5-1. 正面突破と行こうじゃないか
「あそこが入り口です」
前を歩いていた男から声を掛けられ、私は顔を上げた。
背の高い草や木の枝が縦横無尽好き勝手に伸びまくってるおかげでなんとも見えづらくはあるが、飛行術式でそっと浮かび上がって指差された方を見れば、そこには明らかに怪しげな入口があって、誰からともなく安堵の息が漏れた。
さてさて。私たちが今どこにいるかと言えば帝国の、地図上は何もないはずの山の中である。
先日面会したゼノン司教の言葉どおりにアレッサンドロと、今度はアレクセイとカミルも引き連れて二日後に同じ店に向かうと、そこには白装束の男が一人待ち受けていた。
「ゼノン司教の指示で案内役を仰せつかりました。ニーナ・トリベール女史の元まで私がご案内致します」
名乗りもせずに若い男はそう告げると、フードを被り早速私たちをニーナが軟禁されてるところへと案内してくれた。
面会の時には、ゼノンのジジイはあの店から近い山奥なんて言っていたが中々どうして。車と徒歩を駆使して丸一日掛かってしまった。でかい帝国からしたら「近い」のかもしれんが、感覚がバグってるとしか思えん。とはいえこちらは「好意」によって案内してもらっている身である。誰一人文句は言わずに山の中の野宿だって受け入れたさ。
そうして二日目の、そろそろ昼に差し掛かろうかという頃に私たちは目標の場所へと辿り着いた。警戒しながら草木をかき分け、姿を隠せるギリギリのところまで近づいて観察する。ちなみに我々は、案内の男が準備してくれた帝国の軍服に変装済みだ。
山肌でもない地面を斜めに掘っていて、入口の様子はさながら洞窟をイメージさせる。だがそれが天然のものじゃないのは、目立たないように偽装されてる上に形が綺麗な矩形になっていることから明らかだ。おまけに歩哨の兵士が二人立っていて、道も舗装されていることからも、ここに帝国の隠し施設が存在することは間違いなさそうだ。
「しっかし、こんなとこに帝国の施設ねぇ……いったい何があんのやら」
「立地といい、場所が地下といい、あたかも秘密基地といった印象ですな」
「なんだ、アレクセイ。貴様も秘密基地とか聞くとワクワクするタイプか?」
「少年の時分には率先して作っていたものです」
「へえ、意外ですね。てっきりその悪ガキどもを捕まえる方かと思ってたッス」
アレッサンドロの言うとおり意外な一面を見た気分だ。アレクセイとは付き合いも長いが、ここにきてこんな一面を発見できるとは。これだからこいつは面白い。
「中の構造は道中にお伝えしたとおりです。ニーナ女史は最深部に連れて行かれたらしいとの情報までは入手しましたが、確証を得るまでには至りませんでした」
「構わん。ここまで案内してくれただけで十分だ。ニーナを連れて帰ったらたっぷりお布施させてもらおう」
「お気持ちだけでも感謝致します。では私はこれで――」
教会の人間らしからぬ謙虚な姿勢で恭しく一礼すると、案内をしてくれた男は白いフードを被り直してあっという間に木々の暗がりの中に溶け込んでいった。
教会関係者といえば横柄な態度がデフォルトなんだが、道中含めてずっと謙虚な態度を崩さなかったな、あの男。ゼノン爺の人となりも関係してるんだろうが、ぜひともスピノザ派が主流になってほしいもんだ。
しかし――あれだけ白い衣装だとこんな森の中じゃ逆に目立ってしまいそうなんだが、見事なまでに景色に溶け込んでたな。つくづく教会連中のスキルの高さが恐ろしい。ぜひとも敵に回したくないもんだと改めて思うよ。
「それで、どうするんですかい? 裏口でも探して潜入するか?」
「教えてもらった構造のとおりならば、出入り口はここしかないはずだ」
こんな何もない山の中にこっそりと作るような施設だ。アレクセイの言うとおり何箇所も出入り口などないはず。誰かの出入りに便乗してこっそり侵入する、というのも手だが、こんな山の中で周辺に宿泊施設もない。ならそういった設備も内部に構築済みで、そうそう頻繁に人の出入りもないだろう。
「と言うことは、ですよ……」
「やることは一つ――正面突破と行こうじゃないか」
「そうッスよねー」
アレクセイとカミルの二人はこういう時の私の行動など織り込み済みのせいか淡々と装備のチェックを始めたが、アレッサンドロはがっくりと肩を落としてため息をついた。まあアレッサンドロたち教会の人間は正面切って戦うというよりも気づかれないようコッソリ動くのが仕事だからな。ここまで付き合ってくれただけでも十分だし、後は私たちだけでやるからここで待ってるか、なんならもう王都に戻ってくれても構わんぞ?
