異世界にUターン!? ~救世主としての役割は終わったのに、俺様王子に呼び出されます~

奏 舞音

異世界にUターン!? ~救世主としての役割は終わったのに、俺様王子に呼び出されます~


 ――剣と魔法のファンタジー世界に一度でいいから行ってみたい。

 きっと誰もが一度は異世界を夢にみるだろう。

 かくいう私、ユナもかつては憧れていた。

 何故、過去形になるのかって? 

 そりゃあ……。


「ユナ、遅いじゃないか! 俺はもう五分も待ったぞ」


「あのね! こっちは世界超えてきてるの! ってか、なんで世界救った後にまで異世界に戻ってこないといけない訳っ!?」


 という私の叫びは、大聖堂に響き渡った。


 そう、私は一度、異世界転移を経験しているのだ。

 救世主としてスティルド王国に召喚され、それはもう色々と苦労の連続だったが、魔物に犯されたこの異世界で最強の魔人の復活を見事阻止!

 晴れて元の世界――日本へと帰還を果たしたはずなのだが。

 どういう訳か、週に一度のペースで呼び出されるのだ。

 いつ何時呼び出されるか分からない生活を考えてみて欲しい。

 私は、十八歳の高校三年生。受験生だ。

 いつまでも救世主なんてやってられない。

 異世界よりも、今は自分の人生が大事である。

 異世界召喚が精神的にも体力的にも厳しい、と思わず友人の前で漏らそうものなら、現実をみろと笑われる。

 事実なのに! 

 信じろ、という方が無理なのも分かるから、もう何も言わない。

 しかし、異世界では別だ。ここでは現実なのだから。

 そろそろ怒ってもいいだろう。

 魔力を無駄に消費するな、王国の復興のために使え、と何度注意してもきかない。

 それもそのはず。

 私を呼び出しているのは、スティルド王国の次期国王となる、ハンス王子なのだ。

 救世主として召喚された私と共に魔物たちと戦った仲間である。

 金髪碧眼の美形王子には、私も最初はときめいた。このスティルド王国は何故か皆顔面偏差値が高かったが、その中でも群を抜いてハンスはきれいな顔立ちをしていた。

 少し俺様なところはあるが、二十二歳で年上だし、いざという時には助けてくれた。

 しかし、救世主としての役割を終えた私は、元の世界に帰らなければならなかった。

 だから、胸の痛みには気づかないふりをして別れたというのに……。


「さあ、時間が惜しい。今日は卵焼きを作ってくれ」


 王太子の願いが卵焼きってどうなんだ。

 それも、異世界人の召喚というのは、そう簡単にできるものでもない。

 清めの儀式から始まり、大聖堂の魔法陣に膨大な量の魔力を注ぎ込み、一日半かけて呪文を唱えてようやく召喚の準備が整う。しかも、うまく波長が合わなければそれだけの準備がすべて無駄になってしまうのだ。

 だから、そう――けっして卵焼きが食べたい、という軽い気持ちで異世界人である私を呼び出すなどということはしてはいけないのだ。


「……いやほんとに、なんで私は呼ばれてる訳?」

「ユナが救世主だからだろ。俺は空腹で死にそうなんだ」

「食べなさいよ! 王子様なんだから、美味しいものたくさんあるでしょ?」

「ユナの料理じゃないと、回復できない。王太子である俺が倒れたら、国が傾く。そうすればまた、魔物が現れるかもしれないだろ。ほら、ユナは俺のためにご飯を作るべきだ! これでもペースを抑えている方なんだ」

 場所は変わって、王城の厨房。

 人払いのおかげで、ハンスと二人きり。

 私は卵を溶きながら、熱弁するハンスを半眼で見つめる。


(私は本当にハンスの空腹のためだけに呼ばれてるのね……)


