一土月 三人日 万戈 イム 一イ、 口丁

晴れた空、青空。流れる雲、入道雲。

流るる風、春風。四月。

私はいつものように出勤する。


自転車をこいで風を感じる。懐かしい歌を口ずさみ、やはり海風の冷たさを思い知る。信号待ちでTwitterを見る。後輩からのリプライに、フフッと笑う。


そんな毎日を繰り返す。変わり映えしない日々のようで、案外過ぎていく日々は飽きないものだ。私はいつのまに刺激より安定を好むようになってしまったのかな。


7時7分、電車に乗る。いつもの車両、いつものアナウンス。

ロングシートの優先席、オレンジ色の座席の隣に座る、いつも本を読んでいる男子学生、次の駅で友達が乗ってくるのを私は知っている。


キキキキキキーっと音を立てて電車が止まる。普段はもう少し静かに停止するのにね。男子学生は誰よりも嫌そうな顔をしていた。


電車のドアが開くと、乗客がたくさん降りていき、また乗ってくる。


「おはよう、将樹」

「おあよう、アツシ」


彼は友達が乗ってくるのに合わせて本を閉じる。閉じたときに見えた本のタイトルは、「雑学事典」

あぁ、テストに出ないような知識を集めちゃう感じの男の子ねぇ。

どうしてかわからないけど、既視感と慕わしい気持ちが渦巻く。むかし夢中になった何かの面影。愛おしくて痛い、古傷のような懐かしさ。


なんだろうね、この気持ち。

「将樹」と呼ばれる男子学生を眺める朝のルーティーン、これは新しく加わった日常の楽しみであり、私が求めていた小さな刺激なのかもしれない。


電車を降りる彼の、頭頂部の寝癖を見つめながら、慈しみのような尊さを感じるのだった。


過去に戻るだとか、運命を変えるだとか、

小説ならば面白いけど、そんなことを願っても何にもならないのが現実だから。


私はこれからの日々が、ものであること、ただそれだけを願った。



* * *


放課後オレは陸に誘われてカフェに行った。

カフェなんて柄でもないんだけど、ノリを壊す理由もないしバイト代も入ったばかりだったから。


川沿いのカフェはアクセスも良く、観光客と思われる人もちらほら見られた。広い店内で陸は真ん中のほうの席を選んだのでオレはそれに倣った。コーヒーとサンドイッチを頼んで間食にした。


サンドイッチはそれなりの値段がするが、産地にこだわっていそうな具材と外国風の味付けにはあまり馴染みがなく、100円パンが恋しくなった。


そこで、どこかで感じたことのあるような優しく懐かしい香りがした気がした。


角の席でコーヒーを片手に本を読んでいる女性。落ち着いたオリーブグレージュの色がカフェの雰囲気に合っていて、こなれた感じに見える。タブレットを立てかけイヤホンをして何やら作業しているようだ。仕事帰りらしきその女性は首からネームを下げていた。


『町田××』

オレの視力では比較的シンプルな苗字だけが識字できた。名前を知ったからどうということもないのだが。


学校が終わったこの時間だと、数十分であっという間に空の色が変わっていく。陸の話が頭に入ってこないのも、日が沈んでいくことに焦る気持ちも、あの香りが想起させるいつだかの懐かしさからだった。


将来なんて分からない。どこで働くのかも、誰といるのかも、今はまだ分からない。いつまで生きてられるかすらも分からないけれど。あの時と同じ過ちは犯さないようにとだけ心に誓い、これからの日々が、ものであることを願った。

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暇人茶目娘と惰天機ボーイ 雨野瀧 @WaterfallVillage

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