Uターン

鮭さん

第1話

 ブーンブーン!!ブーンブーン!!


 ピーポーピーポー!!ピーポーピーポー!!


 追っているのは前方に見える青い軽自動車。殺人犯・たかしが乗っているのだ。


 ブーンブーン!!ブーンブーン!!


 ピーポーピーポー!!ピーポーピーポー!!


 交差点に差し掛かる。なんとしても、なんとしても捕まえなければいけない。殺人犯・たかしは鬼畜。さっき千人くらい人を殺していた。現行犯逮捕するのだ。先輩の、アクセルを踏んでいる右足に力が入っているのがわかる。


 ブーンブーン!!ブーンブーン!!


 ピーポーピーポー!!ピーポーピーポー!!


 信号は青。


 ブーンブーン!!ブーンブーン!!


 キキーッ!!グルンッ!!


「なにぃいっ!!」


 すごいドライブテクニックだ。ほとんど速度を落とさずUターンしやがった。殺人犯・たかしめ。すごいやつだ。


「先輩!!早くこっちもUターンして、後を追いましょう。」


「まあ、待つんだ。」


 先輩は、落ち着いている。


 ブーン


 先輩の車はUターンするどころか、速度を徐々に落とし焼肉屋の駐車場で泊まった。


「よっこらせっと。」


 ドアを開き、重い腰を上げる先輩。50歳。なんと今年でおじいちゃんになるそうだ。青い制服にも年季が入っている。


「何考えてるのですか!!殺人犯・たかしが逃げていってしまいますよ!!」


 振り返るともう、見えなくなっている。逃した。失態だ。大失態だ。


「大丈夫。もう捕らえたようなものだよ。」


「何寝言言ってるのですか!!」


 怒鳴ってしまった。先輩なのに。


「ふふ、若いね。奢ってあげるからついてきなさい。」


「はい。」


 ウィ〜〜〜〜〜〜ン


「いらっしゃいませー!!」


 店員の元気な声。


「あちらの席へどうぞ〜。」


「はいどうも。」


 落ち着いた返事だ。流石だ。いくつもの修羅場を潜り抜けてきたということが、この一言から伝わってくる。なんだか、安心してしまう。


「よっこらせ。」


 ゆっくりと席につく。対面で私も座る。


「ご注文がお決まりでしたら〜。」


「あ、牛タンでお願いします。」


 若い女性店員の声を遮り注文する先輩。そうか、そういうことだったのか。牛タンと、Uターン、掛かっている。そうか、そうか、先輩はUターンしたたかしを見て牛タンを食べたくなってしまったのか。


「先輩!!そういうことだったのですね!!先輩はUターンを見たから、牛タンを食べたくなってしまったのですね!!」


「そう!!そういうこと!!」


 急に声のトーンが上がった。可愛い。


「それに、『U』ってローマ字で『う』だから『牛』って意味かもしれないしネ!!」


 子供のようにはしゃいでいる先輩。可愛い、可愛い。しかし、殺人犯・たかしは逃してしまった。まあ、可愛い先輩を見れたからよしとするか。


「牛タンになります。」


 店員が運んできた。早速焼く。


 ジュージュージュー、ジュージュージュー


 美味しそうだ。良い香りがしてくる。早速食べてしまおうか。その時。


「いらっしゃいませ〜。」


 新たな客が来る音。目を向けると、、、、やつれた顔、ぼさぼさの髪。たかし!!殺人犯、たかしではないか!!


「一名様ですか?」


「牛タンを下さい。」


 質問を無視し牛タンを求めている。


「牛タンでしたらあちらのお客様が食べています。」


「どうも。」


 のこのこのこのここっちへやってくるたかし。私たちのテーブル横に立っている。


「君、殺人犯たかしだね。」


「はい。」


 先輩の問いかけに、無表情で素直に頷くたかし。抵抗する意思もなさそうだ。


「現行犯逮捕だ。」


 ガチャリ


 手錠をはめられるたかし。


「牛タン下さい。」


「仕方ない。一枚だけだぞ。」


 先輩は口元に牛タンを運んであげる。美味しそうに頬張るたかし。無表情だが、美味しそうだ。



 後々分かったことだが、先輩の取った行動は犯罪心理学的には常識だったようだ。Uターンをした犯人は99.9%の確率で牛タンを食べたくなり近場の焼肉屋にやってくるらしい。これはもう、統計的なデータなのだ。長年に渡って培われた、人類の英知。偉大な英知だ。ああ、私は無知を恥じ、ノートに刻んだ。


「犯人がUターンしたら牛タン.......2020/03/04」


 いつか私も、先輩のようになれますように。星に、願いを。

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Uターン 鮭さん @sakesan

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