4.1950年の開戦
一九五〇年六月
六月二五日から始まった朝鮮半島での北朝鮮と韓国による朝鮮戦争
この戦争に同調するように南北分断された日本でも戦火が上がる。
一九四八年にソ連占領下の北海道と青森県、千島列島・南樺太を領土に建国した日本人民共和国、いわゆる北日本が建国した。
まだ青森より南の日本は連合国軍による占領統治下だ北朝鮮を掩護するとして北日本も六月二八日に戦端を開いた。
風間は戦艦「日高」と改名された「大和」に立ち北日本唯一の艦隊である第一艦隊の司令官となっていた。
ソ連軍と接触してすぐにウラジオストクで艦と共に風間達は信用できるか調査されたが、すぐに建国予定の北日本の海軍を創設する人材として重用されるようになった。
そんな風間が指揮する第一艦隊は「日高」に戦艦「天塩」(元は長門)に巡洋艦「石狩」(元は矢矧)と「十勝」(元は酒匂)に駆逐艦六隻で編成されている。
艦隊は津軽海峡から友軍を掩護すべく陸奥湾の奥へと針路を向けた。
「主砲射撃用意!目標は境界線の敵陣地!弾種榴弾!」
「射撃準備良し!」
「日高」の乗員は砲撃準備に動き回る。
風間は育てた甲斐があったと思える瞬間だ。
「司令、射撃準備完了です」
「日高」艦長の矢部が報告する。
「砲撃を開始せよ」
「了解!撃ちー方はじめ!」
矢部は旧帝国海軍の言い方で主砲の射撃を命じた。
「日高」は修正射を行うべく九門の内の三門で発砲する。三門とはいえ四六センチ主砲の火煙は未明の陸奥湾を照らすには十分だ。
(始めてしまったな)
自ら望んで進んだアメリカとの闘争が今から再開となる。
だがそれは南北分断された同胞相撃つ内戦を意味した。
射撃する敵陣地には警察予備隊なる南日本の軍事組織が展開している。
修羅の道に入ったと風間は思いながら「大和」もとい「日高」の主砲から放たれる発砲炎を見つめていた。
稲垣は第一戦車旅団第一大隊第二中隊の中隊長になっていた。
小樽の港で北海道での生活を強いられた稲垣はソ連軍の指導下で作られた日本人による警備隊に入隊した。
いや、元軍人であった者達は強制的に入隊させられた。
国境警備隊だと伝えられ歩兵の訓練を受けて北海道沿岸の警備任務に就いた。それを一年ほどしてから今度は軍歴から過去の兵科に基づく訓練が施された。
稲垣の場合は戦車乗りとして再び戦車の訓練を受ける。
旭川でソ連軍が持ち込んだT-34/85で訓練が開始された。
満州で戦い、部下が殺された因縁ある戦車と言える。
だが稲垣にとって恨む気持ちは無かった。
「こいつで戦車乗りをやれるなら良かろう」
非力な九五式軽戦車よりも頼もしいT―34
かつての敵とは言え、逆にどれだけ強いか知っている。その戦車で戦車兵をまたできるなら良しだと稲垣は飲み込んだ。
思うところが無い訳ではないが、乗る戦車は選べる訳ではない。
そう考えれば、簡単にやられない戦車で火力があるなら文句はないのだ。
稲垣が所属する第一戦車旅団は北日本軍が持つ唯一の戦車旅団だ。
T‐34が四六両あるこの旅団が進撃の要である。
この第一戦車旅団は第二狙撃兵師団と第四狙撃兵師団と共に青森県東部へ進撃し、米軍の三沢飛行場や八戸飛行場を占領しつつ青森県東部の制圧を当面の目的としていた。
まずその第一歩が境界線の突破だ。
向こう側、アメリカ占領下の日本は警察予備隊と言う軍隊らしき集団を作り境界線の警備に充てていた。
境界線を突破するという事は日本人同士で戦う事を意味する。
稲垣の心中はさすがに複雑だ。
戦車乗りにまたなりたいと願ったが、それが同胞同士で戦う事になるとは思ってもみなかった。
そうした動揺を知っているのか政治将校は「彼らは同じ日本人ではない。アメリカに毒された違う下劣な日本人だ。躊躇する事はない」と言い聞かせる。
だがそんな話をまともに聞き入れる者はいない。
見知らぬ外国人相手の今までの戦争とは違い、名前は知らないが同じ同胞を撃つことにやはり苦悩がある。
だが戦いを拒むことはできない。
政治将校の督戦部隊が各地にあって目を光らせているからだ。
「前に進むしかないか」
今の置かれている状況を思い嘆息するが戦車乗りを再び希望した自分が悪いかとも思った。
そんな時に砲声が轟く。
陸奥湾が光ったのだ。
「あれが戦艦の砲撃か」
陸奥湾に展開した戦艦「日高」・と「天塩」の砲撃だ。
その砲撃は稲垣達が突破しようとしていた境界線の警察予備隊陣地に叩き込まれる。
「赤旗一より各隊へ前進を開始せよ」
戦車旅団司令部を示す通信符号である赤旗一から前進が命じられる。
「赤星一より各中隊前進せよ」
すぐに稲垣の居る第一戦車大隊からも前進命令が来る。稲垣は「赤星一一了解、前進する」と返信する。
「赤星一一より中隊全車へ。前進せよ、戦車前へ!」
稲垣の命令で十両のT―34が動き出す。それぞれのT―34には歩兵がタンクデサントで乗り戦車と同行する。
「そろそろ境界線だ。警戒せよ」
戦艦二隻の砲撃を受けた境界線にある警察予備隊の陣地に稲垣は前進する。
木材で作られた境界線を示す柵はバラバラに砕かれ地面に掘られた塹壕の中で警察予備隊の隊員が力を失ったように横たわる。
その凄惨さを未明の暗さで稲垣達はあまり直視する事は無かった。
「あれはトーチカか?」
前方に四角い建物らしき物が影となって見える。
照明で照らせば良いが光を出せば自ら位置を報せる事になる。そんな事はできない。
トーチカらしい何かは暗く沈黙したままだ。
もしかすると死んだ振りをして中に敵が潜んでいるかもしれない。
「目標前方のトーチカ、榴弾を撃て」
稲垣に迷いはない。開戦となった今では脅威は攻撃して排除するのだ。
砲弾を撃ち込まれたトーチカは直撃に耐えて中から銃撃を返す。
その銃撃の流れ弾を受けてタンクデサントの歩兵が二人転げ落ちる。
「続けて撃て!」
健在なトーチカを無力化すべくT‐34は再度砲撃を加える。
放った砲弾はトーチカの内部に飛び込み炸裂した。すると敵である警察予備隊の隊員が飛び出す。
稲垣が命じる事無く飛び出した敵兵へT‐34の前方機銃の射手やT‐34の後ろに乗る歩兵が銃撃を浴びせる。
飛び出した敵は倒された。
「前進、前へ」
稲垣は倒された敵に何も思うところは無く部隊を前進させた。
流れ弾であったが味方が殺された。それが同胞相撃つ事への躊躇を吹き飛ばした。
向こうは手加減はしない。同胞でもだ。
六月二八日の夜が明ける。
北海道千歳基地では戦闘機のエンジンが一斉にかかる。
エンジンを始動させたのはLa―11戦闘機だ。
ソ連軍は北日本空軍を創設させるにあたりレシプロ戦闘機のLa―11とYak‐9にIl‐10攻撃機を供与した。
ソ連軍パイロットの指導を受けて元日本陸海軍のパイロットたちはソ連機の操縦を習得した。
そんな彼らの初出撃は敵飛行場の攻撃だ。
三沢と八戸の米軍飛行場にある米軍機を銃撃するのだ。
「さて、行くか」
離陸許可が下りると安達はLa―11を滑走路へ進める。
上山に連れて来られたのはソ連占領下の北海道だった。まずはソ連軍による信用調査が行われ安達は不快な思いをしたが、疑いが無いと分かるとパイロットとして歓迎された。
ウラジオストクやハバロフスクで安達ら元パイロットたちはソ連機の慣熟訓練を受けて今に至る。
「俺が必要とされるのはここだけだ。頑張らねば」
ようやく得た自分の技能が生かせる居場所に安達は生き甲斐を感じていた。
誰からも馬鹿にされる事無く戦闘機パイロットとして誇りを持って過ごせる。
また現在は北日本空軍の少尉となり安達三郎にとってこの上ない環境だった。
安達は自分をここまで遇してくれた北日本を守る為に戦う。アメリカや占領下の日本に恨みは無いし、共産主義を信奉している訳では無い。
ただ自分を生かしてくれる国を守る為に戦うと安達は決めた。
安達を含めた十二機のLa‐11は千歳を飛び立ち太平洋の上空を北海道南部の渡島半島と青森県の下北半島を右手に望みながら飛行する。
敵機は来ない。
東から昇る日の出を横目に見る余裕がある。
これから戦争に行くと言うのが嘘のように思う気分になる。
「目標まであと五分!警戒せよ!」
編隊長が無線で呼びかけるのを聞いて安達は現実に戻る。これから敵の飛行場を攻撃するのだ。
下北半島の沖で低空飛行に移り十二機のLa‐11は高瀬川の河口から青森県の上空に侵入する。
「攻撃開始!」
すぐに三沢の米軍飛行場が目の前に広がる。
La‐11は二三ミリ機関砲の射撃を飛行場へ降らせた。
駐機する航空機や並ぶ建物に銃撃が走る。
(戦闘機は居ない?)
銃撃しながら通り過ぎた三沢飛行場を見て安達は三沢には輸送機や複座の小型機しか居ないと見えた。
これでは敵戦闘機を地上で叩くと言う目的は失敗した事になる。
「九時方向から敵機!」
誰かが無線で警告する。
来た、やはり敵は戦闘機を待ち伏せていたかと安達は思った。
「敵機に向かう!かかれ!」
編隊長は空中戦を決心した。まだ空中の影しか見えない敵へ十二機は駆け寄る。
「あの翼の形…コルセアか!」
近寄って分かる敵機の形は主翼がくの字に折れている独特の形をしたF4Uコルセア戦闘機である。
零戦のパイロットだった時も安達は何度か対戦した事がある米海軍の戦闘機だ。
「こいつは手強いぞ」
F4Uとの空戦に入ると相手の強さを実感する。
「米軍め、簡単にはやられんぞ」
それでも歴戦の戦闘機パイロットの自負がある安達は闘志を高めF4Uに挑む。
安達が米軍だと思ったF4Uの部隊は実は日本人の部隊である。
北日本が空軍を保有していると知った米軍は密かに元陸海軍の戦闘機パイロットを集めて戦闘機部隊を編成した。
日本の再軍備に理解を示している米海軍がこの極秘日本人戦闘機部隊を指揮下に入れて八戸基地に配備した。
米空軍はこの米海軍日本人戦闘機部隊に日本の防空を任せて朝鮮半島の作戦に集中できた。
安達も知らず知らずの内に同胞同士の戦いをしていたのである。
こうして稲垣や風間・安達は米ソ冷戦によって生み出された日本人民共和国で軍人として同胞同士の戦いに突入する事になる。
それはこれから始まる南北分断の悲劇の始まりに過ぎなかったのである。
(了)
北の年代記~日本人民共和国戦記<序章> 葛城マサカズ @tmkm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます