6-1. 泣くな、バカ
「アーシェさぁんっ!」
立ち上がったニーナが私の方へと駆け出してくる。満面の笑みで両手を広げもはや私しか見えていないに違いない。歓喜を全身でこのうえなく表現してくれるのはいいんだが、ここはまだ戦場である。
なもんで――すぐ後ろに術式が着弾した。
「ふげぇっ!?」
フラフラでやせ細った体である。爆風に吹き飛ばされてゴロゴロ転がりながら私の横を通過し、背後でケツ向けてニーナは停止した。一応私も腕を広げて抱きとめる準備はしていたんだが、なんかもう色々と台無しである。
だがまあ、このくらいの方が私たちらしくて良い。
「しかしそうは言っても――落ち着かんなっ!!」
転がったニーナには目もくれずに術式が飛んできた方を見れば、私に気づいたロボットの一体が襲いかかってきていた。金属の豪腕を振り下ろして私をぺちゃんこにしたいらしいが、その攻撃をステップして避ける。そしてお返しに私からも熱い気持ちを拳に乗せてプレゼントしてやった。
するとベコン、となかなかに良い音がしてロボットは転がっていったが、一発じゃさすがに不十分だったようで、ギギギと音を立てながら起き上がって目のレンズが私を再度捉えた。どうやらやる気はまだ十分のようである。
「ニーナ、貴様は入り口の奥まで下がってろ」
「アーシェさん!?」
「なぁに、すぐに片付けて戻ってくる」
ここに来てニーナを放っておくのも心苦しいが、殿の安全は確保しとかなければな。
術式を展開し、ロボットとの戦闘を開始する。金属の重量を利用した威力ある打撃に加えて術式兵器と実弾兵器を併用した攻撃は、初見の時は厄介極まりなかった。が、すでに敵の手の内は知っているし行動パターンもだいたいは読めた。あとは少しずつ敵の装甲を削っていけばいい。
「動くなっ、トリベール!」
私が戦っている最中でそんな声が届いた。ロボットの攻撃をかわしながらそちらを見れば、こんな状況にもかかわらずニーナを探していたのだろう。帝国の兵士が一人、術式銃をアイツに向けて叫んでいた。
ニーナは青ざめているようだが、なぁに、心配は要らない。
「きゃっ!?」
ニーナが悲鳴を上げながら、突如横方向へとさらわれていく。帝国兵が反射的に術式銃を発砲するが、それも防御術式に阻まれてニーナには届かないし、その帝国兵はといえば離れたところから飛んできた貫通術式に貫かれてその場に倒れた。それを為したのが誰か。逐次目で追わずともわかる。
「よっす、ニーナちゃん。迎えに来たッスよ」
「アレッサンドロさんっ!?」
「ったく、若ぇのに波乱万丈な人生送ってんなぁ、おい」
「だが無事で良かった」
「カミルさんっ、アレクセイさんもっ!? どうして……?」
「そりゃあニーナ、お前を助けるって隊長が決めたからに決まってんだろ?」
ようやくここまで降りてきたアレクセイたちがニーナを確保したのを認めると、私はロボットとの戦闘に意識を集中させる。
敵の腕をへし折り、ランプが明滅する顔面に術式を叩き込んで破壊する。頭を無くして首から煙を上げてながら仰向けに倒れていくその姿を見届け、私もニーナたちと合流した。
「全員問題ないな?」
「ああ、大丈夫だ。一番ボロボロのニーナでさえ、隊長より百倍マシだ」
それなら十分だ。私以外の人間がこれ以上傷つくのはゴメンだからな。
墜落時に汚れた血を今更拭いながら顔を上げる。と、ニーナの顔が涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。
「アー、シェさぁん……」
ニーナは何度も目を擦って、けれどもその目からは涙が止まらなくて。終いには頭一つは小さい私の肩に顔を押し付けて嗚咽を漏らし始めた。
「泣くな、バカ」
「だって……しかたないじゃないですかぁ」
「……そうだな」
芯は通っているがニーナは戦う力があるわけじゃないし、特別強い人間ってわけでもない。言ってみれば普通の女性だ。魔装具に関しては特別な才能があると思うが、それだってきっと、昔に戦禍に巻き込まれなければ芽が出ることはなかったに違いない。
耳元に届くかすかな泣き声。それを聞きながら軽くニーナの背を叩いてやる。それくらいしか今も昔も慰め方を知らない。それが少しだけ、歯がゆい。
「……落ち着いたか?」
「……はい」
肩から離れたニーナの目元は真っ赤になってた。このまま気が済むまで泣かせてやりたいのは山々なんだがここは敵のど真ん中で、しかも周囲じゃまだどんぱちの真っ最中である。感動の再会もそこそこにして、まずは脱出せねばな。
最後に一度ニーナの頭を撫でてやると、ニーナの頬に血の色が戻ってきた。若干赤すぎる気がするがまあそれは置いといて。
出入り口の方へと全員を促し、あとは脱出するだけ。そう思ったが、走り出そうとした直後に背後から何かが近づいてくるのを感じた。
「全員伏せろっ!」
叫ぶと同時に振り返れば、巨大なシルエットが目の前に迫ってきていた。
とっさに強化した拳でそいつを殴りつける。あまりの重量と衝撃で多少後ろに吹き飛ばされはしたが、その巨大シルエットの方角を逸らすことには成功した。
けたたましい音を立てて地面に転がったそいつを見遣れば、それはさっきまで私も相手していたロボットの一体だった。
辺りを見れば、さっきまでの激戦は終結していつのまにか静かになってた。ロボットたちはみんな倒されたようで、いろんなところで転がって煙を吐き出している。
戦いが終わったのは別に構わんが、さすがに帝国側も被害はでかそうである。立っている数より倒れて動かなくなった兵士の方が圧倒的に多いしな。
「あー、悪いな。ちょぉっと手が滑っちまったみたいだわ」
そしてそんな中だと立っているヤツの存在は結構目立つ。
わざとらしい言い訳が聞こえてきてその方向をにらんでやると、ずいぶんと容姿の整った女がヘラヘラと癪に障る笑みを浮かべていた。
白い絵の具で塗りつぶしたみたいな肌の色に、「遊び」も何もあったもんじゃない、パーツを完璧に配置した顔。全身に白い衣装をまとっているが、それがなくったってそいつが何者かは私にとっては一目瞭然だ。
「また『使徒』か……」
前に私が喰ったやつは無表情でなんとも作り物じみていたが、こっちはこっちで別ベクトルで作り物っぽさが抜けないな。おまけにこいつの方が下手に感情表現があるせいで余計に癪に障る。まったく、連中は本当に人の神経を逆なでするのがうまいもんだ。感心するよ。
そして、見ているだけでぶん殴りたくなるヤツがもう一人。
「ヴィクトリア・ロイエンタール……」
「その姿……シェヴェロウスキーか。こんな場所で再会するとは奇遇も奇遇だな」
「そうだな。私は二度と貴様の顔なんて見たくなかったが、ぶちのめせるチャンスだと考えれば悪くないと思えるから不思議だ」
「ずいぶんと嫌われたものだな。貴様の活躍は帝国にも届いているぞ? 戦う術もろくに知らなかったあのひよっこが立派に成長してくれて……どうやら人殺しにも慣れたらしいな。喜ばしい話だ」
「ああ、貴様もずいぶんと出世したみたいだな。相変わらず味方の損害を気にしない戦い方しか知らないみたいで反吐が出るよ」
互いに視線を固定したまま皮肉と悪態という、会話のキャッチボールどころか頭目掛けた全力ビーンボールの応酬を私とヴィクトリアで交わす。
で、後ろからは。
「……なんかアーシェさんが二人いるみたいですね」
「しかたねぇよ。隊長や俺らが新兵の時の小隊長だったからな、あのクソアマは。嫌でも影響くらいは受けてるさ」
なんて会話も聞こえてきた。そうだな。悔しいというかなんというか、あの頃は生き残った連中をまとめるのに必死だったし、隊長らしく振る舞うにしても眼の前にいる、神に次いで二番目にぶちのめしてやりたいこの女しかお手本がなかったからな。業腹だが似てしまうのも当然といえば当然だ。
罵り合いながらヴィクトリアの一挙手一投足を警戒する。このクソは戦争のために生まれてきたんじゃないかという人間だからな。指揮だけじゃなくて個人の戦闘能力に関しても一級品どころか特級品だ。たかが人間と侮れば痛い目に遭うのは目に見えてる。
向こうも思いは似たようなものらしくて、二人でじっとにらみ合う。だがそれも使徒の女がしゃしゃり出てきたことで一度霧散した。
「感動の再会を喜ぶのは構わないけどさ、こっちの用件を済まさせてもらうぜ?」
使徒の女はヴィクトリアの肩に手をかけると前に進み出て私、そして後ろのニーナへと視線を巡らせた。
ニヤリと笑ってから女は一度目を閉じる。すると、まとう雰囲気が一変した。
ゆっくりと宝石みたいな瞳が露わになっていく。口元は気難しそうにまっすぐ横に結ばれて、以前の使徒みたいに感情というものが表情からは窺えない。
その姿に何故だか嫌悪感を覚えながらも、女が口を開くのを待つ。
そして――
「アーシェ・シェヴェロウスキー……こうやって言葉を交わすのは久しぶりだな」
女の喉から発せられたのは――数十年ぶりに聞く低い男の声だった。
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