KAC寄席

水乃流

八兵衛のUターン

 え~、まいど馬鹿馬鹿しいお話を一席。


 どこにでも、聞きかじった言葉をやたらと使いたがる、考え無しの人間てのがいるもんで。おなじみ長屋の八兵衛も、そんな一人でございまして、ご隠居のところにやってまいりますってぇと。


「ご隠居いるかぁい? ご隠居、ご隠居、Go! In! kyo!」


「なんだいなんだい、家の前で叫んでる奴は。あぁ、八じゃないか。どうした、お前、今日は庄屋さんのところにいって仕事を紹介してもらうはずじゃなかったのかい?」


「へぇへぇ、その仕事なんですけどね。少しばかり相談に乗って欲しいことがありまして」


「別に相談に乗るのは構わないが、あたしのとこにも金はないよ」


「ははは。やだなぁ、ご隠居。あたしがいつ金の話をしたんですよぅ」


 顔を膨らませる八兵衛に、ご隠居、呆れてしまいます。


「お前、相談と言えば金の無心か、夕飯時にうちの飯狙ってくるばかりじゃないか」



「えーそうでしたっけ?」


 どうやらこの八兵衛、ニートに近いようで。


「いやいや、今日はそんな話をしに来たんじゃないんで。あ、飯があるならいただきますが」


「もう八つになるってのに、飯なんかあるわけないだろ。まぁいい、こんなとこで立ち話もなんだ、中へお入り」


 ご隠居さん、八兵衛を居間へと通します。


「で、その相談ってのはなんだい?」


 ここで八兵衛、しおらしく居住まいを正したりなんかして。


「ご隠居、あたしゃ“Uターン”って奴がしたいんで」


「お前がUターン? いや、働く気になったのはいいが、なんでまた急に」


「いやね、ほら隣のクマんとこの従姉の連れ合いが、Uターンして仕事にありついてなんかうまいことやってるって聞いて。なら、あたしも~ってな感じで、へい」


 なんともいい加減な話。でも、このくらいじゃぁご隠居も動じません。八兵衛のいい加減なところは散々経験しているわけで。


「相変わらずだねぇ、お前さんは。いいかい、よくお聞き。Uターンと言ってもね、人それぞれ、事情が違うんだよ。Uターンしたからって仕事が見つかるとも限らないし、成功するとも限らない。お前さんみたいに、ぐうたらで自堕落な人間が、上手く行くとは思えないけどねぇ」


「なんだ非道い言われようだなぁ。あたしが、そんな愚図人間に見えます」


「見える」


 八兵衛、ガクッと肩を落とします。


「非道いなぁ。まぁいいけど」


「いいのかい!」


 馬鹿は立ち直りも早い。


「いいけども、そんなことじゃなくてですね、もっとこう、未来に希望を持てることをですね」


「まぁ、確かに、このままじゃ、お前さんに未来なんてなさそうだけれども」


「でしょう?」


「でしょう、ってお前さん。ハァ。呆れちゃうね、まったく。あたしはね、地道にコツコツやることが、人間にとって大切なんだと思っているんだよ。でも、お前さんがどうしても、ってんなら、まぁ、環境を変えてみることは、良いことかも知れないかもねぇ」


「でしょう? だから、Uターンする方法を教えておくれよぉ」


「なんだい、子供みたいに。仕方ない、あたしが知っている範囲で教えてやるよ」


「ありがてぇ」


 八兵衛、現金なものです。


「まずは、情報だな。最近は、Uターン専門の情報誌なんてのもあるらしいからな、そんなのからめぼしい仕事先を見つければいい」


「え? 仕事探すんですか! めんどくせぇなぁ」


「めんどくさいってお前、Uターンをなんだと思っているんだい」


「いや、Uターンすれば自然に仕事が見つめっかって、遊んで暮らせるんじゃねぇんで?」


「そんなわけあるかい。まったく呆れた奴だねぇ。だいたいお前さん、Uターンの意味を知ってるのかい?」


「……いや、まったく」


「なんだいそりゃぁ。いいかい、Uターンってのはね、一度都会に出てきた人間が、故郷に帰って生活することだよ」


「へぇ。そりゃまた奇特なことで」


「今更何を言っているんだい。そもそもお前さん、故郷くにはどこなんだい?」


故郷くにですかい? 故郷くには……ここ」


「え?」


「いや、だから、ここ。あたしは、生まれも育ちもここですよ」


 あぁ~っとご隠居、手を額に当てます。忘れていたご隠居も、結構な粗忽者ですな。


「お前さん、それじゃUターンにならないじゃないか。IターンにもJターンにもなりゃしない。ターンする場所がないんじゃぁ、点だね、


 えぇ、まったくでお話にならない。

 ――お後がよろしいようで。


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