潮時

御剣ひかる

超巨大ブーメランを食らった気分

 カノジョがまた「かわいいわがまま」を発動した。

 今日は「昨日友達とショッピングして足が痛いの。大学に送ってってくれる?」だ。


 スマホを握りながら思わずため息が漏れそうになるのをぐっと我慢する。そんなことをしようものなら「ごめんなさい。でも、でも……」と半べそになる。

 もう大学生で成人も間近なんだから子供みたいな真似はやめようよ、とやんわり言ったことがあるけど、余計にしくしくめそめそされてしまったのでそれ以降言ってない。


 カノジョと付き合い始めたのは高校に入った直後だった。

 たまたま席が近くて、授業中に彼女が落っことした消しゴムを拾ってあげたのがきっかけだった。ピンク色の丸い消しゴムを「落ちたよ」って拾って机の上に置くと、彼女はすっごい嬉しそうに笑って「ありがとう」って返してきた。


 かわいかった。すごくかわいかった。俺の好みの直球ドストレートだった。

 今、こうしてカノジョのわがままに付き合わされて気分がちょっと落ちてても、あの笑顔を思い出しただけで癒される。


 それに、カノジョといると楽しいんだよな。

 わりと趣味合うし、料理もおいしいし。俺が彼女の知らないトリビア的な話をすると目を輝かせて聞いてくれる。笑顔が素敵な子って悪い子はいないって思う。


 だから少々のことは「かわいいわがまま」って考えてきたんだけど。

 最近、軽くもやっとする。

 甘え上手なカノジョの甘えが、ちょっと重い。


 そんなことを考えながら車を走らせてカノジョのマンションに着いた。


「駐車場にいる」


 メッセージを送ると「すぐ行くね」とスタンプつきの返信がくる。


 カノジョの部屋からここまで、いつもなら三分もかからない。けれど五分経ってもやってこないからエンジン切った。そこからさらに五分ほどして彼女がマンションのエントランス方面からやってきた。

 大げさに足を引きずってるわけじゃないけどぎこちない歩き方だ。なのに靴はヒールだったりする。


「ごめんねぇ、おまたせ」


 助手席に乗り込んできた彼女が申し訳なさそうな笑顔で言う。


「いいけど。そんなに痛いならスニーカーとかにすればいいのに」

「スニーカーに合う服がなくって」


 てへぺろとやりかねない顔でカノジョは肩をちょっとすくめた。


 いらっとした。

 かわいいとか思ってる? それ。

 俺がかわいい笑顔が好きとか言ってるから、そう見せるため?


 剣呑なものが胸にわいてきたけど、そんなふうにとってしまうなんて俺疲れてるな、と愛想笑いを浮かべる口が歪んだ。


「あ、そうだ。送ってもらうお礼にこれ買ってきたんだ。ここに入れとくね」


 カノジョはダッシュボードを開けて小さ目のレジ袋を入れた。


「え? お礼?」


 送ることが決まってから買ってきたってことか?


「うん。コンビニに行って、のど飴買ってきた。あなたこの時期はのど飴よくなめてるでしょ」


 軽い花粉症だから。それはその通りなんだけど。


 コンビニって駅の方に歩いてく中間地点ぐらいにあるところだよな。

 そこまでの距離を往復するならそのまま電車に乗って大学に行けばいいのに。最寄り駅から大学まではそんな離れてないし。

 またいらっとした。

 そんな変に気を使うなら、もっといい使い方があるだろうに。


「車出すよ」


 とげとげしい心を表に出さないようにと、エンジンをかけた。




 大学までの道中は、そこそこ楽しかった。

 いらだってた心もカノジョの笑顔で癒された。

 けれどカノジョを大学の駐車場でおろした後、大きなため息が漏れた。


 すごく気を使ってたのが自分でもわかる。息苦しい。


 このままあっさり家にUターンしてしまうのもなんだか癪な気がして、駅近くのショッピングセンターに寄った。

 早めの昼ご飯はフードコートで何か食べよう。最近毎日インスタントばっかだったから少し贅沢してやれ。


 ここのフードコートは結構大きくていろんな店が入ってる。さぁどれにしようか。

 肉がっつりにするか? イタリアン系もいいな。インドカレーなんかもめったに食べないしいいかな、なんてあれこれ見てたら、後ろから声かけられた。


 小学校の頃、同じ登校班だった子だった。

 偶然、久しぶり、なんて再会に驚いて、一緒にご飯食べることになった。


 最近どうしてるなんて話をするうちに、ついついカノジョのことを愚痴ってしまった。


「前まではカノジョのわがままもかわいいっておもってたんだけど、最近重いっていうか。カノジョも少々のわがままならきいてくれるのが当たり前って思ってるんじゃないかな。そう感じちゃうとかわいさ演出も鼻につくっていうか……。どうしてこうなったんだろうなぁ」


 ほぅっと口から大きく息が漏れる間に、目の前の彼女は的確に返してきた。


「そりゃあなたがそういう子にしちゃったんだよ。わがままきくのが当たり前になってるから、言うのが当たり前になるんだよ。かわいい子が好きって言い続けてたらかわいくないといけないって思うんだよ」


 超巨大ブーメランを食らった気分だ。


「それでもお礼にって飴買ってくれるんでしょ? ほんと、かわいいじゃん。すっかり当たり前になってたらそんなこともしなくなるよ」


 ぐうの音も出ない。


「でもさ、相手のそういうところが気になりだすって、わりと潮時なんだよね」

「別れなきゃいけないってこと?」

「じゃなくて、別れるのはいいタイミングってこと」


 潮時って本来は「物事を始めたり終わらせたりするちょうどいい時」って意味らしい。不本意に終わらせるって誤用だったのか。

 彼女が言うには、ガマンして付き合うと相手にもっと悪い感情を持ってしまってかえって傷つけちゃったりするんじゃないかってことだ。


「あ、もちろん別れを超勧めちゃってるわけじゃないよ。一つの案ね。経験則から」


 幼馴染は大人びた笑みを浮かべた。

 一体どんな経験をしてきたんだ。


 ちょうど俺の近況報告と相談が終わったから、今度は彼女の話を聞くことにした。

 カノジョへの気持ちや別れるかどうかより、目の前の幼馴染のことの方が気になりだしてる。

 特に男性経験的なあれこれが。


 そんな自分を意識して、はっとした。


 ……なるほど、これが潮時か。



(了)

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