3.戦艦大和強奪と風間健吾少佐
昭和二十年三月初旬
米軍のB‐29爆撃機四機が四国より南から日本列島に侵入した。
この四機は偵察が目的だ。だが四機の内の三機の爆弾倉には一六〇〇ポンド爆弾六発が各機にある。この爆弾は行きがけの駄賃または日本への嫌がらせと言う意味合いで積み込まれていた。編隊長によって投下目標を自由選べた。
編隊長のバートン大尉は瀬戸内海沿岸の西日本を偵察する任務を与えられていた。
とはいえ偵察をするのは一機の偵察機型B-29のF‐13だけで他は爆撃機である。自身は編隊の針路を指示するのが主な役目だ。
それと行きがけの駄賃をどこで落とすか。
四国を縦断して瀬戸内海に出た編隊
松山上空では戦闘機が多数展開している飛行場があったがバートンは爆弾を落とさなかった。
「まだジャップに軍艦があんなにあるのか」
松山を過ぎて広島湾に江田島や倉橋島をはっきりと分かる位置に瀬戸内海を北上するとバートンは呉軍港に停泊する日本軍艦艇の艦影を幾つも見た。
ソロモン諸島やマリアナ沖・フィリピンの戦いで多くの艦艇を失った日本海軍だが戦艦四隻に空母五隻・巡洋艦六隻など新旧混じるが多数の艦艇を呉に置いていた。
「こいつにしよう。この敵艦のどれかに爆弾を落とすぞ」
バートンの目標は決まった。
B‐29の接近を察知した呉の艦艇が弾幕を張る。バートンは抵抗を受けてより攻撃する意欲を高めた。
「一番デカイ奴にするぞ!あいつだ!」
バートンは呉で停泊する艦艇の中で一番大きい艦を選ぶ。
「目標敵戦艦、投下、投下」
四機編隊のまま三機は呉上空に進み出て目標にした一番大きい敵である戦艦に爆弾を投下した。
その戦艦は爆弾を五発受けて火災が発生した。
「やったぞ。これぐらいじゃ沈みはしないだろが、修理で当分は動けまい」
海軍の事に疎いバートンだが損傷させる事はできたとは思っていた。
「呉の偵察を終えたら針路を東に変えるぞ」
バートンは爆弾を落とし残る行程をF‐13のエスコートに徹する。
「大和の被害は小さくはないようだな」
戦艦「大和」の艦長である有賀大佐はB‐29から投下された爆弾による被害報告を受けた。
バートンが選んで攻撃したのは戦艦「大和」だった。
バートンの編隊が投下した一六〇〇ポンド(725kg以上)爆弾は五発は「大和」の艦首から艦尾まで各所に命中した。
艦首内にある兵員室に爆弾が貫通して爆発したり、右舷と左舷の増設させれた機銃群を薙ぎ倒した。
それ以上に深刻なのは中央の煙突と並んで立つマストが倒れた事だ。
マストは旗を掲げるだけではなく通信能力の要である。マストと艦橋の間に通信線を張りアンテナの役目をさせていた。
その通信線を張る柱を無くして「大和」の無線通信を行う能力が極端に低下していた。
機関や主砲に影響は無かったが機銃群の大損害と通信能力の低下は軍艦として看過できない被害となっていた。
「これで予備艦になれるな」
「大和」に乗る第二艦隊司令長官である伊藤中将は「大和」の被害を聞いて有賀へそう言った。有賀は「そうですな」と同意する。
かねてから有賀と伊藤は「大和」を出撃させず予備艦として呉なり日本本土の要所で浮き砲台となるべきだと意見を一致させていた。
もはや日本本土に追い込まれた日本海軍
圧倒的な米海軍と洋上で戦える力は無い。ならば「大和」や第二艦隊の将兵を無駄死にさせない為には浮き砲台となる予備艦となるのが良いと伊藤と有賀は結論を出していた。
それがこの爆撃による「大和」の被害で出撃はですぐにきないだろう。更に時間を稼いで予備艦にせざるえない状況になるだろうと考えられた。
戦艦にとっては不名誉だが、部下を救うには名誉はいらなかった。
昭和二〇年八月
あれから「大和」はドック入りし至近弾での損傷が船体にないか確認を行い、機銃群やマストなど空襲の被害を直す工事が行われた。
