5-3. 一足先に行ってくる
「こいつぁ……?」
カミルからも困惑の声が上がる。
私たちの目の前に降り立った、地底から這い上がってきた何か。そいつの全身は、見た感じ金属でできているらしかった。
形としては頭があって手足があってと人間に近い形をしてはいるが、人間と同じカテゴリに属させるのは到底ムリがある。頭はちっさくて平べったく、目なのかなんなのか分からんが、ライトのようなものが二、三個固まって配置されてて鼻や口に該当するものはどこにもない。
シルエットは全体として丸っこいが、手足は付け根から先端に向かって細くというか鋭くなってて、胴体と手足が明確に区別はつかない。胴体に手足がくっついているというよりも、胴体の一部が変形して手足になっているような形といえば伝わるだろうか。
そんな形はともかくとして、こういった金属的な質感のものが何と呼ばれるか、私は知っている。
端的に言えば――ロボットに他ならない。
どうやら最下層からその鋭利な手足を上手いこと使って登ってきたようだが……いったい何故こんなものがここに存在している?
「敵、と考えてよろしいんでしょうか……?」
術式銃を構えながらアレクセイが目で私に判断を仰いでくる。
倒すべき敵なのか。あるいは味方……なんてことはないだろうが、我々など眼中になくどっかに行ってくれればそれはそれで構わない。
とか思っていたらロボットの内部で「キュィーン……」という、何かが回転する甲高い音が鳴り始めた。そして目と思しき部分にあるライトが緑だったり黄色だったりといろんな色に点滅し始め、程なくピーという音とともにそれが終了して。
で、最終的に灯った色は――
「赤……?」
「ってことはッスよ……」
「ああ、アレッサンドロ。お前が考えてるとおりだと思う」
「それってぇのは、つまり――」
そしてロボットはその腕を大きく掲げて。
「敵だっ!!」
私たち目掛けて思い切り振り下ろした。
轟音が鳴り響く。ロボットの腕が私たちがいた場所をいとも簡単にえぐり取って、弾き出された礫がそこら中に巻き散らかされる。そんな礫の弾丸を各々が回避。一度距離を取ると、アレクセイとカミルの二人が術式銃を連射した。
全高は二メートルを遥かに超える。二人の腕は確かだし、これだけの巨体を相手に数メートルしか離れていない至近距離なので当然ながら放った術式は全弾命中した。
「……ダメだっ、効いちゃいねぇっ!」
だがロボットの表面にすり傷程度はできるものの、まったくダメージを受けた様子はない。防御術式だとかそういったのも展開した様子もないし、二人が銃を撃てば鉄板でも変形したりするくらいの威力にはなるはずなんだが……どうやら素の防御力からして相当に高いらしい。
今の攻撃が気に触ったのかは分からんが、体格の割に可愛らしいサイズの顔をこちらに向けてきた。続いて敵の正面に妙な模様が浮かび上がってきて、やがておぼろげだったそいつはすぐにはっきりとした線と微細な文字になった。
「魔法陣っ!?」
「伏せろっ!」
全員が転がるようにして回避すると、そのすぐ頭上を白い熱線が通過していった。地面に転がったまま顔を上げると、熱線がぶつかった壁が一瞬で溶岩みたいに真っ赤に変色していた。
直後に激しく爆発。熱風が私たちを焦がさんばかりに押し寄せてきた。
「すさまじい威力ですな……!」
普段は冷静沈着なアレクセイからも感嘆にも似た声が漏れてくる。壁は見るも無残に破壊されてて、あんなもの食らったら人間なぞ一発で木っ端微塵で見たくもない大惨状間違いなしである。
「私が行く! 援護しろっ!」
しかしながら行く手を阻まれている以上戦わなければならん。ため息を一つ吐き出して、私はロボットに向け走り出した。
近づく私に気づいたか、顔がこちらに向けられて再び魔法陣が浮かび上がってくるのが見えた。そして先ほどの熱線が放たれ、私も防御術式を展開して対抗する。
「いっ……!」
威力こそかなり削れたが、やはり相当な火力のようで私の術式をも貫通してきた。わずかに頬をかすめてジュッと皮膚が焼ける音が耳に届き、痛みについ声も上げてしまった。が、これくらいなら痛いだけで死に至るようなダメージにはならん。
「お返しをくれてやるっ!」
