4-2. コイツをどこで手に入れた?






 詰所に戻り、私はすぐさまニーナ捜索の隊を編成した。

 数人を通常勤務として残しつつ、残り全員で聞き込み調査に当たる。突然のことだし負担も増えるが、「ニーナのためなら」と嫌な顔をする奴は誰一人いなかった。

 アイツが十三警備隊に来て一年。すっかり隊の人間として溶け込んだんだな、とこんな状況にもかかわらずちょっとばかしホッとした。いや、まあ分かっていたことではあるんだがな。

 そんなわけで、隊員を二人一組にして王都中から聞き込みを行う。マティアスにも連絡して他の部隊から応援も受けつつ、昼も夜もなく何らかの手がかりを求めて探し回った。

 初日、二日目と結果は空振り。王都は広い。そう簡単に手がかりが見つかるとは思ってなかったが、やはり時間が経っていくにつれて焦燥と不安は増していく。

 だが三日目の朝。

 ついに変化が訪れた。


「いつになったら暖かくなりますかね……」


 その日、私はノアと一緒に南街から南東街を中心に探し回っていた。もう春だというのにノアは相変わらず真冬みたいな格好をして隣を歩いていて、見ているこちらの方が汗を掻いてしまいそうである。今日は天気が悪いから確かに体感として気温は低めだが、それにしたってその格好はないだろう。


「しかたないじゃないですか。寒いのは寒いんですから」


 そりゃな。いつになったらコートを脱げとか規則があるわけじゃないから王都で雪山装備してようが、いざという時に走れないとか言わなきゃ私も文句は言わんよ。

 そんな会話をしつつ目だけは忙しなく道行く連中を観察する。朝からすでに何十人と聞き込みを行ってはいるが、今のところ結果は芳しくない。てか、声をかけた住民どもがみんな嫌そうな顔をするんだが。ここらは第七か第八警備隊の管轄だったと思うが……連中、ちゃんと仕事してるのか?


「うちの隊が特別に街の人たちに好かれてるだけですから。ですけど……ここは逆にまったく好かれてなさそうですね」


 隊が高圧的なのか、それともそもそも仕事をしてないのか。だいたい住民に嫌われるのはそのどっちかだからな。まあ他所の隊の評判改善なんぞ私の仕事じゃないからどうだって良いんだが、一応マティアスに会った時にでも伝えておくか。


「……隊長って仕事嫌いだって言う割にはよく動きますよね」

「口だけならタダだしな。動くのは他の偉い連中だ。たいした話じゃない」

「そんな隊長だからうちの隊は街の人に好かれるんでしょうね」

「……褒められてるんだよな?」

「もちろん! まさか隊長、自分が小さいから街の人たちに好かれてるなんて――」

「このクソ野郎がっ!!」


 何を褒められたか分からず首を捻っていたところ、突然怒鳴り声が響いた。

 声の方を見れば、汚れた身なりの男が店から文字通り叩き出されて地面に転がっていた。


「二度とゴミなんか持ち込むんじゃねぇ! 分かったかっ!!」

「ちょ、ちょいと待っておくれよ、俺は別にゴミなんか――」

「うるせぇ! 使い終わったもん持ってこられたって商売の邪魔なんだよっ!」


 激しい剣幕で店主らしい男に怒鳴られ、ホームレスらしい男の目の前でピシャリとドアが閉められた。


「魔装具屋さんみたいですね」


 看板を見上げながらノアがつぶやく。たまにいるんだよな。特にホームレスの奴らに多いんだが、拾った使い捨ての魔装具を店に持ち込んで日銭を稼ごうとする奴が。

 何度も繰り返し使える魔装具なら価値はあるんだが、使い捨てのやつを持ち込んだところで単なるゴミだからな。ゴミを持ち込まれて買い取れなんぞ言われれば店主もそら怒るだろ。

