リアルは崩壊したけど、それなりに何とかやってます
原初
第1話 崩壊した世界と、寝過ごした俺
――ある日、この世界はおかしくなった。
とある春の日、学生はまだ春休みを満喫しているような時期……まぁ、バイト漬けだった俺に春休みなんてモンはないんだが。
今年度から高校二年生になる俺――
工事現場でえっほらえっほらするのが俺のバイト。ガタイと体力にゃ自身のある俺にとって、身体を使うバイトは相性がいい。同僚の方や上司もいい人が多いから、高校生の俺が酷い扱いを受けていたりもしない。俺にとっては理想の職場と言ってもいいだろう。
職場が理想でも、労働が面倒なことは変わりない。めんどくささをため息で表現しつつ、寝台から起きた俺は、寝間着のスウェットから作業用の繋ぎに着替えて出かける準備をする。
顔を洗うために洗面台の前にたった俺は、鏡に映った自分のツラを見て盛大に顔をしかめた。
「悪人顔は相変わらず……と。はぁ、もうちょっと何とかなんねぇのか、コレ……」
思わず、目の前にあるのが鏡じゃなくて凶悪犯罪者の手配書かと錯覚してしまうほど凶悪なツラがそこに映っていた。
短く切られた黒髪、パーツの大きさや配置はそこそこ整っているが、『目』と『傷』が全てを台無しにしている。
僅かに赤みがかった茶色の瞳は「これから人を殺します」もしくは「今しがた人を殺してきました」と言ってもなんら不思議じゃない三白眼。寝起きで細められ、眉間にしわを作っているせいでそれがさらに酷くなっている。
そして、過去にあった『とある出来事』で付いてしまった左頬から首の上あたりまで続く切り傷の痕。これがただでさえ怖い顔に『凄み』を与えており、凶悪さが三段くらい上がっている。
この容姿と、百八十を超える身長、無駄に良いガタイと三拍子そろった結果、俺に対しての第一印象は『ヤバめな不良』か『ヤのつく自由業の人』に固定されてしまっている。確かに格闘技を齧ったことがあるが、暴力行為でしょっ引かれたりしたことはないんだけどなぁ……。
そんなわけで、毎日毎日こうして自分のツラを見てどんよりするのが日課になっているというわけだ。嫌な日課だなオイ。
これ以上は不機嫌さが加速して俺の凶顔がさらに大変なことになりかねないので、そうそうに顔を洗って洗面所を後にした。
んで、冷蔵庫の中身で作ったテキトーな朝食を食い、歯を磨いて出かける準備が出来たところで、スマホに連絡が入った。バイト先の上司からで、機材トラブルとかで今日行う予定だった作業が中止になったので、バイトも同じように無くなったらしい。
まじかー、バイト行く気満々だったんだが……と思っていると、上司から「お前は少し働きすぎなんだよ。金を稼がなくちゃならねぇ事情は聞いてっけど、学生なんだからちったあ学生っぽいこともしとけ。青春ってのはあっという間だぞ?」とありがたい言葉をいただく。からかうような声だったが、同時に俺を思いやるような感じも伝わってきた。……まったく、本当に職場に恵まれてんな、俺は。
湧き上がってきた照れくささを誤魔化すように、ぶっきらぼうな感じでお礼を返すと、上司は豪快に笑ってから通話を切った。どうやら全部お見通しだったらしい。
敵わねぇなぁ、と思いつつ、画面を黒くしたスマホを寝台に投げ捨てつつ、壁にもたれかかり天井を見上げた。
「急に暇になっちまったけど……どうすっかなぁ……」
ぽつり、と思わず言葉がこぼれる。
上司には学生っぽいことを。って言われてはいるが、ご生憎様、俺は労働に従事する学生らしくない学生だ。一年の時も、労働と勉強してた記憶しかねぇかんな。
まず第一に、俺の通っている高校はいいところのお坊ちゃんお嬢ちゃんが通う感じの由緒正しい学校だ。一般庶民な俺とは住む世界の違う連中が生徒の大半であり、俺の存在は学校内でもかなり浮いている。
なんでそんなところに通おうかと思ったのかというと、そもそも『成績優秀者学費免除』と『学生寮有』という項目しか見ていなかった俺のせいであるのだが……。
まぁ、そんなワケで。俺に学友と呼べる存在はゼロ。他県の高校に入学したので中学の頃のダチにも会えない。……あれ? この時点で学生っぽいことなんて、勉強くらいしか存在しないんじゃ……?
