魔女と呼ばれた少女たちは

シノミヤユウ

プロローグ 2034年2月10日


世界が、赤色に染まった。


義姉さんは泣いていた。瞳から水滴をぽろぽろと零して、それでも、口だけは不格好に歪んでいた。

ーー嫌、もう嫌。もう十分。だからもうやめて。

譫言のように呟かれた言葉が、乾いた笑いと共に耳を打った。まるでふたりの人間が、同時に喋っているみたいだった。


どうして、こんなことになってしまったんだろう。


義姉さんは腕を振り上げた。その手には、禍々しい黒褐色をした包丁が握られている。

ーー嫌。嫌よ、私は何のために。

雨のように頬を打ちつづける水滴は、俺の心をひどく軋ませた。義姉さんはいつもニコニコ笑っていて、そんな義姉さんが、俺は好きだったから。


いつから、歯車は狂っていたのだろう。


義姉さんは震えている。振り下ろすのを躊躇うように。なにかに抗うように。義姉さんは賢くて強い。そんな義姉さんに劣勢を強いているのだから、ソレは馬鹿みたいに強大なのだろう。

ーー義姉さん、痛いの?どこが痛むの?

義姉さんの頬を伝う雫を拭おうと手を伸ばした。


義姉さんを泣かせる奴は、俺が絶対に許さない。


振り下ろされた。

視界が、徐々に黒ずんでいく。

ーーごめんね。ごめんね。義姉さんが、弱かったから。

伸ばした手は届かぬまま、地に落ちていく。

ーー謝らないでよ。義姉さんは強いよ。強くて賢くて、優しくて、僕は義姉さんのことが。

言葉が届く間もなかった。


義姉さんの身体が、血色の何かに包まれた。


焔だった。


俺は、最愛のひとを失った。


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