安心な未来

アール

安心な未来

その男はギャング団のボスであった。


何百人もの部下を従え、

ありとあらゆる悪事をやった。


そのため人々からは恐れられ、警察や他のギャング団からは敵視されている。


彼は自分の将来に対して大きな不安を抱えていた。


「おれほど世間から恨みをかっているヤツは

そういないだろうな。

組織の繁栄の為なら何十人もの敵対するギャングや警察の連中を殺してきた。

いつどこからその報復の矢が

飛んでくるか分からない。

ここ数年、安心して寝られたことがない」


そんな事を呟いていると、横でそれを聞いていた部下の1人が声をかけてきた。


「それでしたらどうでしょう。

私の知り合いに凄腕の占い師が1人います。

そいつに見てもらうというのはいかがですかい?」


「おいおい、バカなことを言うな。

おれはそんな占いやらの

オカルト的なものは一切信じちゃいないんだよ」


「ですが、ボス。

そいつは本当に凄腕なんですぜ。

私も占ってもらったことがあるんですが、

ことごとくすべて的中させましたよ」


「…………。

まぁ、考えてはおこう」



その翌日、ボスは部下たちに内緒で、

その占い師のところへやってきた。


部下に対して、いかにも興味なさげな返事をしたが内心はその逆。


興味津々であった。


とあるビルの階段を何十団も上がった先にある一室の中央。


そこにその占い師はいた。


いかにも占い師という風な格好をしている年老いた老婆。


ボスは老婆に対して自分の身の上を全て話すと、

こう尋ねた。


「…………というわけで私はこれから先、大丈夫なのだろうか。

他の誰かに殺されたりはしないだろうか。

どうか、教えてくれ。金ならいくらでも払う……」


「勿論でございますよ。

お金さえ頂ければ、私に分かることは何でもお教え致しましょう。

とにかく、見てみるとしましょうかね」


そういった後、占い師は彼を詳しく観察し始める。


手相や顔、足に至るまでありとあらゆる部分をだ。


占い師いわく、人の体は未来を示す情報の宝庫なのだという。


それから占い師は、様々なそれらしいアイテムを取り出して男の未来をみたりもした。


タロットカードに水晶玉、

そして何やら神秘的な図面まで……。


そしてそれらが全て終わった後、

不安げに待っているボスにむかってこう言った。


「大丈夫ですね。

貴方はこれから先の人生、他人によって死を迎えることは絶対にありません。

断言してもいいでしょう。

良かったですね、ご安心下さい」


「……………!

そ、そうか。ありがとう。

安心したよ」


ほっと胸を撫で下ろすボス。


そんな彼に、占い師は続けてこう言った。


「しかも貴方は余生をのんびり、穏やかに過ごせるでしょう。安定した老後です」


「なんだって。

こんな仕事をしているから、安定した老後など送れないと思っていたが。

それが本当なら素晴らしいことだ……」


思わず笑みが溢れるボス。


安定の老後、という占い師の言葉から彼の頭の中で様々な未来の様子が思い描かれたようだった。


そんな彼にむかって、まだ占い師は続ける。


「しかも水晶玉から見えた光景なのですが、

貴方は近い未来に結婚するようです。

しかも相手は美人。

皮を剥いたリンゴを口に運んでもらっている

微笑ましい光景が水晶玉から見えましたよ」


それを聞いて彼は大喜び。


何度も占い師に対して礼を言った後、帰宅することにした。


まるでスキップをしているかのような、そんな軽やかな足取りで階段を下りる。


すっかりご機嫌になっていた。


祝いの酒でもあげたい気分。


そうだ、近所にあるバーにでも飲みに行こうかな。


部下たちにも奢りで連れて行ってやろう。


早くこの話を聞かせてやりたい……。


しかし、彼は無事にそこへ

辿り着くことは出来なかった。


近くで行われていた工事現場に向かって

木材を運んでいたダンプカーにはねられたのだ。


ご機嫌のあまり、

思わず周りへの注意を怠ってしまった彼。


歩道を歩いていたつもりが、気がつけばそこを

大きく飛び出していた車道のど真ん中。


はねられて血だらけになってしまった彼は、すぐに病院に搬送された。


一命はとりとめたのだが

両手両足はズタボロになり、医者からもう2度と歩けない、ましてや立ち上がることもできないだろうとの診断を受けた。


「もう動けなくなったアンタはボスじゃねぇ。

へへ、組織は俺たちが引き継ぐからな」


そう、寝たきりのボスに言いはなったかつての部下たちは彼の元から離れていった。


彼はあまりの惨めさに頭を抱えようとしたが、

その頭を抱えさせてくれる腕はもうない。


「ううう……、もう殺してくれぇ」


そう彼は潰れてガラガラとなった声でそう呟いた。


……今に、おれに家族や友人を殺された者が復讐のためにおれを殺しにきてくれないか、と彼は思う。


だが、その願いはいつまで経っても果たされる事はなかった。


むしろその者たちは彼を殺しそうと思うどころか、そのあまりにも哀れな姿を見て同情と、哀れみに満ちた目を向けるのだ。


そして揃ってこう思う。


「ヤツにとうとう天罰が下ったんだ。

悪人にはふさわしい末路だ。

我々が復讐の手を下す価値もない……」











「誰か。誰かおれを殺してくれぇ……」


今日も彼はそう病室のベッドの上で呟く。


そんな彼を、そばにいた看護師がこう言って慰めるのだ。


「そんなこと言ってはいけませんよ。

ほら、りんごが剥けました。

美味しいですよ。さぁ、口を開けて下さい……」


そう言って腕のない彼のために、看護師の女は口へりんごを運んでやるのだった。





















































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