II
方舟島は、少女たちの声で満たされている。
桜が舞う四月。方舟島の中央機関にして、唯一の学校である聖籠女学園の入学式が、今日行われようとしていた。
「すごい活気だな……」
青年ーー雲雀イヅルは、人混みに揉まれながらぽつりと呟く。
「方舟島名物、星空クレープだよー!」「ちょっとそこのお嬢さん、たこ焼きはいかが?」「チョコバナナもありますよぉー!」
目の前には屋台が広がっており、まるで文化祭だ。通常の文化祭と異なることと言えば、今が春であることと、時刻が十時ごろであることーーそして、イヅルを除けば、この山はほとんど少女たちで形成されていることだろうか。
聖籠女学園の大規模入学式に、保護者は参列できない。参加できるのは新小学一年生、中学一年生、高校一年生、あとは教師数名のみだ。そもそも聖籠女学園ーーいや、方舟島が、敷地に普通の人間を入れることなどほとんどない。厳しいチェックを受けた人間が、用事や任務を認められてようやく入島できる。イヅルは、新任の教師として赴任することを認められたために、こうしてこの島に立っているのだ。
「……急がないとまずいな」
入学式は正午からだが、イヅルは十一時までに出勤せねばならない。好奇の視線を受けながらも、人混みをかき分けてーー出来るだけ少女たちには触れないようにーー進んでゆく。
「……ん?」
そこでふと、足元に何かが落ちているのに気がついた。
「すみません」
なるべく声を張ってからしゃがみ込む。素早くそれを手に取って立ち上がると、迷惑そうに顔をしかめる少女たちに謝りながら、また歩き出した。
見ると、それはハンカチだった。桜の刺繍があしらわれた、明らかに女性モノのハンカチ。この人混みの中で持ち主を探すのは難しい。学校に預けようと決めてポケットにしまおうとした。そこで、ドンッと目の前の少女にぶつかってしまう。
「ごめん、大丈夫か?」
よろけた少女の腕を掴み、彼女が転ぶことはなんとか阻止した。長い髪をツインテールにした、吊り目がちでこそあるが可愛らしい少女だった。赤いリボンを胸につけているから……高等部の生徒のようだ。
彼女はばつが悪そうにこちらを見、「ごめんなさい」と口を開いた。
「私の不注意だわ。それじゃ」
「あ、ちょっと待って!」
すたすた歩き出そうとする彼女を引き留めると、彼女はまたばつが悪そうに「……何?」と返した。
「君、ハンカチを落とさなかった?」
追いかけていって、手の中にあったそれを見せる。すると、少女の目が見る見るうちに見開かれた。どうやら当たりだったらしい。
「……ありがとう。私のよ」
「良かった」
受け取った少女は、ハンカチをそっと胸に抱いた。無愛想な口ぶりながら、その表情は桜の花のように解けていた。
この人混みの中で止まっているのも至難の業で、ふたりは自然と歩き出していた。横に並んだ少女が、小さく会釈をする。
「このお礼はいつか」
「や、お礼なんていいよ。君の大切なものが見つかって良かった」
「私がしないと気が済まないのよ」
「……それなら、いつか貰っておくよ」
断りつづけることもできるだろうが、それはこの少女に失礼だろう。
「そういえば、貴方、ここの先生?」
「ああ、今日から勤めることになった」
「そう。だったら、早く行くといいわ。道花は厳しいから」
「トウカ?」
「会えばわかるわよ。……じゃあね、ありがとう。またいつか」
「ああ」
少女はひらひらと手を振ると、学園とは異なった方向に歩き出した。気づけば彼女の後ろ姿は消えていて、イヅルも歩みを早める。
自分が今日から配属されるのも高等部だ。彼女とまた会えたら嬉しいな。
そう考えながら、ようやく辿り着いた聖籠女学園の門を潜った。
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