 呆れながらホームレスの男が悪態を吐いている様を眺める。地面を蹴ってドアに砂を掛け、それから奴は売ろうとした使い捨ての魔装具を投げつけた。


「っ……!?」


 それはドアに当たって店主どころか店の扉にさえなんのダメージも与えられず、カラカラと転がって足元に返ってくる。男は大きなため息をついて頭を掻きむしると、またそれを拾ってトボトボと歩き去っていった。


「……大きなトラブルにならなくて良かったですね」


 行きましょう、とノアが促してくる。


「隊長?」


 だが私の脚は先程のホームレスの男の方へと向かっていた。ズンズンと距離を詰め肩を落とした男の背が大きくなり、やがて私はその腕をつかみあげた。


「待て」

「な、なんだぁ! ……ってガキ?」

「貴様に聞きたいことがある」

「はん! ガキがいっちょ前に軍服なんぞ着やがって! 俺には聞きたいことなんてないんだよ!」


 さすがに南街では私のことはそれほど知られてないらしい。気が立ってるのもあるし軍人が嫌いなのかもしれんが、目の前の男は私の姿を認めると拳を振り下ろしてきた。

 体を半身にしてその拳をかわす。避け際に男の脚を払い除け、背中から地面に叩きつけるとそのまま馬乗りになって胸元を押さえつけてやる。


「ぐぇっ!」

「隊長っ! どうしたんですかっ!?」

「た、隊長だぁ……?」

「私は第十三警備隊隊長のシェヴェロウスキー大尉だ。素直に質問に答えれば、私に手を上げたことは不問にしてやる。いいな?」


 私が正規の軍人であることが未だ理解できないようで目を瞬かせていたが、とりあえず質問に答えればいいことは伝わったらしく、組み敷かれたまま男は勢いよく首を縦に振った。


「貴様が持っていたこの魔装具についてだ。コイツをどこで手に入れた?」

「ど、どこでって……ひ、拾ったんだよ」


 男の腕をひねり上げ、胸元を押さえつけた私の腕にさらに力を込めてやると、男は声を上ずらせて叫んだ。


「ほ、本当だ、本当だって! 嘘じゃねぇ!」


 擦り傷から漂ってくる血――魂の匂いから鑑みるに、どうやら嘘は言って無さそうだな。それに腐ってもニーナも軍人ではあるし、多少は訓練も積んでいる。対するコイツは殴り方も素人だし、ニーナをどうこうできたように思えない。


「なら拾った時の状況を詳しく説明しろ。いつ、どこで、どうやって見つけた?」

「え、えっと……確かこ、この間のど、土曜の夜だ。じ、時間はちゃんと覚えちゃいねぇけどまだそこまで夜中ってわけじゃなかったと思う。いつもどおり人様がいなくなる夜中まで路地でぼーっとしてたら、お、女の子がやってきたんだ」言いながら男は私の後ろを指差した。「そ、そこの兄ちゃんと一緒に」

「ぼ、僕ぅ!?」


 ノアが素っ頓狂な声を上げた。振り返って睨んでみるが、ノアは音が出そうなくらい必死に首を横に振っていた。


「違います違います! 僕じゃないですっ! 土曜の夜にニーナと会ってないです!」

「……だそうだが?」

「み、見た目は確かにその兄ちゃんだったんだ! で、でも途中でなんか二人が揉め始めて……」

「理由は? 会話の内容とかは聞いたか?」

「ぜ、全部は……

 でもなんか、お前は誰だ、とか、なんとかは寒がりだなんだとか言ってたような……」


 ハッとしてノアと顔を見合わせた。ノアもピンと来たようで、自分の今の格好を見下ろすと、男に尋ねる。


「すみません、その、僕の顔をした人ってどんな格好をしてました?」

「ど、どんなって言われても……」

「なら――コートは着てました?」


 ノアの質問に、男が首を傾げながら否定して、もっと薄着だったと言うと、ノアが「やっぱり」とでも言いたげに私の方を見た。言いたいことは分かったが、まずは得られる情報を得てしまおう。


