第一話 2051年4月7日 I


熱い。胸が焼けるように熱い。


クリーム色の天井。灯っていない蛍光灯。まだ見慣れぬそれが、赤く染まっていく。違う。赤くなっているのは、自らの視界だ。赤すらもどんどん暗闇に呑まれてゆく。知っている。一度体験して、何度も夢に見た。この感覚は。間違いようもなく。


「い……やだ」


拳を固く握りしめる。べちゃりと不快な水音が鳴った。生温かい。その熱すらも消え失せてゆく。


「死にたくない」


触覚は失せ、視覚も失せた。じきに聴覚も失われる。そうすれば、自分という存在はこの世界から消滅する。


「まだ、死ぬわけにはいかない」


だって、まだ何も為せていない。目の前で彼女を失って、その怒りだけで立ちつづけ、生きつづけて。復讐のためにこの身を捧げると、彼女を殺した《魔女》を殺せるのならそれでいいと、そこで初めて自らの死は達成されるのだと、足掻きつづけて。

嫌だ。まだ死にたくない。死ぬわけにはいかない。だってまだ、この手は、誰にも届いていない。


時は無常にして無情だ。聴覚も次第に失われて、拳が血を叩く音も虫の呼吸へと変わりはじめる。

ここで、終わるのか。

ーーーーーー本当に?

嫌だ。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だーーーーーー……………!


「先生!」


終わりかけの世界に、鈴の音が響いた。

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