その間に米空母機動部隊による呉空襲があり、資材の不足もあって工事は中断した。
米軍が沖縄に上陸する頃には航空戦艦「伊勢」と「日向」による沖縄特攻も計画されたが既に広島湾周辺が米軍による空中からの機雷投下で塞がれてしまい出撃ができなくなっていた。
「大和」の修理が完了したのは六月になってからで、もはや沖縄戦もいつ陥落するか時間の問題となり艦隊が出撃する時期を逸していた。
七月になると「大和」は予備艦に指定されて江田島沖で偽装しながら対空砲台となる任務を与えられた。
「だが、射撃できないのか」
「大和」副長の風間健吾少佐は悔しがる。
予備艦指定された七月に「大和」の人事異動が行われた。
艦長は有賀から本井大佐に代わり、風間も副長として着任した。
せっかく直した機銃群も大半を陸上に降ろして乗員も半数が「大和」から降りていた。
そんな「大和」は防空の任務が与えられていたが江田島と同化するように網を被せて木々の葉を被せてひっそりと隠れていた。
「来る本土決戦に備えて主砲を温存する」
その命令を受けて「大和」は一発も撃てず息を潜めている。
だが敵が見えて撃てないのはもどかしいと風間は地団駄を踏む。
この今も朝から飛来した少数のB‐29が広島市の上空へ侵入するのに何もできない。
「偵察機だろうが主砲で落としてやりたいぜ」
風間は鬱憤が溜まっていた。
七月に予備艦となった「大和」はとにかく戦闘が禁じられていた。
呉の残存艦艇を狙う七月二四日や二八日の空襲では「大和の存在を知られる発砲は厳禁である」と言う命令を本井艦長は下した。
敵機を見送り、燃える呉の艦艇の煙に手を合わせるしか風間にはできなかった。
いつ起こるか分からない本土決戦に備えて戦えない日々が風間に鬱憤を蓄積させていた。
風間は広島市の上空を旋回するB―29を睨みながら見つめていた。
そのB‐29から何かが落ちたように見えた。
落ちたモノは落下傘を開き少しして閃光を放った。
「なんだこれは…どんな爆弾を落としたんだ…」
広島市は閃光と轟音の中で破壊された。
まるで破壊したエネルギーの大きさを示すように太いキノコ雲が空に昇る。
これが原子爆弾の投下だと分かるのは少し後になってからだ。
風間は「大和」から送り出す海軍救援部隊を率いて広島に入る。
瓦礫が広がる光景と臨時の救護所でに集まる酷い火傷を負った被爆者達、亡くなった母親に泣いてすがる幼児が風間の心を痛めた。
「あの時に艦長を説き伏せるか、強引にでも主砲であのB‐29を撃っていれば・・・」
何度も風間はそう思う。
撃墜できなくても、追い払える力があった。
その力を使わなかった。
風間の心にできた傷は大きく、溜まった鬱憤は毒性を帯びる。
鬱憤の毒性を増やしたのは横浜の空襲で妻と娘を失った事を知った時だった。風間の心は怒りと悲しみに鬱憤が混ざる禍々しい毒が蔓延した。
その毒性は終戦の時に作用する。
本井艦長が乗員達に総員の退艦と復員を命じた後の事だ。
風間は乗員を集めた。
「俺はこのまま敗北を受け入れるつもりはない!米軍と戦い続ける!」
風間の意見に半分が戦争が終わったのにと呆れた。
もう半分は何かを思うように表情は定まらない。
「もはや帝国海軍は解体されるだろう。だが、焼け野原になり米英連合軍に占領される日本でまともに生活ができるだろうか?軍人として生きる道を何年、何十年とやって来た俺達に別の生き方は出来るか?」
風間のこの問いは切実だった。
軍人として何年も生きていた彼らはゼロからの新生活をどうするか実家に農家なり生業がない限りはアテが無い。
「戦う事を続けて生きる。これが俺の方針だ。賛同するなら今夜十時にここにまた来てくれ」
そして夜の十時になると乗員の三分の一が来ていた。
「副長、何かアテがあるのですか?」
