U-TARN

ジョセフ武園

君はどうする?

「はい、起きて下さい」

 それは、久しぶりと言っていい。誰かの声で目覚めるという事。


「……え? 」

 私が目を覚まし、困惑したのは。

 普段、眼を覚ますとそこに映るのは見馴れ過ぎた程の場所ではなかったから。

 近代的とも言える。神秘的とも言える。

 真っ暗な広いのか、狭いのかも分からない場所に蒼の光が間接照明の様に互いの表情だけを映している。


 そして、目の前に居たのは藍色の修道服のような布に身を包んだ。美女。

 ……誰?


「私は、この世界を守護する女神、名をハルルと申します」

 淡々とその美女はそう言うが私は「はぁ」と相槌を打って、周囲を見渡す。


 あれ、昨夜どこかに飲みに行ったっけ? どうやって眠りについたっけ? ん? 飲みに行くって。そもそも、飲みに行く友人が私には居ないじゃないか。

 それに、昨夜も。普通に仕事から帰って昨日の残りのカレーを食べて。

 カクヨムの投稿作を1000文字ほど書いて、眠りについたはずだ。


「貴女は死んだんですよ」

 唐突に、自分の事を女神と言いだした美女はそんな事を言い出した。


 ……なにこれ、なろう小説の冒頭?


「は、しんだ? 」

「はい、昨夜。眠っている間に。脳味噌の血管が2本ぷっつんと切れてそのまま眠る様に」

 私の戸惑いに、ノータイムで女神は詳細を付け加える。

「私……まだ20代……」

「まぁ、寿命は人それぞれですからね」

 冷徹さすら感じる程に冷静な声だ。


「……嘘だ、ママ……パパ」

 私は、どこかでそれを嘘だと思いつつも、心の奥から滲みだしてくるその現実性に心が打ち砕かれそうになった。

 そんな時だった。


「そんな、貴女に朗報です! 」

 途端に、場に似つかわしくない程の明るいSEが響き渡る。

 あの、テレビとかYouTubeでよく使われる「ぱんぱかぱーん」みたいな。


「現在、天国利用者1極人突破記念~

 人生U-ターンキャンペーンをしていまーす」


 私は、最初よりも更に戸惑った、自分の顔は視えていないのに視るよりも確かに確実に自分が人生最大に間抜けな表情を浮かべていると確信した。


「と、い・う・わ・け・で~」

 先程のまるで機械の様に淡々と喋っていた様子はもう微塵も面影が無い。女神はゴロゴロと何かを引いてきた。


「じゃーん。なんと世界死亡先着100万生物様に生涯U-ターンを無償でプレゼント。あの日、あの時、あの場所で運命をやり直せる今世界生誕以来、最大のサービスキャンペーンでーす‼ 」

 紙芝居を思わせる様な可愛らしいイラストのフリップを立てると女神は続ける。


「本当に貴方は運のいいタイミングで亡くなりました。恐らくですが今日から始まったこのキャンペーンではありますが、明日に亡くなったらもう終了している事でしょう」

 にこやかすぎる程の笑顔。


「いみがわかんない……」

 私も、思わず苦笑いが込み上げた。


「ですから、蘇れるんですよ。現世うつしよ

 しかも、本当なら蘇りはリボ払いみたいな負債が余生に付与されるんですが、今回に限ってはそういった事も在りません‼ 正に、復活。無償の復活ッッ‼ 」


 そんな私の困惑はよそに、女神は怖い程のテンションで捲し立てる。


「さぁ、悩んでる時間はありませんよ。

 もう既に、こう話してる間に、世界中では死者がここへやってきて、女神達も皆営業成績……使命の為に、この提案をしているのですから」


 突然、女神の横に数字を刻むデジタルカウンタが表示された。

「おやおや、もう90万埋まってしまったようですよ。ほれ。はようせんと、ほれ」


 まるで、〇んぽやN〇Kのセールスマン並みの強引さだ。

 神の名を司るモノとは思えない。


 ……でも、悩む必要なんてない。私は突然命を終えた。

 それは、生きていれば珍しい事だが、皆無ということはない。


 それを無かった事に出来るというのは、本当に奇跡的な事なんだ。


「じゃあ、蘇ります…」

 私の返事を聴いた女神は、右手で拳を握ると「yesっ」と呟いた。


 そうして、私はあの世から現世へとU-ターンしたのだ。



―---60年後。


「ねぇ、困ったわねぇ8号室のお婆ちゃん。

 もう、認知症が進んだのか、突然叫び出すのよ。

 死ぬのが、怖い。こんな事ならあの時安らかにいけばよかったって」


「ああ、一回死んで蘇ったって叫んでた人? めんどいね。鍵かけてほうっとこうよ」


 人生のU-ターン。

 訪れるのは

 2度目の生涯と。

 2度目の死。

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