6-4. 二番煎じが通用すると思うな




 十数メートルはあった彼我の距離が一瞬でゼロになり、私とヤツの拳がぶつかり合う。衝撃で互いに弾かれて距離が生まれ、その瞬間、待機状態だった術式を展開した。

 並列演算によって術式方程式を高速で解いていく。瞬時に次々と魔法陣が空中に生まれ、あらゆる種類の術式を使徒の女めがけて放つ。

 だがそれはヤツも同じ。まるで同じ思考をしたかのように複数の術式を展開してて、放たれたそれが私の術式とぶつかり合い消えた。


(単純な術式の強さは互角か……!)


 敵がどれだけ本気で戦ってるかはそれこそ私の与り知らんところではあるが、ヤツの表情から察する限り今のが限界ということはなくて、まだまだ余裕はありそうだな。

 試しに込める魔素を増やした術式を数発放って牽制してみる。すると回避しつつ、ヤツもまたさっきより威力の増した術式で反撃してきた。

 私もその攻撃を回避し、敵の動きを観察しながら思考を巡らせる。どうせこのまま遠距離でチクチク攻撃し合ったところで決着がつかないことは簡単に想像できる。拳でヤツを貫くか、それとも大きな隙を作って強力な術式でダメージを与えるか。いずれにしても近接戦が必須か。

 覚悟を決めて、動きを横から前へ。術式の仕込み・・・をしてから再び接近を試みると、ヤツは動きを止めた。

 ヤツの頭上に大量の術式が生まれる。先程よりも輝きが増してることから、たぶん込める魔素量を格段に増やしたんだろう。それで私を迎え撃つつもりらしい。

 果たして、予想どおり次々と術式が私に向かって襲いかかってくる。避けられるものは避けて回避が難しいものは防御術式で受け流そうとしたんだが、やはり一撃一撃が重い。魔素を予め結構注ぎ込んでたおかげで防御術式を貫かれるなんてことはなかったが、次々とぶつかってくるその衝撃に弾き飛ばされそうになる。


「ふんっ!」


 それでも踏ん張って弾幕を強引に押し通れば、ヤツのスカシ面が大きくなってくる。そこで一気に距離を詰めてその顔面目掛けて拳を振り抜く。けれども、私の拳が顔面に届いた途端にその姿が霧散して消えた。

 幻影術式。その言葉が頭を過ぎった瞬間、背後に使徒の女の気配を感じた。

 振り向く。横へと流れる視界の隅で、こちらへ伸びてくるヤツの腕が目に入った。策にハマった私を強かに打ちのめす、そんな未来が見えているのか女の口が愉快げに歪んでいた。

 だが――甘いな。


「なっ……!?」


 ヤツの腕が届くよりも早く、私の背後に展開していた術式が女の腹を貫いた。

 それは接近する前に、後ろに向けていつでも射出できるようスタンバイ状態にしてたものだ。見つからないよう服の内側に展開していたせいで自分の背中も傷を負ったが……まあそのくらい必要経費だ。


「二番煎じが私に通用すると思うな」


 前の使徒の時もそれで痛い目を見たからな。どうせ私に幻影術式を見破るなんて芸当はできんし、ならば事前に対処を仕込んでおくのは当然だろう。

 腹を貫かれても動けるタフネスぶりには呆れるばかりだが、まるきり意味がないわけじゃない。

 女がよろめいたその隙に距離をゼロに。苦し紛れに女が拳を振るってくるがそれをかがんで避けると、私は心臓めがけて腕を突き出した。

 指先が肉を切り裂き骨を砕いて心臓にかかった。よく知った弾力のある筋肉の感触が伝わってきてそれをつかもうとする。だが、不意に指先からその感触が消えた。


「ちっ……!」


 掴み取られる直前、あろうことか女は自分で自分の胸元を斬り裂きやがった。術式で浅く切れ目を入れて体をひねり、それによって私の腕は外側へと逸れて心臓を掴むこと無く背中へと貫いていくだけに終わった。

 普通の人間ならこれでも死ぬレベルなんだが、当然使徒の女が普通であるはずがない。口から血を垂らしながらニィと笑いかけて、私の腹に手を当てた。


「ぐぅあぁぁぁっ……!」


 ヤツの術式が私の体を貫いていく。頭の中が真っ白になるような痛みが襲いかかってきて、情けなくもうめき声が漏れてしまった。

 それでもなんとか腕を引き抜き、ヤツの横っ面を殴りつける。反動で私たちに距離が生まれ、その間に立て直そうとするが、着地した瞬間に霞んだ視界にまばゆい光があふれた。

 とっさに防御術式を展開するが、練れてもいないそんなもので防げるはずもない。威力こそ減じたものの強かにヤツの術式に打ち据えられて大きく弾き飛ばされた。

 受け身も取ることができず肩から落下して、背中や頭を衝撃が盛大に駆け抜けていく。体が弾む度に血が撒き散らされていくのがぐるぐる回る視界でも見えた。遅れて全身に痛みが走り、けれどもなんとか踏ん張って体勢を立て直す。

 何度受けても慣れない激痛に、涙目を擦って敵をにらむ。幸いにして敵もダメージは軽くないようで、私と同じく血まみれの体を押さえて立ち止まったままだった。


「アーシェさん、大丈夫ですかっ!?」


 離れたところからニーナが叫んでくるが、心配は要らない。少々土手っ腹に穴が空いたくらいだ。死にはしない。死ぬほど痛いが。

 口に溜まった大量の血を吐き出して立ち上がる頃には、腹の傷はほぼ塞がっていた。内側で多少の痛みはあるが、気にするほどじゃない。けれどそれは敵もまた同じで、ダラダラと胸から垂れ流していた血は完全に止まってるし、こちらにゆっくり近づいてくる足取りにもダメージの色は見られない。


「主たちが気にしてるからどれほどのものかと思ってたけど、やるじゃん。さすが私の先代を倒しただけのことはあるってか?」

「ずいぶんと余裕ぶった言い草だが、そういう貴様はお人形の先輩から得た知識を真似るだけの脳足らずみたいだな。以前に喰ってやったヤツの方がよっぽど強かった」

「腹に穴開けたちびっこのくせにそんだけ減らず口叩けるんだから、たいしたもんだよな」


 やかましい。ちびっこは余計だ。

 戦闘能力はそう大きく変わってはないみたいだが、無口だった前の使徒に比べて口の悪さだけはパワーアップしてるらしい。アイツらはなんだ、神のくせに人の神経逆撫でしなきゃ気が済まんのか? だとしたら器の小さい奴らだ。まあ、人を勝手に殺して家族を奪っといて、恨まれたら逆上してとんでもない人生になるよう運命いじって放り出すような連中だ。ケツの穴にも入らんくらいの器しかないのは分かってたことか。

 連中の器の小ささはともかくとして、状況はあまり好ましくはないな。前の使徒の時もそうだったが、私も敵も生半可なダメージじゃ再生してしまう身だ。敵は大元の肉体が人間だろうから心臓や頭を吹き飛ばすかくらいすれば倒せるだろうが、そう簡単にはいくまい。

 近づいてくる使徒を観察しながらも、ちらりと横目でアレクセイたちの様子を見れば――


「っ……年月を経ても強さは変わらずか……!」

「ちょっ!? なんすか、この人の強さ!? 三人がかりですよっ!?」

「喋ってる暇がありゃ倒すための策でも考えてろよっ!」


 残念ながら結構な押され具合である。アレクセイたちも別に弱いわけじゃないどころか、相当に強者のはずなんだが……やはりヴィクトリアが相手だと分が悪いか。

 おそらくは三人も長くは保ちまい。ならさっさと使徒を倒してしまって援護に入らなきゃならんのだが――


「どうしたもんか……」


 使徒相手には負ける気はないが、いわば千日手みたいな状態になりかねん。短時間で倒せるほどの実力差はないし、時間を掛けてアレクセイたちがやられればこちらの負けだ。

 考えろ、考えろ。敵を短時間で倒すための手段を。いっそ一瞬だけアレクセイたちの戦いに介入して先にヴィクトリアを倒してしまうか? いや、使徒相手ならその一瞬でニーナを奪われてしまいかねんし、神がヴィクトリアとの約束を律儀に守るとも限らん。あっさりニーナを殺してクロノスと魂を分離してしまうなんてこともあり得る。

 ジリジリと使徒と距離を保ちながら動いていく。と、いつの間にかニーナがすぐ後ろにいた。


「……アーシェさん」

「なんだ? 用件は手短に頼む。悪いがよそ見しながらお前を守れるほど余裕はない――」


 呼びかけに、振り返らず返事をする。するとニーナは少しの間押し黙っていたが、やがて妙に意を決したような声色で「失礼します」と言うと、何を思ったのか私の前に立ちふさがって。


「……!?」


 そしてその柔らかい唇を、私の唇へと強く押し付けてきたのだった。







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