受け取れ、とばかりに私からも爆裂術式をプレゼントしてやる。顔や胴体など数カ所で術式が炸裂し、ロボットの巨体が大きくよろめいた。だが煙が晴れると、やはりその表面こそ削れているものの動きを止めるほどのダメージには至ってなくてまだピンピンしてやがった。
となると、それなりの術式を構築してやる必要があるな。
「■■■――……!」
金属が擦れてるのか、はたまたロボットにもかかわらず「咆哮」を上げてるのか。ロボットは甲高い音を響かせてその腕をまた振り上げた。
空気を押し潰しながら私をミンチにしようとその豪腕を振り回し、それをステップしてかわす。だが、避けた先にはもう一方の長い腕が待ち受けていた。
魔法陣が目の前で輝き、先程と同じような熱線が繰り出される。とっさに半身になって避けたが、放たれた術式の奥から鋭く尖ったロボットの指が迫ってきていた。
避けきれず突き出された腕が私の脇腹をえぐっていく。防御術式と体をひねることで多少は受け流したが、指の一本が突き刺さるとその質量によって私の体が大きく跳ね飛ばされていった。
「アーシェさんっ!」
「うろたえるな」
アレクセイとカミルを見てみろ、アレッサンドロ。私が血を流しても顔色一つ変えてないんだぞ。とはいえ、深い信頼の証なんだろうが少しくらいは心配する素振りも見せてほしいものではある。
痛みのせいでボヤキばかりが思い浮かぶがすぐに体勢を立て直し、壁を蹴って再びロボットへと接近していく。飛行術式を重ねがけして一気に加速し、敵の懐へ飛び込む。そしてその土手っ腹に一発食らわせてやろうと自分の拳に術式をまとわせた。
しかし奴の胸元が突如開くと銃身が顕わになって、今度は実弾の嵐が飛んでくる。防御術式を貫通こそしなかったが、その衝撃で体勢が崩れてしまった。それでも術式で強引に姿勢を立て直し、振り下ろされてきた敵の腕を地面ギリギリを這うようにしてかいくぐると、地面を蹴って私は拳を突き上げた。
だが腕をくぐったその奥。敵の肘から現れた別の腕が私を待ち受けていた。
先端で魔法陣が輝き、超至近距離から私の顔面へ術式が放たれようとする。
けれど。
「■■――……?」
カィンと音が響いたかと思うと、その腕の向きが変わって術式が私の頭上を通り過ぎていった。何が起きたか、見ずともわかる。
「感謝する、曹長!」
アレクセイの狙撃でできた隙を利用して再度懐へと潜り込む。人間であれば肝臓にあたる場所を目掛けて強化した拳を叩きつけてやると、相当に鈍い音がした。
「かったいなぁっ!!」
拳の方が砕けたかと思ったわ。やはり生半可な素材じゃないな。おまけにこの感触、術式的なコーティングも施されてるに違いない。
だがそれでも衝撃くらいは伝わったらしい。僅かだがロボットの体が浮き上がり、たたらを踏んで後退した。
この隙を逃すわけにはいかない。鋭く一歩を踏み出す。跳躍して奴の顔を殴りつけると、ベコンと音がして金属が大きくへこんだ。
「おおおぉぉぉぉっっっ!!」
痛みを雄叫びでごまかしながら連続して拳を叩き込む。奴もダメージはあるが私の拳もハッキリ言って痛い。が、半端に力を抜いたところで効果はないことも分かってるので、歯を食いしばって骨が再生しては砕けるという苦行に耐えて殴り続けた。
「これでぇっっっ!!」
そうして最後にひときわ力と魔素を込めて全力で殴りつければ、ロボットの体が後ろに大きく傾いだ。
できた大きな隙。それを認めた瞬間に私は魂の奥深くまでアクセスを開始した。
並列して演算し、コンマ秒にも満たない時間で術式方程式を解く。同時に込められるだけの魔素をぶち込んで魔法陣を展開する。
浮かび上がった魔法陣が瞬く間に変色していく。白から赤へ、赤から真紅へ。血で描かれたように禍々しく染まった魔法陣のその中心に、敵ロボットの姿を合わせた。
ロボットの腕が伸びてくる。するどい爪が私の喉を切り裂かんとして、けれども術が完成する方が早かった。
「■■っ――……」
私の放った赤白い光の奔流にロボットが飲み込まれていく。真っ白にその姿が塗り潰されて、やがて凄まじい爆発と轟音が私たちに襲いかかってきた。
「のわあああああぁぁぁっ!?」
狭い坑内を爆風が荒れ狂っていき、それに煽られたアレッサンドロが転がっていくのが見えた。すまん、ここが地下だってことを忘れてた。けど手加減が通じるような相手じゃなさそうだったんでな。許せ。
それよりもロボットである。立ち込めた煙のベールをジッと注視する。結構な威力にしたつもりだったんだが、はてさて、どうなったか。
ズタボロになった拳を擦りながら煙が晴れるのを待つ。すると、段々とシルエットが浮かび上がってきた。
「……マジかよ」
「いったい何でできてるんスか、コイツは?」
完全に破壊するつもりでぶっ放したんだが、ロボットは健在だった。四肢も残っていれば顔も一応はある。それでもダメージは甚大なようで、チカチカ光っていた目のライトは砕け、あちこちの表面が剥がれて内部の構造がむき出しになっていた。
動く度に金属がきしみ、最後のあがきなのか、乱雑に術式を連発してくる。しかしながら最初の一撃みたいな派手な威力は見る影もなくなってて、そこらの兵士が使う術式でも十分防げるレベルにまで成り下がっていた。
だがそれでも敵ロボットは動きを止めようとはしない。
「ちっ!」
ボロボロの銃身から実弾を発射し、私が避けるのに合わせて体を左右に動かすと金属部品がカラカラとこぼれ落ちていく。動きはガラクタ人形のようにガクガクとしたものになって、見るも無惨な状態である。
もう楽にしてやろう。鈍重に成り下がった腕の振りを容易くかわし、一番強固な装甲に覆われている胸元に向かって腕を突き出した。
「■、■■■……」
人間の肉を裂いていくように、金属部品を破壊しながら腕がめり込んでいく。突き出た銃身の下から奥へ突き刺さり、ロボットの腕が一度跳ね上がったかと思うとダラリと下がった。
このまま内部から破壊してやる。めり込ませた腕を中心として術式を構成し、魔素を注ぎこもうとした。
その時だ。
「なっ……!?」
「隊長っ!?」
ロボットの胴体から突然何本ものワイヤーが飛び出して私の腕に絡みついていった。慌てて引き剥がそうとするが、何重にも巻き付いたそいつは簡単には解けない。
ならば術式で引き裂くまで。そう考えて新たな術式を発動を試みる。
だが発動しない。なぜ、と術式に意識を向けると魔素がワイヤーを通じてそちらに流れ抜けていくような感覚があった。
「しくじったっ……!」
まさかこんな隠し玉を持っていたとはな。しかし私を捕まえたところで、もはやどうこうできる力は残ってないはずだ。せいぜいボロボロの腕で殴りつけてくるだけだろうが、それなら対処も難しくはない。
そう思っていたんだが、ロボットは殴りつけてくるどころか四肢までも私に絡みつかせてきた。困惑する私を他所に耳元で電子音が響き始める。ピッピッピ、と一定のリズムを刻んで、見上げれば砕けたロボットの目の奥が私をあざ笑うように赤く点滅していた。
「まさかっ……!」
自爆する気か。そのつぶやきが認識されたのかは分からんが、私を拘束するロボットの体が小刻みに揺れた。その動きはまるで、ケタケタと笑ったみたいだった。
爆発の威力は果たして如何ほどか。どんなに小さく見積もっても人間一人を木っ端微塵にできる程度にはあるはず。そんなものがこんな場所で炸裂してみろ。魂喰いたる私はともかく、アレクセイたちは崩落した天井に埋まってジ・エンドな未来まっしぐらだ。
であるならば。
「こぉんのおおおおおぉぉぉぉっっ!」
全身にあまねく魔素を注ぎ込んで限界まで強化していく。肉体のあちこちがきしんで表皮がひび割れ、骨が砕けては再生を繰り返す。その痛みに耐えながら私は――巨大なこのロボットを持ち上げた。
一歩、一歩とロボットごと前進。歯を食いしばり、飛行術式などの補助も駆使して膝が折れてしまうのをなんとか堪え、やがて――ロボットが這い上がってきた縦穴の縁にまで辿り着いた。
「大尉、何を――?」
「貴様らはきちんとゴンドラで降りてこい。いいな?」
「ちょっ、まさかアーシェさん……無茶ッスよ!?」
「じゃあな。私は――一足先に最深部へ行ってくる」
心なしロボットの目の点滅が速くなった気がした。一丁前に焦りなんてものも覚えるのか。だが、今さら貴様にできることなど何もない。
腕は動かせないので頭の中でロボットに向かって中指をおっ立てる。
そして私は縦穴に向かってロボットもろとも体を投げ出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます