4-3. 阿呆、ここに極まれりって感じですね






 ニーナは帝国にさらわれた可能性が濃厚。となれば、もはや到底私や警備隊のメンツだけでどうにかできる領分を越えている。

 ただでさえ帝国は現在戦争中の相手国だ。平時でさえ気軽に入国できるような場所じゃないというのに、今や国境に近づくだけで銃弾と術式と砲弾が私を絶賛歓迎してくれること間違いなしである。

 もちろん強行入国することもできなくもない。だが入国したとしても帝国は広い。単に帝国にいる、という情報だけで敵国でニーナを探そうなどとぬかすのは、無謀を通り過ぎてもはや阿呆の所業と言ってよかろう。

 我々だけでは無理。ならば力を借りればいい。その結論に達するのは至って自然であり、そして幸運にもこと捜索や情報に関して頼れる相手が身近にいてくれている。

 すなわち、教会である。

 ホームレスから情報を得た私はノアを詰所に帰して隊員たちへの展開を頼むと、アレッサンドロがいる教会へとそのまま向かった。

 これまで幾度となく手助けしてくれたアレッサンドロである。敵に回せば厄介だがこれまで敵対することも無かったし貸しもある。なもんで、勝手な話ではあるんだが今回も当然助けてくれるものとばかり思っていた。

 が。


「……申し訳ないですけど、今回ばかりは協力できなさそうなんスよね……」


 返ってきた回答はまさかの拒否である。

 衝撃的すぎて思わずアレッサンドロを二度見してしまい、ひょっとしてコイツもノアみたく偽物なんじゃなかろうかと思ってついケツを蹴り上げてしまったが、悲鳴を上げながらも嬉しそうな顔を見て悲しいかな、間違いなく本物だと確信した。


「……理由をぜひ聞かせてくれないか?」

「そう睨まないでほしいんですけどね……個人的にはニーナちゃんを探すのは手伝いたいって言いますか、手伝うッスよ」

「……今さっきは協力できないって言わなかったか?」

「あくまで教会としては、です。個人としては喜んで協力しますって。

 とはいえ……今回みたいな話なら、本来は帝国内の教会連中にも協力してもらうところッスけど、今回ばかしはそれ使えなさそうなんです。なんで地道に自前の足使って探すしかないですね」

「それは遠大でありがたい話だな」つい皮肉が漏れた。「だが帝国の教会の協力が得られないというのはどういうわけだ? いくら王国と戦争状態だからって、教会は国から拘束されない組織じゃないのか?」

「知らないッスよ」珍しくアレッサンドロが不満を露わにした。「事情はハッキリ聞かされてないッスけど、この件には手を出すなって上からお達しが来たんです」

「……ひょっとしてニーナを名指しで、か?」


 アレッサンドロは黙ってうなずいた。

 バカな。ニーナは単なる一兵士だぞ。魔装具に関しては才能があるかもしれんが、教会の上層部にそもそも認知されるほど有名でもないはずだ。

 なのにストップが掛けられた。それはつまり――


クソどもの仕業か……!)


 存在そのものが俗すぎて忘れがちではあるんだが、教会とはそもそも神への信仰を示す組織だ。属する人間も俗物ばっかりだとはいえ、信仰の対象たる神から「お言葉」を頂けばそれに従わざるを得ないだろう。人間同士のやり取りと違って言葉一つで済むんだ。クソどもが手を回さないはずがない。

 しかし参ったな。他力本願で情けない話だが正直、アレッサンドロたち教会のネットワークを完全にあてにしてた。少しでも手が借りられればいいんだが……


「難しいですね。アーシェさんには俗っぽい連中ばかりに見えるかもしれないッスけど、これでも信仰が強い人が多いんです。ニーナちゃんの事を尋ねたらたぶん、ソッコーでチクられてお終いです」

「気が済むまで私が罵ってやると言ってもか?」

「それは俺に対するご褒美にしかならないです」


 ダメか。まあそらそうだわな。

 さて、どうしたものか……マティアスから人員を都合してもらうとしても帝国じゃそう簡単に動けない。誘拐した以上、帝国としてもそう簡単に殺すつもりはないだろうが、助けるのが遅くなればなるほどどんな扱いになっていくか分かったもんじゃない。迅速に助けなければ。


「帝国で情報収集できるツテさえあればいい。何か手はないか?」

「そうですねぇ……」


 頭を掻きながらアレッサンドロがうなり始める。小声であれこれつぶやきながらウロウロしてたが、やがてその脚がピタリと止まった。


「あー……あの人たちならひょっとすると……」

「何か思いついたのか?」

「んー……まあ、そんなとこです」


 アレッサンドロは頷きこそしたものの、表情は冴えない。奴にしては珍しく口元をモゴモゴとさせて、迷っているのが明白ではあった。


「仕方ないッス。ゼノン司教を頼ることにしますわ」

「司祭!? それは……!」


 アレッサンドロが意を決したように宣言すると奥で仕事をしていた、最近顔なじみになった童顔の助祭が素っ頓狂な声を上げた。どこかあどけなさが残る顔立ちをアレッサンドロに向け、その眼差しが「正気ですか?」と問うているのが私にも分かった。どうやら結構なとんでも手段らしい。


