皆で帰ろう

月夜桜

第1話 実家へ

「ねぇ、ノワール。今度の夏季休暇に東方に帰るのだけれど、着いてくる? というか、着いてきなさい。命令よ?」


 朝、勝手に侵入してきた布団の中で、もぞもぞと動いていたと思えばそんなことを言ってきたエルミアナお嬢様。


「ねぇ、今、お嬢様って言わなかった?」

「言ってはいないよ」

「なら、思いはしたのね。シバく。」


 そんな理不尽な。


「ルミナ、一応は東方の御屋敷に行くつもりだよ。ソフィの紹介もしておきたいしね。あと、ソフィについては問い合わせがあっても伏せておくようにとも言わないといけないしね」

「分かったわ」


 そう言うと、彼女は抱き着いたまま僕の胸に顔をうずくめる。

 ……あれ、今日、平日だよね?


「ねぇ、ルミナ」

「んぅ?」


 顔だけを少しだけ上げて上目遣いをしてくる。

 ……それは、せこいよ。


「宮廷魔道士団のお仕事、行かないの?」

「やすむっ!!」

「だめ! 行きなさい。僕も今日は学園の仕事があるんだから、一日中構ってられないよ?」

「むぅ……」


 ルミナが膨れる。が、少しすると何かを思い付いたように顔を輝かせる。


「分かったわっ! それじゃ、仕事行ってくるわねっ」


 そう言って僕の布団から出ていく。……怪しい。怪しすぎる。

 まぁ、いいか。取り敢えず、朝ご飯を作ろう。


 ☆★☆★☆


 学園長の「夏季休暇中も本校の生徒であることを努努忘れぬように」という言葉で学校は終わった。

 それから三日後、僕は東方行きの汽車にルミナとソフィと一緒に乗っていた。


「ルミナ様、兄様から離れてくださいっ!」

「嫌よ。こいつは私の物なんだから、あんたが離れなさい」

「「っ!!」」


 さっきからこの調子だ。

 ほんと、これから二週間ぐらい一緒に過ごすんだよ? 今からこの調子でどうするのさ。


「あんたはどっちがいいのっ!」「兄様はどっちがいいんですかっ!」


 そこで僕に振らないでくれるかな?


「「──!?」」

「はいはい、どっちでもいいから、ここは汽車の中だって事を忘れないでね?」


 二人の頭を撫でながら宥める。


「……分かったわ」「はい……」


 はぁ、もう、この二人は。


 ☆★☆★☆


 汽車に揺られること数時間。

 僕達一行は、漸く、東方の都──イスタリカに着いた。


「……うん。やっぱり、イスタリカの空気は美味しいね」


 汽車を降りた僕がそんなことを呟くと、後ろからルミナが抱き着いてきた。


「こら、ルミナ。危ないでしょ? エスコートぐらいならしてあげるのに」

「に、兄様! でしたら、私をっ!」


 ソフィが頬を赤らめて手を差し伸べてくる。


「はぁ、分かりました、ソフィアお嬢様。どうぞ。足下にお気をつけ下さい」

「……ふふ、ありがと、ノワール♪」


 い、痛いっ、痛いって! ルミナ、蹴らないでって!


「ノワールお坊ちゃま、相変わらず仲がよろしいようで」


 後ろから声を掛けられる。


「……イヴァンさん、どこをどう見たら仲良く見えるのですか? あと、僕のことは〝ノワール〟と」

「いえいえ、一度は私どものお坊ちゃまとなられたお方です。私どもからすれば、お嬢様同様、敬意を表すに値する方なのです」

「だそうよ。諦めなさい?」


 ルミナが満足気な顔で後ろから僕を覗き込んでくる。

 はぁ、分かった、分かったよ。


「ああ、そうだ。イヴァンさん、ご紹介します。こちら、僕の妹のソフィア=ディストーレです。ディストーレ侯爵家には内緒でお願いします」

「了解しました。では、改めまして。ルミナお嬢様、ノワールお坊ちゃま、お帰りなさいませ。そして、ソフィアお嬢様。ようこそイスタリカへ。我々、ルーラー伯爵家一同、皆様方の帰還を歓迎致します」


 イヴァンさんはそう言うと、仰々しくお辞儀をするのであった。

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