「じょーだんはよしてくださいって。ここまで来たんですから最後まで付き合わせてくださいよ」
「分かった。正直、手は多い方が助かるからな。感謝する。だが貴様の身の安全までは保証できんからそのつもりでいろ。基本的に自分の身は自分で守れ。アレクセイ、カミル。貴様らもだ」
そう告げると、三人それぞれから返事が届いた。やる気があるのか無いのか分からんのも混じってたが、まあたぶん大丈夫だろう。
じゃあ――始めるか。私のその言葉を合図として、みな一斉に動き出した。
アレクセイが静かに狙撃用の術式銃を構える。呼吸音が葉擦れの音に溶け込んでいき、それを確認すると私とカミルは姿を隠す術式を展開して入り口に近づいていった。二人ともアレッサンドロみたいな完全に気配を消すなんてトンデモ芸当はできない。だから足音も鳴らさないよう慎重に近づいていく。
もっとも、歩哨の兵士たちに気づかれず接近しきる必要もない。ある程度の距離まで近づければそれで十分だ。
果たして目論見通りの距離まで近づくと、私は足元を術式で爆破した。
「な、なんだっ!?」
爆破と言ってもせいぜいが数センチ地面をえぐる程度の威力だ。爆破音もさほどではなく、いかにも分厚そうなシャッターで閉まった内部までは音は届かないはず。
目的はあくまで兵士たちの目くらましだ。私たちと連中の間で砂煙が壁を作ってるし、奴らからは突然目の前で爆発が起きたようにしか見えてないだろう。実際、銃を構えている気配はある。が、それだけだ。初動のリアクションとしては当たり前だが、その時点で――もう遅い。
「がっ!?」
私の術式を合図として、アレクセイが放った術式が砂煙を突き破って兵士の一人を撃ち抜いた。同時に私も一気に加速し、もう一方の兵士に肉薄する。
驚きに目を見張った兵士の顔が私の瞳に映り、銃口が向けられる。しかし引き金を引かれるよりも、私が放った術式が銃身を真っ二つにへし折る方が早かった。
「んなっ……ぐぅ……!」
「黙ってろ」
武器を失って無防備になった敵兵の懐に入って掌底を胃袋に叩き込む。戦場だったら問答無用で心臓を貫いてやっているところだが、まだ殺すには早い。くの字に折れ曲がった体の背後に回り込むと、そのまま兵士の首根っこに腕を掛けて地面に引きずり倒してやった。
「カミル、どうだ?」
「ちょいと待てって……ああ、やっぱりカードキーだけじゃなさそうだな。他に何か仕掛けがありそうだ」
「分かった。
――という話なんだが?」
「だ、誰が……話す、か……!」
カミルの報告を受けると私は引き倒した兵士に問いかけた。
だがまあ、当然ながらそう簡単に口を割るはずもないので首に回した腕に込める力を少しずつ強くしていく。
「……ぃ、ぁ……!」
「私は別に構わんぞ? 貴様が心から帝国に忠誠を誓うならこのままで。その時はシャッターごと吹っ飛ばすだけだからな」
つまりはこのまま黙っていようがこの歩哨は自分の役割を果たせないわけで。もちろんシャッターごとぶっ壊せば即座に相手にもバレるわけなんでこちらとしては悪手なんだが、命の危機が迫っているこの状況じゃまともな判断力が残ってなかったらしい。
「ふ、二つのカードを……同時に読み取り機に通さなければ、この扉は開かない仕掛けになっている……」
「そうか――感謝する」
ちょっとだけな。そう心の中で付け足すと、兵士を絞め落とした。そして倒れた兵士と、もう一人アレクセイが狙撃した兵士の胸ポケットからカードキーを取り出してやってきたアレッサンドロに一枚投げ渡す。
「殺したんですか?」
「まさか」
無駄な殺生は趣味じゃない。まあ、今まで散々殺して心臓を喰らってきた私が言っても説得力など皆無だが。
もう一枚をカミルに渡して二人が同時にリーダーにカードを通すと、ガラガラと音を立てながらゆっくりとシャッターが上がっていった。
さて、これからが本番だ。
「どうするんです?」
「どうもこうもしないさ。堂々と進めばいい」