「他に情報は?」

「あ、あとは他にもガタイがいい連中が何人もいた。んで、急にバッて辺りが明るくなったと思ったら、女の子がグッタリしてでけぇ男に抱きかかえられてたんだ。

 う、嘘じゃねぇぞ! 本当に本当ったら本当なんだ!」


 話しながら嘘くさいと思い始めたのか、こちらが何も言ってないのに勝手にうろたえてどうでも良いことを口走り始めた。

 男をなだめる役目をノアに任せながら、私は今の話を頭の中で振り返る。

 おそらく、ニーナが一緒にいたというノアは偽物だろう。寒がりなノアがコートなしに夜に出歩くはずもないしな。そのことにニーナも気づいて逃げ出そうと魔装具を使ったが、他の男にあえなく捕まった、というところか。


「あっ!」


 男の手から魔装具を取り上げる。間違いない。この独特の術式は見覚えがある。このクセのある術式の構築方法からして、ニーナオリジナルの魔装具だ。


「さらわれたのは確実、か……」


 クソッタレめ。分かっちゃいたが、こんな予想なら外れてくれた方がよっぽどマシだ。

 まあいい。誘拐されたのが分かっただけでも前進だ。となると、どこがちょっかい出してきやがったか、だが――


「お、覚えてる! そこはハッキリ覚えてるぞ! 確か帝国って言ってた!」

「帝国!? 人が一人誘拐されたうえに、敵国のスパイが入り込んでたっていうのに貴方は今の今まで黙ってたんですかっ!」

「し、仕方ねぇだろぅっ! こっちは毎日を生きるだけで必死なんだっ! 余計なことに首を突っ込みたくねぇんだよっ!」

「やめろ、ノア」


 どうせコイツがどっかの詰所に駆け込んだところで一笑に付されるのがオチだ。まさか王都にまでスパイが入り込んでるなんてヒラの軍人が思うはずがないからな。

 しかし、よりによって帝国か。厄介な。


(そうなると……今回のこの戦争も神どもが糸を引いてると考えるべき、か)


 もしニーナの中にいるあの人格が私の考えているとおりの存在なら、ニーナをさらう意味があるのは神どもだ。そして実際に動いたのが帝国である以上、神と帝国に繋がりがあることは明白。


「あの阿呆どもめ……」


 未だに神どもは、戦いこそが歴史を前に進める唯一の手段だと勘違いしてる節があるからな。確かに戦争が歴史の転換と技術の発展に寄与することは私としても認めるところだが、そんな事をしたってもう信仰を得られる時代じゃないのが石頭どもは分からんらしい。

 だが、ニーナを捕まえてどうするつもりなのか。単に私たちのそばに置いておきたくないだけなのか、はたまた何かをさせるつもりなのか。そこらはまったくもって不明ではあるが一つ確かなことは、何を意図してたとしてもどうせ碌なことじゃないってことだ。


(アイドル状態を維持していてください。時が来たら、いつでも動かせるように)

「……お前の言う『時』っていうのがいつかは知らんが――」


 必要と判断したら、すぐにでもDXMを起動させてやる。

 私の膝の上で動かなくなった、先日のニーナの様子が頭の中を駆け抜けていって無意識に拳が握りしめてしまう。もう、あんな思いは二度とゴメンだ。ならばたとえ不完全だろうが、DXMを使って神どもを――消す。


「情報、感謝する。もう行っていい」

「……つ、捕まらないってことでいいんだよな?」

「ああ。その代わり、次に何か見聞きしたことがあればすぐに私たちに知らせろ。ここの警備隊が信用できなければ十三警備隊にまで来い。そこなら貴様でも邪険にはしない」


 解放してやると、男はヘコヘコと私に向かって頭を下げながら逃げるようにどこかの路地へと消えていった。その後ろ姿を見送り、私は目を閉じ息を吐いて気を鎮める。

 必要とあらばDXMを使うことも厭わないが、あくまでも最終手段だ。

 今ならまだ、間に合うはず。まずは私の手でニーナを救い出す。目を開け握りしめられた拳をにらみながらそう誓い、ノアを促して詰所へと戻っていったのだった。



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