【KAC20203】空の月は私の月の物?

五三六P・二四三・渡

第1話

 私の彼氏は三歳年下の中学生で顔はいいんだけど、少しおどおどしていて、少し頼りない。けどやるときはやる子で、ラブホでいざやることをやろうとしたら結構意外な性的嗜好を告白される。


「すみません……ニュースを見ながらじゃないと立たないんですよ……」


 んんんんん?

 いつもニュースを見ながらマスターベーションにふけってるってこと?

 なかなか難儀な性癖(誤用)をお持ちで……

 いや、女子アナ好きか? 女子アナ好きなのか?

 それならちょっとは納得できるか?

 いやでも、つまり彼は今から女子アナに欲情しながら私の穴を使うってことで、これは一種の寝取られではないだろうか。

 でもよく考えてみたら、AV見ていい雰囲気になってからやるのっも同じようなものなので、別にそこまで気にすることはないか。

 そう思って許可を出したら、テレビにはアメリカの科学者のおじさんが記者会見をやってた。女子アナじゃなくて残念だったねって言おうと思ったら、もう彼のあそこは立ってた。

 こいつまじか。


「ここら一体の宇宙は子宮となりました。そしてこの空の浮かんでいる月が卵細胞と入れ替わっています」


 彼の股間に驚いていると、テレビの中の科学者が珍妙なことを発言していた。

 彼は一瞬笑おうとして、私の顔を見て、女性の前だと気が付いて気を使ったのか顔を元に戻した。

 私は遠慮なく笑った。


「それは比喩のようななものでしょうか? よくある表現ではあるとは思いますが」


 記者の一人が言った。


「いえ、そのままの意味です。そのままの意味で空に卵細胞が浮かんでいるのです。ただそれだけではありません。このあたりの空間が卵細胞の持ち主の子宮と連動しているようです」

「それで」


 記者たちは、どういう表情をすればいいのかという戸惑いを顔に張り付けて言った。


「その場合どう言った問題が上がってくるのでしょうか」


 科学者は想定していた質問だとばかりに、うなずく。


「まず卵細胞ですので、精細胞と受精することになります。人間の精細胞の大きさは5μmで卵細胞の大きさは60μmですが、後者を月の大きさあわせるとすると、前者は約250キロメートルの大きさとなります。つまり約250キロメートルの隕石と同等の物が月に振ってくることになります。月だけに落ちるとは限りません、近くにある地球にも落ちてくる可能性もあります」

「それはどのくらいの脅威となりますか?」

「恐竜を亡ぼしたと言われる隕石――諸説あります――が12キロメートルと言えばわかってもらえるでしょう。わからなかった人のために言うと、精細胞が地球に落ちたら、人類は間違いなく滅びます」


 会場にざわめきが広がった。


「そして卵細胞に群がってくる精細胞は一個ではありません。月には受精膜が張られバリアの役割を果たしますが、我々の住んでいる地球は卵細胞ではないためバリアは張りません。落ち放題です。」


 ざわめきが悲鳴に変わる。

 テレビの私たちも、笑い事ではないと真剣な表情で画面を食い入ってみていた。


「精細胞が地球に当たらなかったとして、月の受精が完了すると、細胞分裂をし始めます。最終的にどういった姿になるのかはまだ研究段階ですが、一万二千キロメートルより大きくなった場合は、地球が月の周りを自転し始めます。それにより異常気象が起きます。さらに大きくなると地球が月へ落下します」

「何か対策はないんでしょうか!」

「この宇宙は地球上の一人の女性の子宮と連動しているということがわかりました。つまり今現在性行為をしようとしている皆さん! 一旦性行為をやめてください! 永遠にとは言いません! その間に我々が研究を進め解決策を探します!」


