僕と幼馴染はいつも通り

草沢一臨

ためらうな

 僕には好きな女の子が居る。

 そして僕は彼女の家を知っている。いや、断じてストーカーではない。

 たまたま帰り道が同じ方向だったから知っているだけ、という事にして頂きたい。


「みっちゃん、何をブツブツ言ってるの?」

 隣を歩くちっこい娘が僕の顔を見上げている。この娘は僕の幼馴染で遥香はるか。言っておくが僕の好きな娘とは別人だ。「みっちゃん」とは僕の名前「光晴みつはる」からつけられている。

 ちなみに遥香の容姿だが、幼馴染目線ではどうしても偏るので、周囲の男友達の意見を参考にする。とりあえずは、一般的に見れば可愛い方らしい。

 彼女とはどうにも腐れ縁で、幼稚園から始まり、高校まで一緒になってしまった。

「高校生にもなって、一緒に帰ってたら、付き合ってるみたいだよね!」

 遥香はニヤリと意味ありげに笑う。

「遥香の身長がもう少し高かったら、そう見えたかもしれないな。端から見れば、どう見ても兄と妹だろう?」

「にゃ、にゃにをぅ!」

 頬をつねろうとした手をひょいと避ける。

「こら、避けるな!」

「いや、そんな事を言ったって、ワンパターンなのが悪いんだろ?」

「みっちゃんが背が高いのが悪いんだ!」

 昔から負けず嫌い。だが、たまには凹ませてやりたい。

「そんなガキみたいな事を言ってると、余計に妹っぽいぞ」

 その一言で、遥香はガックリとうなだれた。


 早いところ遥香をまいて、あの娘の家に行きたい。もしかしたら、ひと目姿を見ることができるかもしれない。

 なんて甘い考えを持っていたら、いつの間にか家に着いていた。

 それならそれで、着替えて「買い物」に行くまでだ。買い物中に偶然あの娘家を通っても不思議じゃない。


 二階の窓から周囲を見回して確認する。

 ……うん、大丈夫。遥香は居ない。

 こっそりと家を出ると「買い物」へ向かう。心はドキドキ。


 けれど、あの娘の家の前に着くと、人の気配はない。

 家にもう帰ってしまったのだろうか。ならば、ここでチャイムを押せはきっと彼女が現れる。躊躇いと、期待と、言い知れぬ不安とで伸ばした手が震える。


「だめだ!」

 そして今日も諦めた。諦めて家へとUターン。実に根性無し。


 僕に気付いて家から出てきてくれたら、なんて淡い期待をするけれども無駄。そんな夢みたいな事が起こるはずも無い。

 とぼとぼと帰る道。正面から何故か遥香がやってくる。


「みっちゃんどうしたの? 偶然だね」

 手と足が同時に出て不自然な歩き方に変わった。きっと偶然ではないのだろう。

「遥香はどこか行くのか?」

 そ知らぬふりをして聞いてみる。

「ん、ううん、ちょっとそこまで買い物に行こうと思ったんだけどさ、い、一緒に行く?」

「何買うんだよ?」

「え、えっと……」

 言葉を詰まらせてあからさまに怪しい。次の言葉を待っていると、困り果てたように遥香はうつむいた。


「やっぱいいや……」

 僕にくるりと背を向け来た道を戻ろうとする。

「待てよ」

 遥香の腕を掴んで止める。

 足を止め、慌てて振り向いた遥香の顔は明らかに動揺していた。

「な……なに?」

「明らかに怪しいだろ。幼馴染の僕に分からないと思っているのか?」

 そう言うと、遥香の目に涙が滲んだ。

「何でも無いってば。手を離してよ。何にも分かってないじゃない!」

「どうしたっていうんだ?」

 久しぶりに見せられた遥香の涙に、僕の方が動揺した。彼女の涙を見たのなんて何年振りだろう。まだ小さい頃だったかな。男とか女とか関係なく遊んでいた頃。


「何でもないの! みっちゃんが誰か女の子に会いに行くんじゃないかって、気になって付いて来たなんて言える訳ないでしょ!」

「え……!」

 遥香は明らかに「しまった」という顔をした。思いっきり言ってしまう辺りがこいつらしいと言えば……。

「何で気になるんだよ……」

「だからみっちゃんは何も分かって無いって言ってるんだよ」

 遥香の涙が溢れた。……そして抱きつかれた。


 僕の心臓が跳ね上がる。遥香も女の子だ。そんな事は分かっていた。けれど、心地よい関係を続けようと女の子だと意識しないようにしてきた。


「馬鹿! 何でわかんないのよ! みっちゃんが他の女の子に取られちゃうかもって思ったから……。私がみっちゃんのこと好きだから、ってどうして分かんないの?」

 僕の胸のあたりに顔をつけて遥香は泣いた。

「ずっと言おうって思って、でも止めたって、何回もUターン繰り返して……」

「遥香……」

 遥香が僕の事を好き?

 気付いていた気がする。でも、そんなはずが無い。ただの幼馴染だって思わないと、関係が崩れるって思って逃げてた。

 通り過ぎる人たちがにやにやしながら見ていく。けれど、恥ずかしがっている場合じゃない。


「ただの幼馴染に戻れないじゃないか……」

「いい! ……みっちゃんは私の事が嫌いなの?」

 おきまりの言葉が投げかけられる。

「そ……そんな事ある訳ないじゃないか」

「でも、好きな人がいるんでしょ! 私よりその人がいいんでしょ!」

 あれ、好きな人。あの娘の事……。

 思い出そうとした時に、遥香の顔に上書きされた。


 僕は、遥香のことが好きだった? 幼馴染としてずっと傍に居たかったのは、好きだったから、なのか。今更気付いた。


「いや……、僕……遥香が好きだったみたいだ……」

 言った瞬間だった。僕の首に遥香の腕が回され、直後に唇に柔らかいものが触れた。

「馬鹿……! もっと早く気付いてよ……」

 吐息と一緒に漏れた言葉。涙に濡れた頬を染めて。


 僕の服を思い切り濡らして。


 前へ進もうとして。

 ためらって。


 ようやく、前へ進む。今から変わる。


 好きだった娘の家に背を向けて、僕は幼馴染と、来た道を帰る。

 こんな日が来る事を待ってたのかな?

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