砲術長の矢部悟朗大尉が風間に尋ねる。
「ある。だがそれは尋常ではない立場になって貰う必要がある」
風間の答えに動揺が走る。
「終戦を受け入れず抗戦を続けるのです。もはや逆賊ですよ我らは。迷う事はありませんよ」
矢部がこういうと動揺は小さくなる。
「では、どうするか言おう。ソ連軍占領下の北海道へ渡りソ連に亡命する」
予想外の答えに矢部も驚き「アカになるんですか!?」と問い返す。
「米軍と戦うにはもはやソ連と組むしかない。あくまで組むだけだ。共産主義者になれとは言わん。表面上は合わせて貰うが」
「そんな都合よく行きますか?」
「できるさ。ソ連は海軍が遅れている、海軍の技能がある俺達をソ連は高く買うさ。思想よりも技術者としてソ連は招き入れるだろう」
ソ連海軍は日露戦争で多くの艦艇を失い、更にはロシア革命の混乱でも戦力を喪失する帝政時代からの回復ができていなかった。
ソ連が建国してからの海軍再建も第二次世界大戦前にようやく大型艦の整備が進み出したぐらいである。
「なるほど分かりました。副長の案に同意します」
矢部が同意すると他の皆も同意を示した。
「ところで、北海道へどう行きますか?陸路で青森へ行っても津軽海峡の連絡船も空襲でかなりやられていると聞きます」
矢部が北海道への行き方を尋ねる。
「この大和があるじゃないか。この大和で北海道へ行くのだ」
昭和二十一年三月某日
風間は「大和」の艦橋に立っていた。
「上手く行きましたな」
矢部がこう言うが風間の顔は固いままだ。
「気を抜くな。まだこれからだ」
風間たちは復員に応じるふりをして「大和」から一時降りた。
それから同じく同志を集い各地に残存する艦艇の状況の把握に努めた。
どうも米軍は水爆実験に日本の艦艇を使うらしいと情報を得ると風間は好機だと感じた。艦艇を外洋へ出す時が奪還の時だと。
「大和」は掃海された一部の航路を通り広島湾から横須賀に移動した。そこでビキニ環礁の水爆実験に供される戦艦「長門」巡洋艦「矢矧」と「酒匂」と合流した。
同志が二〇〇人以上になった風間達はビキニへ出発する前の「大和」・「長門」・「矢矧」・「酒匂」それぞれに乗り込み潜んだ。
米兵による操艦で横須賀を出港し、伊豆大島沖の太平洋へ出たところで風間達は動き出した。
潜んでいたそれぞれの艦の米兵を制圧して艦を奪った。
米兵を艦内に人質として置いたまま針路を北へ変えて四隻は北海道を目指す。
この軍艦泥棒事件と称される事件に米軍は対応に苦慮した。
艦内に米兵が乗っているので「大和」などを撃沈する事もできない。古の海軍に倣い艦同士をぶつける、または艦を横付けして兵を乗り込ませる案が出た。
すぐに出動できる艦が駆逐艦ぐらいで体当たりをしても戦艦や巡洋艦相手には負けてしまう。兵を乗り込ませようにも準備をしている時間も考えると間に合わない。
戦艦に空挺降下する案も出たが結局は付近に駆逐艦を送って同行させ、航空機を飛ばして監視するだけの見送る事しかできなかった。
「左舷に鮫角灯台を視認しました」
夜になり風間達の艦隊は青森県沖に入った。
米軍の艦艇は鮫角灯台を見る前に反転していた。
「これで一安心ですな」
ソ連の領域に入ると矢部は安堵した顔になる。
「まだまだだよ。これからソ連軍の連中に安く見られんように交渉をしなければならない。これからだ」
風間の言に矢部は緩んだ気を締め直す。
「右舷前方に艦影、発光信号です『ワレ、ソ連海軍巡洋艦マキシム・ゴーリキー、ココハソ連軍ノ管理海域デアル、艦隊ノ目的ヲ問ウ』以上です」
見張りがソ連軍の来訪を告げる。
「早速だ。挨拶をしようじゃないか」
風間は新たな生活へ向けて一歩を踏み出した。
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