第2話 ゴブリンって鉄パイプで倒せるのだろうか?

 よっしゃ! 殺ったるぜ! と意気込んだ俺は、安全靴の紐をもう一度締め直しし、部屋から出る。ドアから顔だけ出して周囲を見渡し、敵影がないかどうかを指さし確認。



「右、左、上、下……ヨシッ」



 玄関のドアをあけ放ち、鉄パイプをだらりと下げるように持って寮の廊下を進んでいく。俺の部屋があるのは三階。下に降りる間も警戒を怠らないようにしないとな。


 この学生寮には、悲しいことに俺以外の住人はいない。家柄の良い連中は基本自宅から通うし、そうじゃなくとも実家の息がかかったマンションなんかに住んでいることがほとんどだ。


 なので、魔物が接近してきているかどうかを確認するには、目視よりも『聞く』こ方がいいはずだ。俺以外が存在しないこの寮内で、俺が立てる音以外がしたのなら、それは魔物のモノだと判断してもいいだろう。


 警戒を維持したまま、ゆっくりゆっくり移動。足音も極力立てないように。……なんか、泥棒してるみたいだな、これ。


 そんなことを考えたせいか微妙な気持ちになりつつも、たどり着いた階段を下り、二階、一階と降りていく。


 一階には玄関ホール……少し広めの空間があり、そこから外に出ることが出来るのだが……そのあたりから、ゴソゴソと何かが動く音が聞こえてきた。


 それに一度動きを止め、ごくりと唾を飲み込んだ俺は、玄関ホールに一番近い廊下の角まで音を立てないように移動すると、そこから少しだけ身を乗り出し、玄関ホールへと視線を向けた。


 

「…………ッ!」



 やはり、いた。


 もしかして、外から逃げ込んできた人なのかもしれないと抱いていた淡い期待は、薄氷よりも容易く砕け散った。


 玄関ホールにいるのは、さっき部屋の窓から外の様子を確認した時にも見た、小人のような化け物。


 薄汚れたコバルト色の肌、人間でいえば7~8歳の子供と同じくらいの身長。猫背気味な体は細くやせ細っており、その上にとがった耳とかぎ鼻を持つ醜い顔の頭部が乗っかっている。


 身に着けているのは腰に巻いたぼろ布一枚。手には錆びつき血の付いた小剣を持っており、それが明確な殺意を物語っていた。


 そんな化け物が、三体。


 我が物顔で、玄関ホールの床に円を描くようにして座っていた。


 ……あれと似たような存在を、ファンタジー系の漫画で見たことがある。確か、『ゴブリン』といったはずだ。よし、これからあれのことはゴブリンと呼ぶことにしよう。


 つーかあれ、さっきオッサン殺してたやつらじゃね? てことは、あの小剣についていたのはオッサンの血……うん、想像するのやーめた。


 さてさて、魔物を倒してみようと意気込んだものの、最初から三体一とか聞いてないんだが? いやまぁ、見た目は弱そうだからいけないこともない……のかぁ?


 うーん、何とかして数を減らしたいな。二体一くらいなら何とかなりそうなんだが……音出しておびき寄せて、不意打ちで一体倒すか? 確実に成功する……なんてことは死んでも言えねぇが、それくらいしか出来ることはなさそうだ。


 それに……最初っから逃げ腰でどうするって話だ。魔物はあの三体だけじゃない。ほかにもわんさかいる。


 それに、空を飛んでいた『ドラゴン』らしき影……あんなのとも戦うことになるかもしれねぇんだ。


 油断はしない、調子にも乗らない。……そして、弱気にもならないっ!



「オ……ラァッ!!」



 鉄パイプをフルスイングして、廊下の壁に叩き付ける。ガァアンッ!! と大きな音が建物内に響き渡った。



「ぎぎっ!?」



 玄関ホールの方からそんな鳴き声が聞こえ、次いでパタパタと軽い足音が耳に届く。よし、上手くいった見てぇだな。


 後は廊下の角で鉄パイプを握りしめ、僅かに振りかぶった状態でスタンバイ。


 さぁて、いつでもおいでゴブリンども。我が鉄パイプの錆にしてやっからよぉ。


 自分を振るいたてるように唇の端を吊り上げたのとほぼ同時に、目の前に影が一つ飛び出してくる。


 来た――と、考えるよりも先に動き出す体。


 思わず口から洩れた、裂帛の気合。


 コバルト色の人型に向けて、俺は全力で鉄パイプを振り下ろす。



「オ゛ラ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!」


「ぎッ!? ガ……!」



 ぐしゃり、と。


 俺が振り下ろした鉄パイプは、見事にゴブリンの頭部を捉えた。


 肉がつぶれる感覚と、骨を砕く感覚。そして、もっと柔らかい物を粉砕した手応えが鉄パイプ越しに伝わってくる。


 ――――『った』、と。


 俺は、そう確信した。


 

《魔物の討伐を確認しました》


《対象:風立蒼太郎にステータスが付与されます》


《対象:風立蒼太郎に職業が付与されます》


《対象:風立蒼太郎にスキルが付与されます》


《以後、『ステータス』と唱えることでステータスを確認できます》


《それでは、よき災厄を》



 え!? なんか聞こえたんだけど!? 女の声……だったよな?


 魔物の討伐がどうだとか、ステータスがどうだとか言っていた気がするが……今は、後回しッ!



「あと、二体ッ!!」


「ぎぎっ!」


「ぎぎゃぁーーー!!」



 後からやってきた二体のゴブリンが、警戒たっぷりの鳴き声を上げる。さぁて、こっからは真正面から戦闘だ。気を引き締めつつ……足元に転がるゴブリン1の死体を蹴り付け、掬い上げるようにしてゴブリン2とゴブリン3の方へ飛ばす。



「「ぎぃッ!?」」



 いきなり飛んできた仲間の死体に驚くゴブリンたち。


 ふっふっふ、魔物といえ集団行動をしているのなら、仲間意識が多少なりともあんだろ!


 なら、飛んできた仲間の死体に意識を奪われちまうってワケよぉ!


 で、俺はその隙をついて――フルスイングッ!!


 俺から見て右側にいたゴブリン2の側頭部へと鉄パイプを叩き付ける!


 ……が、浅い。一撃で仕留めることが出来なかった。


 打撃を食らい、ふらついたゴブリン2に追撃しようとして前に出た俺は、視界の端でゴブリン3が小剣を振り上げたのを見て急停止。


 鉄パイプを体の前で構えて、振り下ろされた小剣を受け止めた。


 

「ぎぎっ!」


「っと! あぶねぇ……なぁ!」


「ぎぃ!?」



 鍔迫り合いの状態から、身体ごとぶつかるように前に出る。小柄で軽いゴブリン3の体はそれだけで簡単に吹き飛ぶ。水平にぶっ飛んでいったゴブリン3は廊下の壁にぶつかり、そのままずるずると崩れ落ちた。


 いよし、これでゴブリン3は一時的に無力化できた。あとは……って、うおっ!?



「ぎっ!」


「ハッ、不意打ちとはやってくれるじゃねぇか!」


「ぎぎっ! ぎぎぃ!」



 ……なんか、『お前が言うな』って言われた気がするんだが……まっ、気のせい気のせい。


 ゴブリン2が振り下ろした小剣を後ろに飛んで回避した俺は、両手で鉄パイプを構え、油断なくゴブリン2を見据える。向こうも、警戒丸出しで俺を睨んでいる。


 じりじりと間合いを図り、少しづつ距離を詰めていく。彼我の距離は三メートルほど。一度の踏み込みで決められるか微妙だな……。


 猪突猛進でダメなら、少し工夫を加えてみようか。


 俺は僅かに後ろ足を後退させると、鉄パイプを握る両手を僅かに上げる。攻撃の予兆をわざとらしく見せつける。


 

「ぐぎぃ……」



 それを見て、さらに警戒を強めるゴブリン2。その視線は鉄パイプに集中している。……ああ、そうだろう。そう反応するに決まってるよな。


 なにせ、仲間を一撃で屠り、もう一人の仲間を行動不能にして、自分には決して浅くない傷を負わせた武器だ。警戒して当然だろう?


 だから今のお前は――――下からの攻撃に対する反応が、遅れる!


 鉄パイプを囮に、俺が繰り出したのは下段への蹴り。右足を横薙ぎに振るい、ゴブリン2の腰あたりを思いっきり蹴りつけた!



「ぎゃ!?」



 完全に意識外からの攻撃に、ゴブリン2は混乱の極みに陥った様だ。慌てふためき、手にした小剣すら取り落としていた。


 蹴りが直撃したことで動きが鈍り切り、さらには丸腰。これはもう……止めを刺してくれと言っているようなモノだろう?


 俺は鉄パイプを両手でしっかり握って振り上げ……全力で、振り下ろすッ!!



「オ゛ラ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!」


 

 銀閃を刻み、大気を切って放つ渾身の一撃は、ゴブリン2の脳天に直撃し、顔の半分あたりまで埋没した。


 断末魔すら上げずに、ゴブリン2は倒れた。ピクリとも動いていない……死んだか。


 となると残りは……。



「が……ぎぃ……」



 あそこで動けなくなってるゴブリン3か。手っ取り早く殺っちまおうか。



「オラァ! 死ねぇ!」


「ぎぃいい!!?」


「天! 誅!!」


「ぎゃあッ!!?」



 ……ふぅ、これで三匹とも死んだか。


 

《対象:風立蒼太郎がレベルアップしました》


《ボーナスポイントを付与しました》



 戦闘終了と共に、脳内にそんなアナウンスが響いた。


 このアナウンスの声、平坦なんだけど機械的じゃないま。なんというか、やる気が微塵もない女の人の声って感じだ。


 それにしてもレベルアップねぇ……まるでゲームだな。それに、一匹目のゴブリンをブッころした時に聞こえたアナウンスがマジなら、スマホで見たあの情報は正しかったってことか。


 ええと、なんだったっけ? 確か……。


 

「ステータス……おぉ、マジで出てきた……」



 俺の目の前には、何処からともなく現れた透明な板が浮いている。A4用紙くらいの大きさのそれには、なんかいろいろ書いてあった。




 名前:風立 蒼太郎

 性別:男

 年齢:16


 職業

【黒式使いLv1】


 Lv2

 生命:62/62

 魔力:98/98

 筋力:15

 体力:16

 敏捷:12

 知力:17

 精神:32

 器用:5

 運:3

 BP:10


 スキル

《火魔法Lv1》《水魔法Lv1》《土魔法Lv1》《風魔法Lv1》《鉄パイプ術Lv1》

 ユニークスキル

《黒式》


 称号

《ユニークホルダー》




 ……え? 俺って魔法職なの?


 自分の装備を見てみる。……どこからどう見ても立派なガテン系である。


 装備も鉄パイプだよ? それなのに魔法職?


 …………ええ、なんか微妙ぉ。


 【黒式使い】や《魔法》、《ユニークホルダー》と気になる部分は多々あれど。


 俺は、付与されたステータスのあまりの似合わなさに、非常に腑に落ちない気分になるのだった。 

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リアルは崩壊したけど、それなりに何とかやってます 原初 @omegaarufa

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