 帰還してすぐの召喚の際は、また魔物が現れたのかと緊張感を持っていた。

すぐにそうではないと分かるのだが。

 最初はたしか肉じゃが。次は味噌汁……。

 ハンスのリクエストはどれも、旅路で私が振舞った日本料理ばかり。

 別に料理が得意という訳でもなかったが、共働きで帰りが遅い両親のもとで弟二人の面倒をみているうちに、料理を覚えていた。

 そして、私が救世主として持っていた力は、〈聖なる癒し〉。

 私が作る料理には、手が込んでいなくても、少なからず癒しの力が宿っていた。

 しかし、もちろん料理で魔物と戦っていた訳ではない。

 弓道部だった私は、弓に癒しの力を付加させることで魔物と戦っていたのだ。

 我ながら、あの時の自分はかっこよかったと思う。

 そんなことを思い出しながら、溶き卵に和風出汁と醤油、みりんを加えて、混ぜ合わせる。

「ハンスのせいで、いつも調味料持ち歩いてるから、カバンが重いったらないわ」

「そうか。いつも俺のことを考えているのか」

 くつくつと喉を鳴らしてハンスが笑う。

 自意識過剰だ、とすぐに否定したいのにできなかった。

 きれいな顔が作る笑みというのは、どうしてこんな状況にも関わらず見惚れしまうのか。

 ずるい。

「もう。でもほんと、これを最後にしてよね。ついこの間、盛大にお別れパーティまでしてもらって、泣いて別れを惜しんでたのが馬鹿みたいじゃない」

「ふん。俺は泣いてないけどな」

 たしかに、みんなが涙を流して寂しがる中、ハンスはいつも通りの俺様だった気がする。

 それこそ、また明日、とでも気軽に声をかけられそうな。

「もしかしてだけど。あの時から私をもう一度召喚すればいいと考えていた訳?」

 油をしいたフライパンに卵液を四分の一ほど流し込む。

 一瞬の静寂。じゅぅっという音だけが、調理場に響く。

 その無言は、肯定と同意だった。

「な、なんで? 異世界人である救世主は、役割を終えたらすぐに元の世界に帰らないと、この世界の秩序が崩れるって言ってたじゃない!」

「……おい、それ、焦げてないか?」

「あっ! ほんとだ!」

 私は慌てて手元のフライパンに意識を戻し、くるりと卵を回転させる。

 そして、また薄く油を引いて、卵液を流し込む。

 少し茶色っぽくなったのはまだ内側。これから誤魔化せるだろう。

 しかしもとはといえば、ハンスのせいだ。

「それで? どういうつもりなの? ってか、私を召喚し続けて、ハンスは大丈夫なの?」

 異世界人である私を召喚するための、膨大な魔力。

 それを一人で補えるほどの魔力を、ハンスは持っている。

 彼は、スティルド王国最強の魔力保持者なのだ。

 魔物が暴れていた時には討伐のために使用していた魔力を、今では私の召喚のみに一点集中している。

 心配するな、という方が無理な話だ。

「別に。今は平和で魔力を使う場面もないしな。俺は、ユナの料理を食べれば回復するから問題ない」

「私は問題大ありなんですけど。そんなに私の世界の料理が好きなら、お城の料理人さんに教えてあげる。そしたら、ハンスは魔力をちゃんと国のために使ってよ」

「ユナが作ったものでないと意味がない」

「なんでよ。素人の私より、プロの料理人の方が絶対いいと思うけど」

 日本の調味料と似たようなものはきっと、このスティルド王国でも作れるだろう。

 材料だって似通ったものも多い。

 私の本気の提案に、ハンスは冷ややかな眼差しを向けてきた。

「どうして、ここまで言って気づかない?」

 ぼそり、とこぼれたハンスの言葉は、出汁巻き卵の仕上げに入っていた私の耳には入らない。


「いい加減に気づけよ! 俺は、ユナのことが好きだ!」


 黄金の輝きを放つ出汁巻き卵が完成したと同時に、ハンスが真っ赤な顔で告白した。


「え? ほ、本気で?」

 ハンスは大きく頷いた。

「最初に召喚した時に出会った時からずっと、俺はユナに惹かれていた。元の世界になんて帰したくなかった。でも、この世界の秩序を保つためには、ユナをこの世界に留めることはできなかった……だから、もう一度召喚すればいいと思った。幸い、俺は魔力の保有量が多かったからな。初めてこの力に感謝したよ」

 そう言って、ハンスは肩をすくめて笑う。

「ハンス……」

 彼は、強すぎるが故に遠巻きにされ、表では英雄、裏では化け物と呼ばれていた。

 俺様な性格は、弱い自分を隠すための癖のようなもの。

 本当は優しくて、繊細な心を持っている。

(だから、私も本気で怒れなかったんだよね)

 ハンスが心を許したのは、救世主であるユナだけなのだ。

 でもそれは、救世主としての役割を持っていたからだと思っていた。

 だから、救世主ではなくなってもこうして何度も呼び出されるなんて思いもしなかったのだ。

 それもまさか、私のことを好きだったからなんて。

 私は急速に鼓動を早める心臓をなんとか鎮めようと、つやぴかの出汁巻き卵を見つめた。

「ハンス、これ、食べて」

「……あ、あぁ」

 告白の返事ではなく、リクエストの卵焼きを返されたことに戸惑いつつも、ハンスは黙って食べる。

「やっぱり、ユナの料理はうまいな」

 ふっと表情を緩めたハンスに、どきりとしてしまう。

 いつも鑑賞用として見つめていた笑顔だが、今日はいつもと違って直視できない。

 それでも。ハンスの告白に返事をしなければ。

「……どうしてか分かる?」

「分からない。でも、俺はユナが作ってくれたものならなんでも美味しく食べられる自信がある」

「私も、同じ。ハンスのことが好きだから、愛情をいっぱい込めて作ってるの」

 好きな人には笑顔になってほしい。

 自分を呼び出すためだけに、どれだけの魔力を消費しているのか。

 心配だけれど、それ以上に嬉しいという気持ちが勝る。


「ユナ! だったら、これからはずっと俺の側にいてくれ!」

 

「それは無理!」


 好きな人の願いを、即否定。

 これには、ハンスもぴしりと固まった。


「本当に、ユナは俺のこと」

「うん、好きだよ」

「それなら、何故だ」

「だって、私のせいでまたこの世界が乱れたら嫌だもの。せっかく守った世界だし、ハンスが治める国は、平和であってほしいから」


 不安なのは、救世主の伝説。

 それに、急に決められることではない。


「――だから。しばらくは今まで通り、私を召喚してください!」


 救世主が戻ってきても、世界の秩序が保たれるのだと証明できるまで。


「あっさりすごいことを要求してくるな。まあそんなユナだから好きになったんだが。仕方ない。だが、あまり長くは待たないからな」


 そうして私は、通い妻よろしく異世界の好きな人に週一ペースで呼び出されるのであった。


 ――その先の未来では、救世主を王妃に迎えた国王が誕生したとかしないとか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界にUターン!? ~救世主としての役割は終わったのに、俺様王子に呼び出されます~ 奏 舞音 @kanade_maine

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