1-3 浮気をするには近すぎる

「お、動いたな。言ってた通り別行動する気だろう」

「そうね。ここから調査開始よ」


 あれから駅前広場にたどり着き、八代さんと彼氏が合流するのを待ってから尾行を開始した。

 しばらくは2人でウインドウショッピングを楽しんでいたようだが、1時間ほどたって彼氏が何事かを言い、八代さんと別れた。

 例の『数分間の別行動』である。


「さて、ここからどこに向かうつもり……?」

「大体予想はついてる。恐らく駅前へ戻るんだろう。丁度繁華街を一周して、近場だしな」

「つまり、他の女と駅前で合流して密会?」


 貴理の物騒な発言を、首を振って否定する。


「まさか。数分間でどうするっていうんだ」

「じゃああんたはどう思ってるの? そろそろ教えなさいよ」


 彼氏さんを追いつつ、自分の考えを整理するためにも口を開いた。


「……結論から言えば、浮気はないと思う」

「どうしてそう言い切れるのよ」

「絶対とは言わない。けど、多分ないだろう」

「だから何で?」

「理由は簡単。八代さんと彼氏さんは関係性が近すぎる。そして付き合ってからの期間が短すぎる」


 そう。八代さんと彼氏さんは同じクラス。俺はこの時点で、浮気の線は薄いと踏んでいた。


「どういうこと?」

「浮気というのは、本命と遊び相手、2人いて初めて成り立つよな?」

「そうね」

「つまり、浮気だとすれば、八代さんは必ずそのどちらかということになる」

「そんなの言われなくても分かるわ」

「しかし、八代さんが遊び相手の可能性は低い」

「え、なんで? 男なんて自分のことを好きな女が複数いれば、平気で浮気するものじゃないの?」


 男への偏見がひどい。どうしてそんな考えになってしまったのやら……


「いや、お前の偏見は置いておいて、八代さんと彼氏とは同じクラス。つまり、一緒にいる時間が長いうえにいざって時に関係を断つのが難しい」

「……分かったわ。危険すぎるってことね」

「そう。俺ならそんなリスキーな女を遊び相手には選ばない。つまり、あり得るとしたら本命」

「言われてみれば、ね。私でも遊び相手にはもっと関係性の薄い人物を選ぶ。学外の人間とか」

「だろ?」

「でも、八代さんが本命だってことは良いとして、他に遊び相手がいない理由は?」

「まず、さっきのリスキーすぎるって理由はこちらでも成立する」

「要は、一緒にいる時間が長いから、遊び相手を他に作るのもバレやすくて危険ってことよね」

「そういうことだな」

「別の理由もあるの?」

「そっちは簡単。付き合ってからの期間が短すぎるんだ。付き合ってまだ一か月もたってないんじゃ浮気相手が出来るには早すぎる」

「……それって根拠のない憶測よね」

「まぁな。だから絶対じゃないって言ったろ」


 貴理が呆れたとばかりに天を仰ぐ。そこまでされる謂れはない。


「そんなの、私納得できない」


 出た。何かにつけてすぐこれだ。

 だからいつも俺は、こいつが納得できるような説明を考えないとならない。酷く億劫である。


「まぁ待てって。浮気による密会より、もっと合理的に説明できる解があるんだよ」

「……聞かせてもらおうじゃない」

「浮気ではないとしたら、別行動の間に何をしているのか。考えられる可能性は2つ。分かるか?」


 貴理は腕を組んで数分考えこむと、解答を口にする。


「……デート中でも出来るんだから、基本何処でも可能な強いニオイが付く行為。または、たまたま消臭剤のニオイが付いてしまうような行為」

「その通り。普通に考えれば消臭剤のニオイなんて偶然何度もつくものじゃないし、前者で間違いないだろ」

「そこまで分かっても、具体的な行為は出てこないのよね……」

「加えて、数分間で終わるものであり、それをしないと落ち着かない。かつ、金欠に繋がっている可能性がある」

「ダメだ。ますます混乱してきた」

「そうか? 金欠なのはその行為自体か、またはその行為に使用する道具に金がかかるから」

「お金がかかる道具なんて世の中には沢山あるじゃない」


 確かに。しかし、『数分間で終わる』という条件を加味すれば、大分絞り込まれる。


「そして、それをしないと落ち着かないというのは、逆にそれをすれば落ち着くってことだ」

「そんなもん人によって違うじゃない! 私は花の香りをかいだりしたら落ち着くし、紅茶を飲んだりしても落ち着くわよ!」

「さいですか」

「あんた、まさか私をからかってるの?」


 あの男がわざわざ別行動をして花の香りをかぎに行ったり、自分で紅茶を入れてたりしたら笑えるな。


「ここまで来たらもう答えは出たようなもんだけどな。後はなぜそれを知られたくなかったのか」

「知られちゃまずいことだからでしょ?」

「そう。なぜなら彼はまだ大学1年生。俺らの大学は浪人してまで入る奴はほとんどいない中堅大。つまり彼は未成年。八代さんは性格上、彼がその行為をすることに強い拒否感を覚えるだろうからだ」


 そこまで言って、ようやく貴理の顔に理解の色が浮かぶ。


「……あぁ、そういうこと」

「ようやくわかったか。そう、彼は――」


 俺が言いかけるのと同時に、駅前にたどり着いた彼はとある施設へと赴いた。

 その施設の名は――


「――だったんだよ。金欠になるほどのな」

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