるとした笑顔を浮かべる。
すると、マスターは腰に手を当てニヤリと笑った。
いたずらっ子を連想させるような、快活な笑みだ。
「因みに、この茶葉の種類当てられる?」
「え……」
唐突に、爆弾が投下された。
『茶葉の種類当て』
コーヒー好きには豆を特定しようという習性があるように、紅茶好きには避けて通れない話題。
これを外せば、マスターの機嫌を損ねるのは必然だ。聞かれたのが俺でなくて良かった。
……とはいえ、貴理のカップから漏れる香りは柑橘系のもの。
ブレンドではなく1種類の茶葉で作られているのなら、答えは外しようがないが。
「え、えっと……こ、この香りはダージリンですか?」
「え?」
「は?」
貴理の言葉を聞いた瞬間、俺とマスターは理解不能な言語を聞いたかのように固まった。
「な、なによ……」
「お前、茶葉の種類とか気にしたことないだろ」
「……じ、実は紅茶は紅茶なら何でも良い派なの……」
「……」
「……」
マスターから道端に落ちているゴミを見るような、蔑んだ視線を感じる……
「ま、まさか、2020年にもなってこんな娘がいたなんて……」
マスターは大仰に天を仰ぐと、貴理の肩をガシッとつかむ。
「ひぅっ……!」
「貴理ちゃん! 紅茶の種類は絶対役に立つから! 分かるようになって!」
「は、はい……」
そこからマスターの蘊蓄攻撃が始まった。流石はマスター、あの貴理がおされまくっている。
日ごろの俺に対する行いが悪いからこうなるんだな。良いきみだ。
ニヤニヤしながら眺めていると、貴理から鋭い視線を向けられる。
意味は、『ちょっと、助けなさいよ』だろう。
首を振ってそれにこたえてやる。諦めろ。
「――因みに、今日のこれはアールグレイね」
「あ、R-GRAY?」
「それはレ〇ストームの自機の名前」
なぜマスターはそんなことまで知ってるんだろう……
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