完全に隠れられればいいんだがな。アレッサンドロだけなら奥まで行けるんだろうが、私たちには到底ムリだ。なら下手にコソコソとするより、さも最初っからこの施設で勤務してるように振る舞った方が時間が稼げる。どうせ最後には盛大にやらかすことになるわけだしな。そうは言いつつも、いざという時のために防御用の術式構築だけはしておくが。
さて、その作戦が功を奏したらしく、私たちは順調に奥へと進むことができていた。途中で何人もの作業員らしい奴らとすれ違ったし兵士と挨拶も交わしたんだが、誰一人として私たちを咎めることはなかった。まあ、何人かに訝しげな顔はされたがそれだって私というちんちくりんな存在の珍しさが八割、初めて見る顔を不思議に思ったのが二割といったところか。
図面でざっと見ただけだがこれだけの規模の施設だ。相当な数の作業員や研究員がここで缶詰にされてるはず。いくら毎日顔を合わせていようが、全員の顔までは覚えてはいまい。
「しかし……ここはいったい何の施設なんですかね?」
「さあな」
アレッサンドロが尋ねてきたが、それを適当に受け流す。だが私にはなんとなく何をやってるかが分かっていて、私たちの企みを知っているアレクセイとカミルもアレッサンドロの問いに無言で応じてくれていた。
やっていることがあまりにも酷似しているのだ。関係者以外に秘密の施設を作り、山の中で大掛かりな土木作業をするという、私たちがDXMの作業でやっていることに。
(まさか、な……)
DXMがもう一つある、だなんて思いたくない。そんな私個人の願望はともかく、実際可能性として高いのは帝国が使っている古代兵器に関するものだろうと思う。そんなところにニーナが連れてこられたということは、その解析作業をさせられてるのだろうか。
(だが何故ニーナが……?)
あいつは確かに術式の知識も豊富だし、非常に優秀だ。だがわざわざ戦争中の相手からさらってくるほどとは思えんし、誘拐対象とするべき人間は他にいるはずだ。
となると、やはりあのニーナの中にいる何者かの事を知っていて誘拐したのか。だがそうすると、帝都ならまだしもこんな場所に軟禁している意味が分からん。
「だが……それももう考える必要もなくなるか」
ニーナさえ助け出してしまえば理由などささいなこと。後は、時が来るまでアイツを王都で守りながら過ごせばいい。仮に私が前線に駆り出されでもしたら、その時はマティアスに預けてしまうか。そうすれば敵も簡単には手を出せないだろうしな。
そんな事をつらつらと考えながら奥へ、そして地下へと向かっていく。ゴンドラを何度か乗り換え、その度に地上から遠ざかっていくのを感じる。換気はされてるようだが空気の流れは鈍く妙に蒸し暑くて、後ろを歩くカミルが汗だくの額を何度も拭っていた。
やがてまた別のゴンドラに乗り換え、もう何度めか数えるのもいい加減バカらしくなってきた頃、少しずつ感じ始めていた異変がいよいよ明確になってきた。
「……妙ですな」
「ああ。私たち以外に誰もいないな」
忙しなく汗びっしょりになって働いていた作業員たちも、書類とにらめっこしながら難しい顔で歩き回っていた研究員たちも、いつの間にか誰一人として私たちの周りからいなくなっていた。今だってそれなりのサイズのゴンドラに乗ってるが、私たち四人だけが広々と占有してしまっている。
つまりは、だ。
「いい加減バレたってことですかい?」
ま、そういうことだろうな。もうちょっと早い段階でバレると思ってたんが、思った以上に無駄な労力を使わずに済んだな。それとも逃がさないことを優先して私たちを泳がしてたか? まあいい。いつバレようが別に計画に変更はないからな。
「下がってろ」
三人を下がらせたのとほぼ同時にゴンドラが停止した。
正面には簡素な扉があって、特に何のロック機構も無さそうである。なので私はその取っ手を掴み、思い切り横にスライドさせた。
その瞬間である。
「撃てぇっ!!」
そんな怒鳴り声とともに、術式の雨が私たちへと降り注いできたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます