「Uターンはしない…」
低迷アクション
第1話
「先輩、こりゃ行けませんよ。そこに空いた場所ありますから、Uターンするか、車止めて、待ちましょう」
市内ゴミ収集が仕事の“K君”は、まだ姿が見えない“対向車”のエンジン音を聞き、
運転を担当する“先輩”に声をかけた。この収集地区は、主に山間部のゴミ収集ステーションが多い。
その道の一つ、片道通行であるが、収集する際に近道の通りがある。滅多に車は通らないが、
たまに農作業帰りのトラックが来て“お互いにらめっこ”という状態があるそうだ。
そんな時は何か所かある狭いくぼ地を使って、やり過ごすか、Uターンする必要があった。
やり過ごす方が、時間短縮のイメージがあるが、大抵、トラックが来た場合は複数続く事があり、
更に言えば、この道を使う日はプラスチック、トレーの収集日、週に1回しかないため、
量と回る場所が非常に多い日でもある。要は1分1秒でも早く、車を走らせるためには
Uターンが必須という事なのだ。
K君が一緒に乗る先輩は、週ごとの収集量を計算し、それに合わせ、周るコースの順番や
時間をキチンとする人だ。そのおかげもあり、いつもK君の班はトン数オーバー
(ごみ収集車の積載量を超えて、ゴミを入れてしまう事)する事もなく、時間も正確に一番早く終わる事で有名だった。
だから、雨が降り、視界が悪い今日の山道をこちらにゆっくり進んでくる黒っぽいトラックを見た時、いつもなら、すぐに車を動かす先輩の動きが“無い事”に驚いた。
「先輩?車来てますけど…」
再度、遠慮がちに助手席からK君は声をかけた。この先にある収集地区は鴉や狐、狸などの野生動物に荒らされている事が多い。例え、プラ・トレーの日とて例外ではなく、
むしろ、食べ物や生肉、生魚の匂いが染み込んだトレー等はもっとも、散らされる事が、今までの経験から容易に想像できる。
現に目の前のトラックは一向に止まる様子もなく、速度を上げてきていた。しかも、窓を大きく開けているのか、
「すいませーん、とーりまーすー」
と間延びしたような声を連続して張り上げている。
一応、市の看板を背負っているとも言うべき自身の仕事を充分考慮し、それを一番知っているだろう先輩の行動(いや、この場合は行動しない方か)にK君は焦りを感じ始めた。
彼の視線に気づいたのか?ようやく先輩は車のエンジンを入れた。だが、バックギアや
ウインカーを出す訳でもなく、アクセルを踏み、それも踏み込んだ時、思わず
「先輩っ!?」
と叫んでしまった。
一瞬、横に逸れるのでなく、Uターンをするのかと思ったが、そのためには相手に合図を出すのが常識だし、方向転換の距離も無いほど接近している今では不可能…
それなのに先輩はスピードを上げ、
「すいませーん、ととっととととと、とーりまーすー」
と焦ったように、警告を繰り返すトラックにまっすぐ向かっていく。
相手が避けてくれると思っているのか?あり得ないだろ?
確かに運転の際に、急ぐ時はスピードを上げて、対向車が止まったり、避けたりを促す事もあるが、速度を落とさず、突っ込んでくる相手に対しては全く有効ではない。
「Uターンしないよ…このまま行く」
硬い声で先輩が応じるのとK君が眼前ガラス越しのトラックに絶叫するのは同時だった。
顔を両手で押さえた彼が次に見た視界はいつもの山道、先程のトラックは何処にもいない。
狼狽するK君の隣で、静かに運転する先輩が口を開く。
「雨の日、ここ通る時に時々出る。絶対にUターンとか、横で待つとかしちゃ駄目だよ」
そう言って再び運転に集中する先輩に彼は思わず尋ねた。
「‥‥もし、そうしたら、どうなるんです?…」
先輩は何も答えなかった…(終)
「Uターンはしない…」 低迷アクション @0516001a
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