勉強は成績を維持するために毎日やってるし、今日もバイトが終わったらやる予定だったので、暇つぶしにはならない。ほかにやること……やること……。
「う、うそだろ……? 一つも思いつかない……だと?」
お、俺は、暇つぶしの一つもできないくらいつまらない人間だったということか……? なんだか急に、自分が惨めな存在に思えてきたぞ……?
頭を抱えてうんうん唸ってみても、いい案は一つも浮かんでこなかった。なんてこったい……。
中学の頃は、『アイツ』の存在もあってか、サブカルチャー方面の趣味が多少なりともあったのだが……丸一年ほとんど触ってねぇせいか、これといってやりたいことも思いつかなかった。
ひとしきり考え抜くこと三十分。ついに口からエクトプラズムを吐き出し始めた俺は、ぼそりと小さくつぶやく。
「………………寝るか」
要するに、考えることをやめたのである。
作業着のまま寝台に寝転がり、不貞腐れるように目を閉じた俺は、そのまますぐに寝入ってしまった。
――――そして、その日の正午調度。
世界は、変貌を遂げることになる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…………寝過ごしたぁ!?」
そんな叫びと共に目を覚ました俺を、カーテンが開けっぱなしだった窓から差し込む朝日が出迎える。
時計を確認すると、時刻は朝六時。《翌日の》朝六時だった。
……要するに、昨日のアレから二十時間以上寝ていたことになる。
知らず知らずのうちに疲れが溜まってたのか? いや、それにしても二十時間は寝すぎだろ……。あ、なんか頭痛い。長時間睡眠の弊害がすでに……。
痛む頭を押さえつつ、とりあえず洗面台で顔を洗おうとして……あ? なんか水の出が悪いな。水道壊れてんのか?
俺の住む学生寮は、金持ちが通う学校の寮だけあって設備は整っているし、結構な頻度でメンテナンスを行っているのか壊れることもない。すでに一年住んでいるが、電気や水道、ガス関係のトラブルが起きたことはなかった。
珍しいこともあったもんだ、と思いつつ、出の悪い水で顔を洗い……少し考えてから、捨てる予定だった飲料の二リットルペットボトル数本に水を入れておく。水道のトラブルで水が使えなくなったりしたときの保険だ。考えすぎかもしれんが、『備えあれば患いなし』、だからな。
最後のペットボトルに水を入れ終わり、さぁて飯の準備をすっか……と、思った矢先に、それは起こった。
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
響く、轟音。これは、何かが重い物が倒れた音だ。
音の大きさと伝わってくる震動から、かなり近くで倒壊が起きたことを悟った俺は、急いで部屋の窓から外の景色を確認した。
そして――
「………な、ん……だ……これ………………?」
瞳に飛び込んできた光景に、絶句した。
そこにあったのは、いつもの平和な住宅街――ではなく。
壊れ崩れた家屋、アスファルトに罅が入った道路、折れた電柱の下敷きになり、炎と煙を上げる乗用車。
道路を闊歩し、辺りを破壊し、人を襲う化け物たち。
遠くには、昨日にはなかった『山』が高くそびえ立っていた。
おまけに、空で飛んでるアレは……あのシルエットは、俺の目が可笑しくなけりゃ、『ドラゴン』か?
