3-2. 冗談を言っているのではありません






 会議の議事はありきたりなものだった。帝国に攻撃を受けた方面軍司令官による被害状況報告から始まり、次いで軍本部の分析官から帝国軍戦力と今後の見通しが説明されていく。

 司会とは別の、これまた痩せぎすの准将が胸を張りながら甲高い声で自分の考えを語っていくが、当たり前過ぎてつまらない分析をよくもまあ自信満々に話せるものだと感心してしまう。まったく、こんな話をいつもいつも聞かされてるマティアスを尊敬するよ。

 このまま聞き続けたところで眠たくなるだけなのが容易に想像ができたので、話を聞き流しながら正面の大きなボードに貼られた地図を眺め、自分なりに思考を巡らせていく。

 地図には帝国軍の侵攻ルートの矢印が引かれ、軍の規模や推定損耗度合いが書かれていた。失った領土には斜線でハッチングが掛けられ、軍の基地の場所にはピンが留められてる。こうして眺めると、ただでさえ狭い領土が随分と削りとられたものだ。が、どの戦線も王国の基地手前までで止まっているところを見ると、さすがの帝国も全方位作戦を行いながら軍基地を占領するまでの体力は維持できなかったらしいな。


(とはいえ――)


 数字を手元の用紙にメモしながら、帝国もよくこれだけの数で王国に攻め込もうとしたものだと思う。遺跡から発掘した古代兵器を用いたとはいえ、推定される帝国軍の数はセオリーからすると相当に少数だ。

 その分、損耗度合いも半端ではないが……まあそれを差し引いてもこの戦力でたった数日の内にこれだけ領土を削り取れたんなら破格も破格である。戦史に残る戦果と言ってもいいかもしれない。もっとも、普通はこんな損耗は許容できないだろうがな。


(しかし、この戦い方は……)


 その損耗さえも許容する戦闘と、電撃的かつ効率的な侵攻。無茶を無茶と分かっていて押し通し、かつ成果を確実に上げる指揮と作戦能力。これらの背後に、私はある女の姿を確信した。


「ヴィクトリア・ロイエンタール……」


 つい名前が口をついて出た。かつての上官であり、そして私たちを見捨てて生き残った女。唯一と言っていい敗北を部下を犠牲にして生き延びたのは身をもって知ってたがどうやらあのクソアマ、ずいぶんと出世したようである。


(だとすると、次に奴が狙うのは……)


 王国側ではなく共和国側の戦線に行っててくれれば助かるんだが、それは希望的観測というものだ。あくまで奴が王国の戦線で指揮しているとすればさて、次に攻め込んでくるのは……たぶんあそこだろうな。


「――尉、シェヴェロウスキー大尉」


 おっと、いかん。思考に没頭してて呼ばれていることに気づくのが遅れたな。

 顔を上げれば、居並ぶ偉いお歴々がしかめっ面で私を睨んでいた。まあ、そう怒るな。つまらん会議でつまらん講釈を聞かされてればこうもなるというものだよ。


「はっ! なんでございましょう?」

「何やら考え込んでいたようだが、話は聞いていたかね?」

「はい。帝国の優秀さが理解できました」


 敬礼しながら質問にそう返答すると、顔も知らないお偉方の顔色が猿か鬼みたいに赤くなっていったのが分かった。が、質問してきた顔見知りの大将は私の性格を知っているからか、それとも同じ感想を抱いているのか苦笑いをしただけだった。ちなみにマティアスはその奥で笑いを噛み殺してた。


「ならば話は早い。

 我々王国軍は、残念ながら帝国軍に比べて装備こそ見劣りしない自負はあるものの、それ以外のリソースについては決定的に不足している。故に、限られた軍を適切な場所で適切に運用しなければならない。帝国軍に勝るとも劣らない優秀な君なら言うまでもない話だろうがね」

「ええ。時間も有限ですので、一刻も早く方針を決める必要があろうかと愚考します」


 ダラダラと会議をしている連中に皮肉を飛ばしてやると、問いかけている大将とマティアス、それと何人かだけが忍び笑いを漏らした。


「そこで、だ。次に帝国がどういった手を打ってくるか。ぜひとも君の意見をぜひとも伺ってみたい」

「小官が具申してよろしいのでしょうか?」

「もちろんだ。先の大戦を前線で生き抜いた君は帝国の事をよく知っているはずだ。忌憚のない意見を願うよ」


 ふむ。大将にそう仰られては断るわけにもいくまい。先程考えを巡らせていた内容を披露させてもらおうか。

 部屋中から注がれる、お世辞にも好意的ではない視線を浴びつつボードの前に進み出て上官たちの顔を見回した。


「まず……帝国軍の数字を御覧ください。帝国が王国との戦線に投入してきた軍の数は、その総数からすると相当に限られています。いかに帝国といえども、ランカスター共和国とダンスク王国も相手にしていては、やはりリソース不足なのは否めません」

