「必ず帰る」の符帳
良前 収
ブーメラン
「――だからこそ私は新たなパイロットたちにこう言いたいのだ。敵を撃墜せよ、そして必ず生還せよ、と」
ユージン・オズボーン中尉の言葉を速記し終え、僕は顔を上げた。中尉は穏やかにうなずく。話は終わったようだ。
「大変貴重なご体験談、ありがとうございました」
「この老骨の昔話が役に立つようなら何よりだ」
謙遜と言うべきだろう。先の大戦でエース・パイロットの一人として名を馳せた中尉の話は、軍属の記者に過ぎない僕にも興奮を誘うものだった。
退役した後はこの片田舎に引きこもって学校の教師をやっているそうだが、軍が望んでいたようにパイロット訓練校の教官をしていたらさぞや慕われたに違いない。
ソファから立ち上がり、歩き出す前に僕は壁一面に飾られた物を見回した。
「素晴らしいコレクションですね。写真を撮らせていただいても?」
「ああ、構わんよ」
中尉のような退役軍人を訪ねると、客間にはたいてい勲章が飾られている。だがユージン・オズボーン中尉が飾っていたのは、十余りのブーメランだった。赤や黄色、緑など様々な色で、形もV字形だけでなく十字や三つ叉もある。
「パイロットにとってブーメランは『必ず帰る』の符帳だからな。つい集めてしまってね」
「なるほど……」
これはいい記事のネタを拾ったと、全体とアップの2枚の写真を撮った。
だがやはり勲章の写真も必要だ。
「中尉の数々の勲章もぜひ撮らせていただきたいのですが」
「ふむ、あれは小部屋にまとめて置いてある」
中尉は先に立って廊下に出た。
「見たいという客が多いのでね。専用の部屋を用意してあるのさ」
歩き出そうとしたところで元気な足音が聞こえ、中尉と僕は振り返った。
「おじいちゃん!」
「これ、サム。客人にご
サムと呼ばれた小さな男の子はぴたりと気をつけをし、会釈した。
「いらっしゃいませ、お客さま」
礼儀の良い子だ。僕は微笑む。
「お邪魔しています」
「おじいちゃんのお話を聞きに来たの?」
「そうだよ。おじいちゃんの宝物の写真も撮らせてもらうんだ」
カメラを掲げてみせると、サム坊やは目を輝かせた。
「カメラだ! すごい! 宝物、僕が案内するね!」
背伸びしてパッと僕の手を握ると回れ右してまた走り出した。ぐいぐい引っ張られ、僕もつられて歩く。
「おいサム、そっちじゃ――」
「こっちだよ!」
焦ったような中尉の声とそれをまったく気にしていないサム坊や。僕は一瞬迷ったが、記者としての勘で坊やについていった。
廊下からリビングに入り、暖炉の前へ。飾り棚の特等席に、やはりV字のブーメランがあった。ただし掌に収まるほど小さくて、素朴な木目そのままの物だ。
「これ! おじいちゃんの一番の宝物!」
木地の表面は古びてつやつやとしていて、いかにも「常に携帯していた」風だった。そして、V字の両端にそれぞれ「クララ」と「ユージン」の文字。
「まあまあ、お客さま」
やわらかい声がかかり、僕は振り返って頭を下げた。
「クララ、サムを連れていってくれ」
老婦人はにっこり微笑んでうなずき、坊やに向かって屈んだ。
「さあ、クッキーがありますよ。お茶にしましょうね」
「はーい!」
サム坊やは僕の手を離して、スキップしながら老婦人とともにキッチンへ消えていった。
ウォッホン、というわざとらしい咳払いが響いた。僕は笑みを必死で隠しながらカメラを掲げてみせる。
「こちらも、写真を撮らせていただいても?」
中尉が断ろうとする前に言葉を付け足す。
「これこそが中尉にとっての『必ず帰る』の符帳だったのでしょう?」
まさに仏頂面という顔を中尉はしたが、わずかに顔が上気しているのがまるで少年のようだった。
「……好きにするがいい」
「ありがとうございます」
符帳、もしくは約束の品を、僕はしっかり写真に撮った。
「必ず帰る」の符帳 良前 収 @rasaki
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