明らかな異常事態。まるで、現実世界がファンタジーに侵蝕されているような光景に、俺は軽く思考をトバしていた。
「あ、あはは……なんか、アイツの持ってたラノベであったなこんなの……。え? どうなってんのマジで」
なんだっけか。モンスターが溢れた世界で、強力な力を手に入れた主人公がモンスターを倒しまくってさらに強くなっていくとか、そんな感じの小説だった気がする。
目の前に広がるのは、まんまそんな感じの光景だった。
お約束のように頬を抓ってみるが、普通に痛い。まだ夢の中~みたいなオチを僅かながらに願っていたが、完璧に打ち破られた。
これは、現実。このどこからどう見ても非現実的な光景が、現実なのだ。
…………あっ、なんかきたねぇ小人みたいなヤツに、逃げ遅れたオッサンが捕まった。そのまま小人は手に持った刃物でオッサンを滅多刺しにして……。
了解了解。合点がいったわ(いっていない)。
理由も原因も分からねぇが、とにかく世界は変わっちまったってことだ。どこぞのライトノベルみたいな感じだが、これは現実。あの化け物……仮に魔物と呼ぼうか。魔物どもに襲われたら、確実に死ぬ。
この現象が何時から起こっているのかは不明だが、町の荒れ方を見るに一時間、二時間前ってことはないだろう。
つまり、俺が寝ていた間にこれは起こったというわけだ。……寝てる間にモンスターに殺されなかったのは幸運だと思うことにしよう。
とりあえず、窓から離れた俺は、寝台の上に座ってスマホを開いた。電気やネットは無事みたいだな……あ、いや。電柱倒れてたし、電気はすぐにダメになるかも。
スマホを開いたのは、ネットで情報収集をするためだ。そして、こういう異常事態には公式のニュースサイトよりもSNSとかの方が対応が速い。
というわけで、青い枠の鳥マークアイコンをタップし、さっそく情報収集。
すると、まぁ出るわ出るわ非現実的な書き込みやら写真。魔物っぽいヤツが写っていたり、壊れた街並みが映っていたり、人の死体が……って、最後のヤツはヤバいだろ。不謹慎にも程がある。投稿者は何を考えているのだろうか……ああ、やっぱり。コメントでぶっ叩かれてたわ。一個上の書き込みで投稿されている町の写真と同じくらい炎上してやがる。
そんな風に、この変わってしまったらしい世界の情報を集めていると、その中に気になる書き込みを発見した。
なんでも、魔物を倒すと『ステータス』なるものがもらえて、『スキル』という超常の力が使えるようになるとか。具体的には、身体能力が上がったり魔法が使えたりと様々らしい。
投稿主は偶然モンスターをバイクで跳ねてしまい、討伐に成功したとか。……コメントでは、賛否両論と言ったところか。成功報告もあれば、人を危険な目に誘う行為だと叩かれてもいる。
だがしかし、もしこれが本当なら……化け物が闊歩する世界で、この上ない力となる。
助けが来るまでこの部屋に籠城するという手もあるだろう。しかしだ、食料や飲料水が何日分もあるわけではない。正直、切り詰めても三日がいいところだろう。
そんな状況で待ちの一手を取るというのは……なんというか、性に合わない。こそこそ隠れるってのは苦手なんだ。
というわけで、まずは魔物を一匹倒してみよう。となると『武器』が必要になってくるのだが……この部屋にそんなもんあったっけ?
あまり物がない部屋を漁ること十分弱。ついに俺は『武器』を発見したのだった――!
ついでに、防具? っぽい恰好に着替えて準備は万端である!
「…………大丈夫なのか、コレで?」
装備内容
・武器
鉄パイプ(長さ一メートル)
・防具
作業着上(蒸れにくいアンダーに生地が丈夫なジャケット)
作業着下(由緒正しきニッカポッカ)
皮手袋(手首のところをベルトで止められるし、モノを掴んだ時に滑り止めになる)
安全靴(鉄板入りで頑丈)
ヘルメット(安全確認、ヨシ!)
……バイト行く格好とあんま変わんねぇなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます