5-2. 私たちを殺そうとしたな?
扉を開けた途端に術式の炸裂音がけたたましく私たちを出迎えてくれた。
洞窟状の施設に音が反響しまくって耳をつんざくほどで、その勢いたるや私たちの全身をくまなく穴だらけにするどころか、ミンチにしてすり潰してしまわんばかりである。
いやまあ確かに私たちは連中から見れば戦争中の敵ではあるわけで、敵は殺すというのは戦いの大鉄則だ。なので気持ちは分かる。が、こちとら気を遣ってあの歩哨の兵士だって一応は殺さずに生かしてたわけで。だというのにこんな対応をされたら――
「悲しくなるよ。なぁ?」
「……!?」
やがてもういいだろうと思ったのか術式の嵐が収まったので、巻き上がった煙を吹き飛ばしてやって全員が五体満足健康体である姿をみせびらかしてやる。私はもちろんのことだが、カミル共々展開した防御術式は微塵も敵の術式に揺らぐこともなく、キチンと全員を守り抜いていて傷どころか埃一つついていない。なもんで居並ぶ敵兵士連中は雁首揃えて唖然呆然である。
というか、だ。貴様らはこの程度で私をなんとかできると思っていたのか。こんな見え見えの待ち伏せで、しかも攻撃手段は術式銃のみときたもんだ。
「舐められたものだよ、ったく」
私を止めたかったら、せめて対戦車地雷くらいは持ってきてほしいものだ。もっとも、私みたいな魂喰いが今日乗り込んでくるなんて想定はしてないだろうからこれが精一杯の抵抗なんだろうが。
まあそれはそれとして、だ。私は口端を吊り上げた。
「私たちを――殺そうとしたな?」
多少の抵抗くらいは大目に見てやってもよかったが、ここまで激しく殺意を丸出しにされてしまったなら――手加減をする必要もないだろう。
全身に魔法陣が浮かび上がり、青白く私の体が発光していく。瞳が金色に輝き始めると、多少薄暗かった視界が一気に明るくなった。
「ひ、ひるむなっ! 斉射開始ぃっ!!」
後方のやや離れた場所で指揮官らしい、腹のややでっぷりしたカイゼル髭の男が号令をかけると、一度は止まっていた攻撃が再開された。
目の前で術式弾が防御術式に当たって弾ける。煙幕が上がってパンパンと破裂音だけは響くが、武器も射撃する人間も変わらないのだから当然結果も同じである。
さて、このままいつ終わるかも分からん魔素切れをのんびり待ってやる義理はない。
防御術式を展開したまま天井に手をかざす。頭上に魔法陣が浮かんで、手を前へと振り下ろせば爆裂術式――当然威力は抑えている――が発射されて敵兵たちの足元に着弾した。
「ぎゃあっ!」
「うわっ!?」
小規模な爆発が起こり、兵士たちが吹っ飛んでいく。両脇の壁に叩きつけられて行く手を塞いでいた人の壁が聖書に出てくるどこぞの偉業よろしく真っ二つに割れたのを認めると、私は地面を蹴った。
「待たせたな」
「ひぃっ……!」
指揮官の男の怯えた目が、馳せ参じた私の瞳とぶつかる。ガチガチと歯を鳴らしながら男が慌てて腰から実弾の拳銃を取り出すと、恐怖に染まった顔で迷わず私の顔面へ引き金を引いた。
しかしながら鉛玉が私の可愛い可愛いこのお顔を醜く変貌させる、なんてことはない。一瞬早く私の手が銃身を掴み上げ、弾丸は天井の岩壁にめり込んだ。
そして私は――迷わず男の心臓を掴み取った。
「がっ……、あぁ……!」
血が滴り落ちる左腕を引き抜く。ブチブチと何かがちぎれる感触がして現れた真っ赤な手のひらの上には、まだわずかに動いている心臓があった。
トン、と男の太鼓腹を軽く押してやればグラリと真後ろに倒れていく。完全に動かなくなったのを確認すると、私は心臓を握りしめたまま、壁際でこちらを凝視している兵士たちの顔を見回してニヤリと敢えて醜悪に笑ってみせてから心臓へとかぶりついた。
「ひぁっ……!」
ふむ、味は悪くない。兵士たちの戦慄と声にならない悲鳴を聞きながら二口、三口と噛みちぎり、やがて残りも口の中に放り込む。美味じゃないがそれなりか。極悪人とまでは行かんが、まあ小悪党といったところかね。
ホンの数秒で食べきり喉を肉の塊が通過していく。汚れた口元を袖で拭って、それから動けずにいる兵士たちへともう一度笑いかけると――
「さぁて、次はどいつにしようか?」
「ぎぃやああああああっっっ!!」
――肉体を鍛え上げた屈強な兵士どもが、女子供も真っ青な悲鳴を上げながら逃げ出してあっという間にいなくなり、この場にいるのはまた私たちだけになった。ったく、見ろ、こんなにも可憐な少女なんだぞ? だというのに、まるで化け物が現れたみたいに怯えるとは実にけしからん話だ。
「いや、そりゃ悲鳴上げて逃げるだろ」
「大尉、これをどうぞ」
カミルの冷静なツッコみを聞きながら、アレクセイが手渡してくれたタオルを受け取ってお口を拭き拭きする。
「相変わらず優しいッスね。敵なんですから全員殺してしまった方が早かったんじゃないですか?」
「とんでもないことを言い出す聖職者がいたもんだな」
「神さんのとこに放り込むのもウチらの仕事なんです」
聖職者にあるまじき発言をしやがったアレッサンドロだが、言わんとすることは分かる。しかし私は無駄な戦いはしない主義だ。なので私の迫真の演技が通じてくれたようでなによりである。
「行くぞ。無駄な足止めを食らったからな」
事前に教えてもらった構造からすると、最深部へのゴンドラはこの通路の突き当りにあるはずだ。ここでこれだけ派手にぶちかましたわけだし、もたもたしてるとまたワラワラと敵が押し寄せてくるだろう。そうでなくてもこの先にあるものを考えれば、防衛の兵士たちがすぐにやってくるに違いない。
落ちた帽子を拾って被り直し、私を先頭に通路を進んでいく。人払いが完全にされているんだろう。真っ直ぐに長い通路だがどこにも作業員たちの姿はない。それでもどこから敵が出てくるかわからないから、上下左右を警戒しながら慎重に歩いていった。
しかし、である。
「……一向に来ねーな」
「妙ですな」
カミルとアレクセイが口にしたように、さっきの連中以外私たちを歓迎してくれる人間たちはまったく現れなかった。誰もいなくなった廃墟みたいに静まり返ってて、作業員どころか見回り兵士一人の気配さえない。
おかしいな。別にさっきの奴らも皆殺しにしたわけじゃないし、情報くらいは伝わってるはず。ならすぐに後続の部隊がやってこなきゃいけないと思うんだが……
「さっきの部隊だけしかいないんじゃないッスか?」
いや、さすがにそれはないだろう。これだけの巨大な施設だ。極秘裏に作られてることから情報管理も徹底してるに違いないし、膨大な作業員の監視にもかなりの兵士が必要で、暴動などが万一発生した時のためにも鎮圧部隊くらいはいなきゃおかしい。
となると、だ。
「我々に構っていられないほどの何かが起きた、あるいは起きている。そう考えるのが妥当でしょう」
罠の可能性もあるにはあるだろうが……アレクセイの言うとおりのっぴきならない事態が起きている可能性が高いか。それが火事なのか、崩落事故なのか、それともどこぞで誰かが我々以上に大暴れしてるのかは知らんが、いずれにせよ好都合である。
「あれだっけか、最後のゴンドラは?」
カミルが指差した方を見れば、いくつかのゴンドラが無人の状態で並んでいた。人員昇降用にしてはずいぶんと大きいから、おそらくここから下は機材と人員が同じゴンドラで降りていってるんだろう。スペースから考えるに、何台かは降りたままになってるようだな。
ここを降りれば最深部。無事に生きてるならニーナにも会えるはずだ。事前に決めた手はずでは敵を急襲し、特に私が徹底的に暴れて敵の目を引きつける。その隙に三人がニーナを見つけ、私が敵と戯れてる間に地上へ向かうことになっている。
後は状況に応じて臨機応変。雑ではあるが、状況の詳細も敵の数も分からなかった状態で細かいことを決めても無駄だし、それにコイツらならなんとかなるはずという厚い信頼の産物でもある。
「では、この先は事前の手はずどおりに」
「――待て」
そう言ってゴンドラに乗り込もうとしたアレクセイを私は制した。
「どうしたってんだ?」
「静かに。……物音がする」
「物音くらい、そりゃすんだろ」
作業の物音がするのは確かに当たり前だ。だが地面に耳を当ててみれば、微かな振動と規則的な金属っぽい音がしていて、それが徐々に大きくなってきていた。おまけに誰も私たちのところにやってこないこの異常事態。胸騒ぎを覚えるには十分だった。
アレクセイたちを一度下がらせ、ゴンドラの隙間から顔を出して下を覗く。ここまで結構潜ってきたが、眼下もまた相当な深さがあった。
ゴンドラの通路は全体として薄暗くて、それでも途中に照明の魔装具が設置されているのかポツポツと明かりが灯っていた。他のゴンドラが動いている様子はなくて、吊るしてる太いワイヤーがゆらゆらと一定の周期で左右に揺れていた。
(私の思い過ごし……か?)
音こそ相変わらず聞こえてくるものの、特に何も異変らしいものは見えない。やはり地下で何か作業をしている音なのか、と考え直して頭を引っ込めようとした。
その時だった。
(あれは……!?)
急激に小さな影が近づいてくるのが見えた。壁を使ってよじ登ってきているのか、黒っぽいシルエットのそいつの体が視界の中でまたたく間に巨大になっていき――その人工的な瞳が私を捉えたのが分かった。
「どーだい、隊長? 何か見えた――」
「下がれっ!!」
私の頭上から覗き込もうとしたカミルを力任せに押し飛ばす。
直後、けたたましい轟音が私たちの耳をつんざいた。ゴンドラが弾き飛ばされて天井にぶつかり、壁を破壊しながらすぐそばに落下してくる。天井の岩肌が削られ、パラパラと砂埃が降ってきた。それらが収まったのを見計って顔を上げると、だ。
「……ちょっとちょっとぉ」
何なんですか、コイツは。アレッサンドロだけが口に出したが、それは私たち全員の思いを代弁したものだった。
遥か地底から私たちの目の前に現れた物。
それはカミルやアレクセイより一回りも二回りも大きい、巨大な金属製の化け物だった。
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