5-6. 待たせたな




 時は少しさかのぼって。




「うおおおおおおっっっっっ!!」

「無茶だ、隊長っ!」


 カミルの「こいつ、馬鹿じゃねぇの!?」という意味合いを盛大に含んでいるであろう叫び声を背中で受け止めつつ、私はロボットもろとも地面を蹴った。

 わずかコンマ数秒だけ世界が静止する。体は宙に浮いたまま重力を無視し、カミルのみならずアレクセイのわずかに目を見開いた顔、それとアレッサンドロの外れそうなくらい顎が下がった、まさに「驚愕」という表現が適切な表情が一瞬目に入ったので、心配するなアピールの意味で笑ってサムズアップしてやろうと思った。

 が、物理法則はいつだって無情である。突如として自分の仕事を思い出したらしくて、たかが一瞬で終わる別れの挨拶さえ許してくれず私とロボットは唐突に落下を始めた。

 加速する肉体。ゴンドラの脇を一瞬で通過し、竪穴の壁に設置された照明が次々と赤白い線となって頭上へと消えていく。その光景に一瞬走馬灯なんてワードを思い出したが、縁起でもない。ここで死ぬわけにはいかんし、そもそも死ねるなんて思ってもいない。自爆にふっ飛ばされるにしろ落下の衝撃でミンチになるにしろ、その程度で死ねるならとっくの昔に私は死んでいる。


(爆発までの猶予は知らんが……)


 ロボットも一丁前に焦っているのか、割れたレンズの奥がとんでもない頻度でチカチカとしていて、落下を始める前よりもカウントダウンのペースが早くなっているような気がする。

 さっさとふっ飛ばしてしまいたいのだろうが、ともかくは一安心。カミルたちがいるところごと地盤崩落なんて可能性がないわけでもないが、ここで爆発したところでおそらくは犠牲者ゼロ。素晴らしい戦果である。

 しかしだ。私だって痛いのは嫌である。なんとか拘束から脱しようともがいてみるも、なかなか自由にならない。それでも無理矢理に絡みついたワイヤーから左腕を引っこ抜きはしたが、ロボットの方もまた一層力を込めて私に熱い抱擁をかましてくる。そしていよいよ「ピーッ!」と爆発の合図と思しき耳障りな音が響いた。


「いい加減にっ……寝てろっ!!」


 ロボットの往生際の悪さに怒りを覚え、目一杯強化した左腕をロボットの首元に叩きつける。すると内側からあふれかえり始めてた光が徐々に収まっていった。これで一安心、と胸をなでおろして――直後に墜落した。


「う……お……」


 あまりの衝撃にうめき声がつい漏れた。

 最後の一撃が偶然にもいいところに入ってくれたおかげで爆死は避けられたようだし、ついでにロボットを下敷きにして墜落したことで多少なりとも落下の衝撃が分散したのか、地面と強制キスのちミンチなんてことにもならなかった。が、むしろいっぺん死んだ方がマシなくらい痛い。

 ロボットの中にまで私の体がめり込み、体を起こせば大量の金属片がぶっ刺さってて全身血みどろである。肉体の再生に合わせて抜け落ちた破片が血と一緒にぼたぼたと落ちていくというスプラッタな光景は我が身ながら直視したくない。

 頑丈なこの体に感謝すべきか否か。迷いつつ頭上を見上げるとカミルたちがいる場所ははるか彼方で、まったく見えなかった。

 いったい何メートル落下したんだか。まあ、いい。とりあえず最深部までたどり着けたんだからすべて問題なしだ。あとはアレクセイたちが降りてくるのを待って中に踏み込めば――


「……ちぃっ!」


 ――と思ったんだが、そうはうまくいかないらしい。

 目の前にあった扉が急に真っ赤に染まった。それを見てすぐに横っ飛びで回避を試みる。直後に上層でロボットがぶっ放してきたのに似た白い閃光が私のいた場所を薙ぎ払った。

 術式の閃光が、私が下敷きにして動かなくなったロボットにも命中してあっという間に両断され、凄まじい爆発が起こる。その爆風にふっ飛ばされて転がりながらもすぐに体勢を立て直すと、現れるだろう敵に向かって身構えた。


「……来ない?」


 だが、しばらくしてもロボットどころか帝国兵さえやってくる様子はなかった。

 かろうじて残った扉の残骸から奥を覗いてみる。するとそこは……何というか、とんでもない有様だった。

 私たちに襲いかかってきたのと同じロボットが何体も大暴れし、あちこちで爆発が起きて帝国兵らしき連中がふっ飛ばされている。辺りは火だるま状態だし、なるほど、いつまで経っても奴らが私たちの方へとやって来なかったのはこのせいか。これじゃ確かに私たちに構ってる余裕なんてないわな。なら、さっきの一撃は単なる流れ弾か。