 その後も記者たちが次々に科学者に質問をし始める。

 彼はテレビから目を離し、私のほうに向きなおり、恐る恐る言った。


「止めるしかないようですね……」

「いや別にいいでしょ」


 彼は口を強くへの字にした。

 眉間にしわをすごく寄せてる。


「いやでも、受精したら世界滅びるって……」

「30億分の一の、さらに少ない確率で世界が亡びるってだけで目先の快楽を逃すのか!」

「今日はそう思ってする人ばかりだと思いますよ……だからこそせめて僕たちだけでもやめたほうが」

「問答無用!」

「ああっ!」


 私は彼と行為に及んだ。

 結局のところなんとなく上がった熱を、冷ましたくないというのが理由だった。

 文句を言いながらも彼の彼は元気で、実のところ、心の奥底では同じ気持ちだったのだろう。

 最中彼はずっと目線をテレビの方向に向けていた。

 内容が気になるというよりは、やはりアナ目当てでなくて、ニュースと連動して性的興奮を得ているらしい。

 ということは猟奇殺人事件とか、災害とかのニュースで興奮するのだろうか。

 そう考えると、自分の恋人ながらどん引きだった。

 一回フィニッシュした後、記者会見の様子がさらに慌ただしくなった。


「たった今続報が入りました! 精細胞の大群が月の位置にある卵細胞に向かっています」


 思わず私たちは顔を見合わせる。

 いやでも世界中では毎秒八万人の人が性行為に及んでいるっていうし……

 それでも何か気まずくなって、ティッシュで体を拭いて、裸のままテレビの前に正座をした。

 アメリカ大統領が緊急記者会見を開くことになったようで、画面が切り替わる。


「今現在この惑星は人類始まって以来の危機に瀕している。しかしご安心ください。こういう時のために開発していた宇宙用迎撃ミサイルですべて無効化して見せよう。光速の一割の速度で進むことが出来る。」

「約250キロメートルの隕石を破壊するっていうんですか?」

「破壊する必要はない。軌道を変えるだけだ。しかし通常の隕石と違って精子なので、宇宙の中を泳ぐことが出来るようだ。しっかりとUターンさせるために、数発ほどうちこむ必要がある」

「数億個の精子すべてに数発を?」

「一つの卵子に群がる精子の数は決まっている。また地球と月の距離は近いようで、案外遠い。それに加え精子の軌道を変え、対消滅させるというプランもある。おそらく必要になるミサイルは60発程度だ」

「おい! それでも公表している核保有量を上回っているぞ!」

「どういうことですか大統領!」

「大統領! 答えてください」


 私たちはテレビの前で手を組み、作戦が成功することを祈った。

 世界中の人間が同じように祈っているだろう。

 特にちょうど性行為をしていた八万人ほどは。

 暖房もつけずに夜通し祈る。

 しかし宇宙とは広いもので、なかなか事態が動かなかった。

 ふと空を見つめると、流星群が空を覆いつくしていた。

 いくつもの白い軌跡、が夜空をなぞっていた。

 いや、あれは精子の群れだ。精子の群れが地球のそばを通っているのだ。


「君のかもしれない精子、綺麗だね」


 彼は空に浮かぶ卵子を見て言った。


「月が綺麗ですね」


 二人は体を寄せ合い暖を取った。お互いを励ましあい、慰めあった。

 もし生きて帰れたら、何がしたいか。何をするか。

 今までの罪を白状しあい、泣いて懺悔しあった。

 時間の進みが遅く感じる。

 もしかしたら。

 もしかしたらこの時間は幸福なのではないかと錯覚しそうになる。

 私たちは世界の滅亡に怯えている。だけども、世界が終わる日に、大切な人と一緒に入れるのはとても幸福なのかもしれない。

 そういうと彼は答えた。


「僕は生きて共に道を歩めることのほうが幸福だと思います」

 

 私は頷き、何ができるわけでもないけど、きっと生きてラブホテルを出ようと誓い合った。


 そして朝、レポーターが安堵の顔で叫んでいる。


「やりました! 地球と月に向かっていた精子のすべてを無効化させることに成功したようです! 米軍の働きにより世界は救われました!」


 外から割れんばかりの喝采が聞こえる。

 どうやら皆道路上で事の成り行きを待っていたらしい。


「うおおおおおお!」「やった! 生きてる! 生きてるぞ!」「USA! USA!」「USA! USA!」


 だが問題は山積みだ。

 また月の卵子の持ち主が性行為に及べば、同じことが起きる。

 それを制限する力は政府にはあるのか。

 保有者個人を特定できなかった場合、性行為の制限をした場合の出生率の低下による影響も気になる。

 また宇宙が子宮となったのなら、月経時に排出されることになるかもしれない。

 私たちの住む世界は、思ったよりでたらめで、デリケートな存在の上に立っていた。

 それでも私たちは生きていかなければならない。

 彼と手を繋ぎ外へ出る。

 路上はお祭りムードで、あちらこちらが騒がしかった。

 ずっと暗闇にいたために、朝日がまぶしい。

 私は彼に向き直った。

 大切な恋人。お互いに裸の付き合いをし、将来を捧げてもいいと思った相手。

 だからこれは言わなければならない。

 私は微笑む。


「今度からはゴムをつけようね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20203】空の月は私の月の物? 五三六P・二四三・渡 @doubutugawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