「……良いんですか? 本気で言ってます?」

「本気も本気。良かぁないッスけど他ならぬアーシェさんの頼みでもありますし、それに、今回の件は自分も納得してないッスから。義理立てするほど今の上層部に世話になったわけでもないですし、ま、なんとかなりますよ」

「……前々から司祭は阿呆だとは思ってましたが阿呆、ここに極まれりって感じですね」

「俺、一応君の上司なんですけど?」ぼやきながらアレッサンドロが頭を強く掻いた。「でもまあ、今回ばかりはそう言われても仕方ないッスけどね。ああ、安心していいッスよ? 君は何も知らなかったってことにしとくんで」

「御冗談を。別に僕も出世したいわけじゃないですし、司祭の判断に従いますよ」

「おい」二人だけで進んでく話に無理やり割り込む。「そのゼノン司教ってのは誰なんだ? 頼りになると考えていいのか?」

「ゼノン司教は……そうッスね、簡単に言えば異端とされてる御方ッスね」


 アレッサンドロが教えてくれた話をまとめると、ゼノン司教というのはどうやら教会内でアレッサンドロたちが所属してるのとは異なる派閥の人間らしい。

 教会には圧倒的多数の主流派、そして考えを異とするスピノザ学派というのがあるみたいなんだが、異端すぎるその主張のせいで皇国から遠く帝国に半ば追放されてしまってるらしい。

 ところが、だ。普通なら主流派に押しつぶされて消えるはずなんだがゼノン司教というのが中々に曲者で、追放されてなお政治的な力を保持してるらしく、そのせいかスピノザ学派の人間もそこそこの規模を維持してるとのことだ。


「スピノザ学派は主流派と違って、たとえ神といえども盲目的に従うべきじゃなく、対話を試みるべきってな考えでして」

「それはまた、教会にしちゃ過激な思想だな」

「ですです。だから異端なんです。教会的には思想は過激かもしれないッスけど、基本的に穏健ですからね。これが行動まで過激だったらとっくに排除されてたと思いますよ」


 だがなるほどな。そうであれば、今回されたであろう神からの根回しも関係ないということか。そのゼノン司教からの協力を得られれば非常に助かるのは間違いない。

 同時に先程の二人の会話も腑に落ちた。今の状況でそんな人物とコンタクトを取ったなんてことがあれば、間違いなく神の意向に逆らったとして処罰されるはずだ。アレッサンドロとはいえ、いくらなんでもそこまで迷惑は掛けられない。


「分かった。ならそのゼノン司教とかいう人物の居所を教えてくれ」


 居所さえ教えてもらえれば、後は私の方でなんとかすればいい。マティアスのツテを使ってその司教の存在を知ったことにでもすれば、アレッサンドロたちも責められることはあるまい。

 そう思ったんだがアレッサンドロは、私を見て首を振った。


「おおかたアーシェさん一人で会おうとしてるんでしょうけど、ムリッスよ。本人も異端であることを理解してますからね。警戒心が強くて教会の、それもスピノザ学派の人間相手しか会わないです。のこのこ一人で行ったところで門前払いが関の山じゃないですかね? 俺の知り合いのスピノザ学派の人を紹介したとしても、アーシェさんだけじゃゼノン司教に取り次いでくれないと思いますよ?」


 そもそもですよ、とアレッサンドロに深々とため息を吐かれた。


「ここまで来てはい、オシマイ……なんて水臭いと思いません? 乗りかかった船ですし、最後まで付き合うッスよ」

「……いいのか? 何もお前に返せるものはないぞ?」

「良いッス良いッス。俺には特に神さんに対する思想なんてもんはないですからね。たまたま入信した時の派閥が今の主流派だったってだけですし、それに理由もなく手を引けって言われっ放しも癪に触りますし。まして、知ってる女の子が誘拐されたってのに何もするなってのも怪しさプンプンじゃないですか」


 そう言ってアレッサンドロはニッと笑った。たぶん教会上層部に対する不信というのも本心ではあるんだろうが、個人的な好意で私に協力してくれようとしているのは、いかに鈍い私でも分かった。

 なら、私も本心で答えねばなるまい。


「……悪いな。ありが――」

「あ、報酬は一日一回、罵ってもらうってことで良いッスか?」


 ……せっかく素直に礼を言おうとしたのに最後のセリフで全部が台無しだ。後ろを振り返ってみろ。お前の大切な部下がゴミクズを見るような目をしてるぞ? というか、なんだ? 私はお前を罵倒するのを日課にしなきゃならんのか? 人として終わってるぞ。いや、すでに人としては終わってはいるんだが。


「……一日一回は多い。私もそこまで暇じゃないんだ。せめて月イチにしろ」

「ダメです。三日に一回は譲れません」

「半月に一度だ」

「仕方ないッスね。週に一度で妥協しましょっか」


 「しょうがない奴だなぁ」とわがまま娘を宥める父親ばりに生暖かい視線をアレッサンドロが向けてきた。納得いかん。私がおかしいのか? なお、助祭に視線を向けると「僕を巻き込まないでください」とばかりにコンマ秒で目を逸らされた。裏切り者め。

 まあいい。ニーナさえ助けられるんなら週一で羞恥心程度は捨ててやるさ。

 妙に疲れる約束こそさせられたものの、確かな前進だ。アレッサンドロに早めの打診を頼み、私は結果を隊員たちとマティアスに報告するため教会を急ぎ後にしたのだった。







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