希望の転生先は悪役令嬢

無月兄

第1話

 私の名前はメガ美めがみ。時空の狭間にある神殿、『異世界商事』で働OL女神だ。

 その日、私が神殿へと出勤すると、同僚の女神ことメガ子めがこが、転生者候補の少年の応対をしている最中だった。


 私達女神はあらゆる世界を管理し、そこに危機が訪れた時は、それを回避するため適切な対処を行う。言ってしまえば、魔王なんかが出てきて困った事になってる世界に、転生だの転移だので勇者を送り込んで事態の解決に当たらせている。


 他にも、スライムだの村人だの自称平凡だのあらゆるものに人々を転生させていた。そうすることで、各世界間での魂の循環やらバランスやらがなんだかいい感じになって、全ての世界のバランスが保たれるのだ。

 えっ、なに言ってるか分からないって? ようは、たくさんの人を転生させた方がいいってこと。それだけ覚えていれば大丈夫。


 

 おっと。説明しているうちに、メガ子がさっきの少年を異世界に送りだしたようだ。一仕事終えた彼女は、私に気づいてこちらへ寄って来る。


「今度の転生も上手くいったみたいね」

「楽なものよ。異世界転生できるって言ったら、二つ返事でOKしてくれたわ。一昔前なら考えられないわよ」


 彼女の言う通り、少し前までこの業務は決して楽なものじゃなかった。やってきた転生者候補に「あなたは今から異世界に行くのです」なんて言っても、冗談じゃないと言ってロクに話も聞いてくれなかった。

 だけど今は違う。巷には異世界転生、あるいは転移ものの小説があふれ、それに伴い異世界に憧れる人も急増した。実はそこに至るまでには私たちの並々ならぬ努力があったのだけど、それはまた別の話しだ。


「特に男なんて、チート無双やハーレムをちらつかせたらほとんど即決でOKするんだもの。チョロいもんよね~」


 メガ子が女神らしかぬ悪そうな笑みを浮かべているけど、実際その通りだ。最初は異世界に行こうか迷っている奴らも、それらの特典があると聞くと、すぐに手のひらを返し意気揚々と旅立っていった。まったく、これだから男ってやつは。まあ、そうなるように仕向けたのは私達なんだけどね。


「そうなると、問題は女の子の方か」

「あ~、そうだね」


 話題が女の子へと移ったとたん、私たちの間に微妙な空気が流れる。

 転生させる対象は、男だけとは限らない。男女両方、同じくらいの数を異世界に送り込むのが理想だ。だけど昨今、異世界に行く人数は男性の方が圧倒的に多くなっている。男性向けラノベや漫画で、異世界物があまりに流行りすぎた結果、そこに憧れを抱くのも男の方が多くなってしまった。もちろん、女性向けレーベルの中にも異世界転移ものは数多く存在するけど、男のそれと比べると絶対数が少ないと言うのが現状だった。


「でもそれを何とかするために、今はキャンペーンをやっているんじゃない」

「ああ。女の子限定、希望の転生ポジションを言ったらできるだけそれに沿うようにしますって言うアレね」


 私達の行う転生は、基本的にはどんな種族のどんなポジションになるかはランダムだ。だからスライムになることもあれば、平凡な村人Aのポジションに転生することだって多々ある。まあ、最終的にはチートスキルやなんやらでハーレム無双になるんだけどね。


 だけど、あらかじめ何に転生したいかを聞いて、できるだけそれを叶えようと言うのが今回のキャンペーンだ。さっきも言ったように、対象者は女性限定。これなら、男性に押され気味になっている女性の転生希望者も少しは増えるのではないかと言う目論見だ。

 そんな話をしていると、早速次の転生候補者がやってきた。しかも女の子だ。


「この子は私の担当ね。それじゃ、ちょっと行ってくるわ」

「がんばってね」


 メガ子に送り出され、私はその子の元へと向かって行った。









「と言うわけで、あなたが望むのであれば異世界に転生することができます。転生しますか? と言うか、私たちの業務のためにも転生してくれた方が嬉しいです」

「うわー、思い切り本音をぶっちゃけてますね。でも、転生先を自分で選べるのはいいですね。それなら、転生してもいいかも」


 よし、いきなりの好感触。その子は少しの間、どれにしようか考えていたけどやがて大きな声で言った。


「私、悪役令嬢になりたいです!」

「あ、悪役令嬢……」


 その瞬間、私の顔が強張った。けれど、彼女はそれに気づかず話を続けた。


「はい。乙女ゲームで出てくる悪役令嬢です。なんたって、今は悪役令嬢に転生するのが流行りじゃないですか。春にはそんな設定のアニメが始まりますし、先日ファミ通文庫からも、カクヨム発の悪役令嬢転生ものが書籍化されました。わたしも、その流行の波に乗りたいんです!」


 目をキラキラさせながら言う彼女。

 そもそも悪役令嬢とは何か。簡単に説明すると乙女ゲームにおいて、何かと主人公に対して嫌がらせをしてくる、悪役タイプよのお嬢様キャラのことだ。

 そして彼女の言う通り、そんな悪役令嬢は今、ラノベの世界で大流行りとなっている。『乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました』なんて設定の話、探せばいくつあるか分からないくらいだ。


 特にファミ通文庫から発売されたカクヨム発のあれは私もファンで、連載第一話目から読んでいるよ。でもね……


「えっと、ちょっといいかな。私達の行う転生って言うのは、元々その世界にいる人や物のポジションに生まれ変わらせるの。だから例えば、スライムのいない世界にスライムとして転生させてくれって言われても、それは無理なの」


 申し訳無さそうに告げるけど、彼女はそれを聞いてもキョトンとしながら首を傾げていた。


「ああ、そうなんですか。でも、それなら悪役令嬢がいる乙女ゲームの世界に転生すればいいですよね?」


 まあ、その通りだ。それができれば何の問題もない。ただ、『悪役令嬢がいる乙女ゲームの世界』。それが実は、物凄く難しいのだ。

 なぜなら…………


「いい、よく聞いて。実際の乙女ゲームに、悪役令嬢はほとんど登場しないの」

「へっ?」


 間の抜けた声が上がり、信じられないと言った目で私を見る。だけどこれは、紛れもない真実だ。

 私が実在する乙女ゲームを十本ほどプレイしたところ、主人公をいじめる悪役タイプのお嬢様なんてどこにもいなかった。


「だって、乙女ゲームの悪役令嬢に転生したって話、たくさんあるじゃないですか!」

「ええ、そうね。だからみんな、乙女ゲームには必ずと言っていいほど悪役令嬢が登場すると誤解してる。だけど悪役令嬢が登場するのはあくまで『乙女ゲームのを題材とした話』であって、乙女ゲームそのものじゃないの。ついでに言うと、それらのほとんどが既に誰かが転生したって設定だから、あなたをそこにまわすことはできないわ」

「そ、そんな……」


 よほどショックだったのだろう。真実を告げられた彼女からは、さっきまでの楽しそうな表情は既に消え去っていた。


「他に転生先の希望があれば聞くけど、どうする?」







「また、ダメだったね」


 女の子との話を終えた私に向かって、メガ子が同情したように声をかける。結局あの子は、異世界に行くことなく元の世界にUターンしていった。


「悪役令嬢になりたいって、これでいったい何度目よ」


 実は、同じ理由でダメになった女の子の転生者候補は、これまでに何人もいたのだ。みんな揃いも揃って乙女ゲームの悪役令嬢に転生したいと言ってきて、だけど実際にはそんなものほとんどいないと告げると、失意のもと帰っていく。


「知ってる? このパターンがあまりにも多くて、他の女神達からは『悪役令嬢Uターン』なんて呼ばれているんだって」

「知ってるよ。だって私が名付け親だもん」


 つまり、それだけ今まで似たような経験をしているのだ。いい加減この展開も飽きたよ。


 いい、みんな。実際の乙女ゲームに、悪役令嬢はほとんど登場しないんだからね。世の中に悪役令嬢転生ものが溢れているからって、決して誤解しないように。


 だけど私の愚痴もむなしく、その後もこの『悪役令嬢Uターン』は後を経たないのだった。トホホ……





※この話は、決して悪役令嬢転生ものを揶揄するものではありません。

 作者である自分自身、転生者でこそありませんが、乙女ゲームもの小説にて悪役令嬢を登場させてたりします(;^_^A

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

希望の転生先は悪役令嬢 無月兄 @tukuyomimutuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