「ふん。忌々しいことだが、この程度で十分だと我らをみくびっているということだろうな」


 厳しい顔をした中将が鼻を鳴らした。このおっさんが言うとおり帝国が王国をみくびっているように見えなくもないが、そうとも限らない。


「帝国側戦力の大部分は、長い国境を持つランカスター側へ割かれているのでしょう。しかしながら王国側の戦線を軽視しているかというと、そうではないと考えます」

「ほう?」

「王国に振り分けた帝国戦力は、ハッキリ言って侵攻するには過小も過小です。故に損耗率も高い。ですが、結果として奴らは我々王国領の多くを占拠していきました。新兵器があったとしても、これは刮目すべく結果です」

「……それだけ我々が愚昧だったと言いたいのかね?」


 眼鏡を掛けた狐ヅラの准将がジロリと睨んできた。いちいち面倒くさいな。


「いえ。確かに不意を突かれて十分な応戦ができなかった点はあるでしょう。しかしこの成果は敵側の、異常なまでに効率を追求したが故の結果であると小官は考えます」

「どういうことかね?」

「敵は我々の戦力を正しく評価したうえで、限られたリソースで目的を達成するために最大限リスクを取りにいっています。ただただ成果だけを目的に、ありえないほどの損害をも許容しました。そうして自軍の戦力絶対数は少なくとも、味方の犠牲と引き換えに破格の成果を持ち帰っています。それはこの数字が物語っているでしょう」

「……その話が本当ならば、敵軍の将は随分と頭がおかしいか、そもそも人間であることを捨てた人間のようだな」

「同意します」

「では君に尋ねよう。そんな輩が次に狙うのはどこかね?」


 問われて私は居並ぶ面々からボードへ視線を移した。

 次にあの女がどこを狙うか。とんでもなく悔しいんだが、だいたい予想がつく。

 今の戦線から狙えて、かつ王国にとって多大な痛手となる場所。となれば――


「ここです」


 ボード上の地図を指差した途端、どよめきが起きた。それは皆の意見が一致した――わけではなく、想像もしていなかった場所だからである。

 王都からほぼ真っすぐに北に向かった場所にある街、バーデン。王国が開発した兵器の一大製造拠点であり、ここを抑えられてしまったら王国の戦力に多大な影響が出るのは間違いなくて、それ故に街を挟み込むようにして近くに軍基地が鎮座している。おまけに、戦線に近いとは言っても未だ百キロは離れている。いくら戦況が優勢とはいえ、普通はこんな場所をターゲットにしようなどと思うはずがない。


「ふざけるでないっ! 冗談も大概にしたまえ!」

「いえ、小官は冗談を言っているのでも洒落で言っているのでもありません」


 こちとら至って大真面目である。もちろん私もこの街を狙うのは頭のネジが一本どころか二本三本、むしろネジなんて最初から入ってないんじゃないかというくらいありえない選択肢だと思うが、それを実行して成功させてしまうのがあのヴィクトリアという女だ。あのクソを褒めるのは腹立たしいことこの上ないし、手法は決して真似したくもないが成果を挙げるという一点においては認めざるを得ない。


「……本気で帝国はここを狙ってくるのかね?」

「小官の考えでは」

「しかし、現状の損耗率だとさすがに無謀だと判断するのではないか?」

「帝国はすでにロレーヌ地方を押さえました。あそこの西端は、帝国側から見れば天然の要塞です。そこから兵を融通するくらいは容易いでしょう」


 まあそれもバーデン侵攻で使い潰すんだろうがな。犠牲を出そうとも敵の主要拠点を落とせるなら安いもんだと本気で考えてるだろうし。

 私が伊達や酔狂で話をしたわけではないと伝わったのか、こちらを睨んでいた面々も一様に悩ましげな顔で考え込んでいる。正面に座る大将閣下も最初こそ穏やかな表情だったが、今や頭を抱えて俯いてしまっていた。


「……君の意見は分かった。貴重な意見、傾聴に値したよ」

「光栄です」

「だが正直なところ、想定外過ぎてこの場で判断を下すのは難しい。よって本件に関してはまた別の機会を設けて議論したい。皆、それで良いかね?」


 持ち帰り、か。まあ仕方あるまい。

 とりあえず私の意見は伝えたわけだし、後はお偉い方々にお任せしよう。


「ご苦労、シェヴェロウスキー大尉。席に戻りたまえ」

「では次の議題に進ませて頂きます」


 進行役の大佐がそう告げて私の出番は終了となった。

 敬礼をして自分の席に戻っていくが、よっぽど私の話が消化しきれないらしく未だざわつきが残っていた。それでも数分もすれば関心は新たな議題に移って室内も落ち着きを取り戻していく。


(言っても連中も愚鈍ではないだろうし……ま、少なからず何らかの対策は打ってくれるだろ)


 話も終わったことだし、もう私に声が掛かることはないだろう。全員の視線が完全に私から外れきったことを確認すると、引き続き退屈であろう会議に参加する気もおきず、私はそっと目を閉じて眠りに就いたのだった。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る