3-4. ちょっとばかし興味を持ってる






――Bystander






 ヴィクトリアは王国との国境にほど近い森林地帯へと来ていた。

 町からは遠く離れていて誰も近寄らず、木々が自然のままに深々と生い茂る森。その中に人工的な入り口らしきものがぽつんと存在していた。

 付近にはそれらしい軍施設もないというのに頑丈なシャッターが入り口には降ろされて、その前で銃を手に歩哨兵が立ちふさがっている。鋭く視線を向けてくる彼らだったが、ヴィクトリアが近づいてくると見事な敬礼で出迎えた。


「身分証をお願いします」

「仕事熱心なことだ」


 彼女はもう何度もこの場所を訪れていて警備兵も自分の顔を覚えている。階級を考えれば顔パスで通してしまいそうなものだが生真面目に応対する兵士に、ヴィクトリアは小さく微笑んで肩を叩いて労った。

 中に入り奥へ進む。そうしてリフトを何度も乗り換えながら地下深くまで潜っていくと、土壁ばかりだった視界が急に開け、広大な空間が現れる。視線を巡らせれば彼女と同じ様にリフトに乗って地上へと戻っていく作業員や、大型のリフトに重機を載せて降りていく様子が目に入る。そんな様子をヴィクトリアは見送り、最深部へと到着するのを静かに待った。


「進捗はどうなっている?」


 最深部に着いて扉をくぐるや否や、彼女は誰ともなく声を張り上げて問いかけた。突然響いた声に周囲は疲労もあって苛立ちめいた視線を向けるが、声の主がヴィクトリアだと認識した瞬間にギョッと目を見開き、そして彼女と目を合わせまいと自分の仕事に集中しているフリを始めた。

 ヴィクトリアもその反応には気づいていたが、咎めるようなことはなかった。自身がどう思われようと彼女は気にする性質たちではない。効率よく成果さえ出せば、たとえ彼女に面と向かって罵倒しようが笑って許す。彼女はそんな人間だった。

 だがここにいる人間がそこまで彼女のことを知っているわけもない。遠くから作業服を着た細身の人物が慌てた様子で、それこそ足場の悪い地面を転がりそうになりながらやってきた。


「はぁっ、はぁっ……も、申し訳ありません、ロイエンタール少将。本日お越しになるとは聞いておりませんでしたので……」

「構わん。帝都への戻るついでに寄っただけだ。それよりも――コイツの状況を聞かせろ」


 ヴィクトリアが見上げた先にあるのは、巨大な機械らしき物体であった。

 白を基調とし、どの角度から見ても機能美に溢れて無駄がない。他の古代兵器も見事な造形だったが、目の前の物はそれらのどれよりも美しい作りであるように彼女には思えた。

 合理的な美しさに目を奪われそうになるのを堪えつつ、ヴィクトリアはこの兵器の主任研究員たる男からの返事を待った。だが男は顔をしかめ、なんとも言いづらそうにしながらも覚悟を決めて報告を口にした。


「……正直に申し上げますと、進捗は芳しくありません」

「ほぅ……?」


 ヴィクトリアの目が細められた。心臓を射抜かれたような心地を覚えながら、研究員は「報告を続けます」と言った。下手にごまかすつもりがないと理解したヴィクトリアは、とりあえず話を聞くことにした。


「私は発掘された他の兵器についてもいくつか解析に携わってきました。なので断言できますが……この物体に関してはまったくの別格です」

「自分の無能を棚に上げて言い訳か?」

「結果を出せていない以上、返す言葉もありません。ですが使われている物質、構造、そして術式……いずれも過去の古代兵器とはまったく異なっていて、そして遥かに高度になっています」

「帝国のデータベースに使えそうなものは?」

「何度もデータベースを漁ってみましたが、ありませんでした。

 ……これは単なる私個人の推測ですが、制作された時代そのものが違う可能性もあります」


 つまり、現在帝国が応用して量産兵器化したものよりも後の時代の物体。進化しているであろうそれが実用化できた暁には、果たして如何なる戦果をもたらしてくれるだろうかとヴィクトリアの心は躍りかけるが、所詮使えなければ意味もないことだ、と小さく唸った。


「完成図のないパズルを一から作り上げている気分です。既存技術の延長線にある部分については大部分が解析完了していますが、残りの約二十パーセント……こちらに関しては膨大な術式回路を一つ一つ丁寧に、しかもアイデアを絞り出しながら解析していかなければならず、まだ相当な時間が必要です」

「ミーミルの泉を使っても、か?」


 ヴィクトリアの質問に、研究員は首を横に振った。そして、腰に吊り下げた頑丈そうな金属の箱の鍵を開け、細かく砕かれた翠色の宝石を一粒取り出した。


「確かにコイツを使えば瞬間的には膨大な知識を得られます。ですが、それを解析に活かせるのはほんの僅かな時間に過ぎません。しかもこれまでより遥かに高度な知識が必要であるためか、使用した技術者も知識を十分に活かす前に廃人になってしまいまして……技術者の数も限られていますのでこれ以上の使用は全体の作業そのものにまで支障が出かねません」

「しょせんは未完成品、ということか……」


 ヴィクトリアは口の中で小さく舌打ちをした。

 使者を通じて神々どもから渡された、如何なる知識も得られるというミーミルの泉。帝国に対する支援の一環としてもらった物だが、なるほど、その名に恥じない成果をここまで挙げているのは間違いない。これのおかげで様々な古代兵器の解析が進み、コピーした兵器の性能を飛躍的に向上させることができた。

 だが一方で、使用すれば使用者の精神も肉体もすぐにダメにしてしまう代物でもあった。数回も使って知識を取り出せば、もうその者は生きることさえ自力でできない単なる木偶人形に成り果ててしまう。

 本来のミーミルの泉であればそういったことは無いらしいのだが、完成させるにはまだまだ遠大な工程が必要で、しかしながら神々にとってはそうまでして完成させるつもりもないらしく、現状でも十分に機能は果たせるのだからと帝国に不完全な物を押し付けてきたというのがヴィクトリアの知る顛末である。


(神というのは数字というものを知らないらしいな)


 ヴィクトリアはそう吐き捨てた。物事には支払うコストというものが存在する。それが理だ。それを度外視して結果だけを求めるなど愚かにもほどがある。

 だがそうは言っても神はお客さんだ。どうせ文句など言えようはずもないのだから、いかに効率的に敵を殺すか考えることにエネルギーを使うべきだろう。文句を胸のうちに押し留め、どうやって現状の停滞を打破するかについて思考を巡らせ始めた。

 しかしそれも、彼女の嫌いな声で邪魔された。


「そういうことならちょうどいい奴がいるぞ」


 不快さを隠そうともせず思い切り舌打ちをして振り向くと、白いフードを被った女が立っていた。


「いつも言ってるはずだ。神の使者といえども私の前では顔ぐらい見せろと」

「おっと、そうだった。失礼失礼。いやまったく、君ら人間の習慣には疎くってね」

「勉強する気もないくせに人間の言葉だけは達者だな」


 人を食ったような物言いをしながら使者の女はフードを剥ぎ取った。

 現れたのは透き通るように白い肌が印象的な顔だ。加えて目も口も鼻も、どれも黄金比と呼べる大きさと位置にあり、ヴィクトリアから見ても美しいと思える反面、あまりにも整いすぎていて酷く作り物めいている。


(いや、実際作り物か)


 あえて「崩す」という遊び心を知らない神らしい造形物だ。そんなものが人を小馬鹿にしたような視線を向けて口元を歪ませているのだから余計いびつに思えた。別に人形に馬鹿にされようが関心も持てないが、できれば視界に入れたくない存在でもあった。


「それで、都合の良い人物がいるという話だったが?」

「ああ、そうそう。聞けば、あの宝石の力に人間は耐えられないらしいなぁ。他の種族と違って相変わらず脆弱だよな。ま、だからこそ主たちも放っとけないんだろうけど」

「用件は手短に話せ」

「はいはい、分かってるって。あんたは無駄が嫌いだもんな。

 で、ちょうどいい奴っていうのがだな、実はヘルベティアにいるんだ」

「ヘルベティア王国に、だと?」

「そう」女がクツクツと喉を鳴らした。「たぶんだけど、そいつならどんだけ宝石の力を使っても壊れもしないし、引っ張ってきた知識もきちんと使いこなすことができる。もっとも、聞いた話じゃあ相当に頑固だろうから協力してくれるかってのは疑問じゃああるんだが……ま、そこはあんたらの方が得意だろうから任せるさ」


 楽しげな女の話に、ヴィクトリアは興味を引かれた。もしコイツの言うとおりの人間がいるなら、今の自分たちにとってはずいぶんと都合が良い。果たして同じ人間でそんな稀有な性質を本当に持っている奴がいるのか。疑わしい話であるが、そこは試してみれば分かる。


「でさあ? そいつについては、ちょーっとばかし主たちも興味を持ってるんだわ。だ・か・ら・さぁ――」


 女はそう言うとヴィクトリアの耳元に顔を寄せてきた。馴れ馴れしく肩に手を置いて、まるで旧知の仲かの様な振る舞いにヴィクトリアが舌打ちするのも構わず耳打ちした。


「ちょいとばかし、あんたらの方で拉致ってきてくんねぇかな?」


 女は一際怪しげに笑みを浮かべ、そうしてヴィクトリアの顔を覗き込んできたのだった。



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