(それはそれとして……)


 最深部で繰り広げられている惨状に目をつぶって、一際存在感を示す巨大な物体に視線を向ける。シルエットこそ多少異なっているが、その姿はDXMデウス・エクス・マキナにしか見えない。


(マティアスの報告にそれらしい話はあったが――)


 それが事実だったということか。DXMである可能性は高くないとは思ってたんだがな。

 当たってほしくない予想が的中し頭をガシガシと掻きむしる。見たところすでに発掘作業は終わっているみたいだし、だとしたらもう一刻の猶予もないか。さっさとニーナを見つけて戻らないと手遅れになる。ここに来て計画失敗など、到底御免こうむる話だ。


(肝心のニーナはどこだ、どこにいる……!?)


 事前情報が正しければここのどこかにいるはずで、しかし中は大戦時の最前線も真っ青な大激戦の真っ最中である。前線で活躍するような兵士でさえ蹴散らされているこの現状、戦う人間じゃあないアイツが果たして無事なのか。

 いや、無事だ。無事に決まっている。アイツは悪運が強いし、それに……私の想像どおりならアイツの中にいる存在がそう簡単に死を許容するはずがない。

 自分にそう言い聞かせてみるも、だからといって私の中に巣食う不安がそう容易く拭い去れるはずもない。バーナードの事件の時の死んだニーナの姿が頭の中で繰り返し過って、その度に胸の奥が強く締め付けられて叫びだしたくなる。悔しいが、もうそれだけアイツの存在が私の中で大きくなっているのは否めなかった。

 だから――こちらへ向かってくるニーナの姿を認めた時は心の底から歓喜に震えた。


「ニーナ……!」


 爆発に吹き飛ばされながらも立ち上がり懸命に走っている。何度転んでも諦めず立ち上がろうとしている。私には気づいていないようで、なので迎えに行くために私は扉の影から飛び出した。

 その直後、激しい揺れが襲った。

 どうやらまたロボットが放った流れ弾がこちら側へ飛んできたらしい。そいつは完全に明後日の方向に飛んではるか天井へと当たったみたいなんだが、どんな不運なのか、爆発してえぐり取られた巨大な岩の落下コースはニーナの真上だった。


「ニーナぁっ!」


 ニーナもそれに気づいたようだったが、あろうことかあのバカ、逃げられないと思ったのかここに来て立ち上がるのを止めやがった。

 ああ、クソ。お前は本当にバカ野郎だよ。ここまで頑張ったんだろ? なんで諦めるんだよ。そんな涙を流すくらいなら、もうちょっとくらいあがいてみせろ。

 でも、でも、今だけは許してやる。なぜなら――お前のそばには私がいるんだからな。


「誰が諦めて良いと言った?」


 一瞬で魂にアクセスし、私の体が再度青白く輝き出す。細かいことは何一つ考えず、ただただ術式にありったけの魔素をぶち込む。かざした腕の前でどす黒い魔法陣が構築されていって、その中心に岩石の姿を捉えると術式を解放した。

 白い柱がニーナの頭上を貫いていく。アイツを押し潰すはずだった未来ごと木っ端微塵に吹き飛ばしてやって、多少小さな礫が残ったがまあそれはご愛嬌と言うやつだ。

 粉微塵になった岩石がベールになって、シルエットでしかあの阿呆の姿を確認できなくなるが、相変わらず間抜け面晒してへたり込んでいるのはわかる。そして、無事であることも。情けない姿だが、そんなニーナでも目にしただけでひどく安心したのも確かだ。


「まったく……お前は本当に手を焼かせてくれる奴だな」


 近づきながらついぼやいてしまう。未遂を含めればさらわれるのは二回目だし、普段でも整備室にこもりっきりで私物化するし、銃の扱いは下手だし、一緒のベッドで寝ればいつのまにか身ぐるみ剥がされてるし、私が拒絶したってお前はお構いなしに無理矢理にでも押し開けて私の内へ入ってくるし。実に、実に手のかかる部下だ。

 けれど。

 ああ、まったく。認めるのは恥ずかしいけれども、ここまで手が掛かっても毎度助けてやりたいと思ってしまうくらいには、私はお前のことを大切に思えているらしい。ま、私自身もニーナに助けてもらったんだから、まあなんだ、おあいこみたいなもんだ。


「待たせたな、ニーナ。迎えに来たぞ」

「……遅いですよ、アーシェさん」


 ニーナが強がりを吐きながらも涙を拭った。せっかく迎えに来たってのになんて言い草だよ。まあ、しかたない。全身あちこち傷だらけだし、まして救出まで時間が掛かってしまったしな。それくらいのあまのじゃく苦情は喜んで受け入れてやろうじゃないか。





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