3-1. あまり信じたい話じゃない






「――それで、他のところはどうなったんだ?」


 マティアスの執務室でいつもどおりソファに体を投げ出し、テーブルに脚を乗せて酒のグラスを傾け私は尋ねた。

 相変わらず書類の山に埋まった――心なし、その山が前より高くなってる気がする――王子様は、ペンを放り出すと目元をもみほぐしながら席を立って私の正面に座った。見れば目元には立派な隈ができてなんともお疲れの様子であるが、それも状況を考えればむべなるかな。奴のグラスにも氷と酒を放り込んで渡してやると、一気に飲み干して大きくため息を吐いた。結構度数の高い酒なんだが……まあいいか。


「他のところか……残念ながらどこもかしこも帝国の奇襲に対応できず壊滅状態だ。お前が守った町、フラウゼンを除いてな」

「そうか。まあ分かってたことだが、頭の痛い話だな」

「まったくだ」


 二人揃ってため息が漏れる。

 帝国軍の侵攻が始まって三日が経過し、各地の状況がだいたい明らかになってきた。

 当然ながら帝国が侵攻してきたのは、私たちが守ったフラウゼンの町だけじゃなかった。マティアスによれば、至るところから侵攻してきて、瞬く間に国境付近の町を占領してしまったらしい。

 手法としてはどこも似たようなものだ。まず実戦に耐えうるよう本格的に改良された航空機による史上初の高高度爆撃で侵攻する町に、そして最寄りの王国軍基地に奇襲を仕掛ける。そうして防衛の足を止めた状態で、戦車隊の支援を受けながら機械化部隊が電撃的に侵攻。近隣の王国軍が駆けつける前に勝負を決めてしまったというわけである。

 実に鮮やかな手口だ、と敵ながら感心する。だがまあ、これら緒戦の勝敗は帝国の情報戦の賜物だろう。マティアスは懸念してたが、結局はいくつものフェイク情報を流して宣戦布告の直前まで侵攻を悟らせなかったんだからな。うちの上層部が阿呆であることを差し引いてもこの時点で帝国の勝ちは揺るがなかっただろうさ。


(それはいいとして……)


 この情報戦の徹底さと電撃的な戦略。帝国らしいといえばそうなのだが、妙な引っ掛かりを覚えた。それは別に何かを見落としてるとかそういった類ではなくて、なんというか、懐かしいと言っては変だが既視感とかそういったものだ。いや、もちろんこの手は帝国の常套手段なので知っているのは当たり前なんだが――


(おそらく……アイツの仕業だな)

「おかげで――」


 私もよく知る戦争狂の姿が自然と思い浮かんだ。が、今はマティアスの話に耳を傾けるべきだろう。顔を上げて頭を切り替えた。


「――帝国との国境周辺の領土を軒並み占領されてしまったよ。取り返そうにもこちらが軍を立て直してる間に、帝国側にも塹壕、補給線その他諸々構築されてしまったし、これから攻撃を仕掛けたところで痛い目を見るのは私たちになりそうだ」

「なら、当分は現状維持ということか」

「そうなるな。帝国の再侵攻に備えつつ新しい国境で睨み合いだよ」

「他の国はどうなんだ? 特に共和国は……」

「王国の方がマシに思えるくらいだ」マティアスは背もたれに体を預けた。「共和国の国境線は軒並み占領。数日で領土が一割は持っていかれたかな?」

「帝国にとって本命は共和国だったということか」

「歴史的にもお互いに不倶戴天の敵だからな。共和国としてはなんとか巻き返したいところだろうが……ロレーヌ地方をまるごと帝国に持っていかれたのが痛かったな。しばらくは防戦一方だろう。体勢を立て直すまで今の戦線を維持できれば御の字ってところじゃないか?」


 ロレーヌ地方ということは、あそこの鉱山やらもまとめて占領されたということか。なるほど、それは結構な致命傷だ。ってことは、帝国がますます手がつけられなくなったということでもあるんだが……まあ、王国からすればそもそもどの国もまともに戦って勝てる相手じゃないからいまさら帝国が成長しようが状況はあんまり変わらんがな。


「共和国以外は? たとえば連邦とか」

「連邦は動く気配なしだ。少なくとも見かけ上は、の話だが」

「やっぱり密約を結んでたということか?」

「おそらくは。今回の侵攻はうちや共和国だけじゃなくて北のダンスク王国にも侵攻してる。が、東にだけはその素振りも見せてないからな」

「ふん、露骨だな」

「偽装するメリットも無いということなんだろう。ここまで明け透けだと色んなことも想像してしまうが」


 連邦も到底信用できん国だからな。ある日突然両国が正面切って殴り合いを始めてもまったく驚かん。まあそもそも、国同士の関係で信頼なんて言葉はゴミクズにも劣る価値しかないが。

 とまあ、こうして他国の情報を聞いたわけだがどうにも気になる点がある。


「しかし、マティアス。帝国が電撃戦が得意だっていうのは痛いほど知ってる話だ。だが、だからといってこうも共和国もダンスクもいいようにやられるものか?」


 いくら情報線で敗北して警戒が緩んでたにしたって、あまりにも一方的じゃないだろうか? そんな疑問をぶつけると、マティアスの表情が険しくなった。


「私もそれが気になってな。可能な範囲で調べてみたんだが……」

「なんだ? 歯切れが悪いな」

「正直あまり信じたい話じゃないんだ。

 帝国の奴ら……どうやら遺跡からの発掘物を使っていたらしい」


 遺跡。その単語を聞いた途端、グラスを傾けていた私の手が止まった。


「遺跡だと……? まさかDXMデウス・エクス・マキナみたいなものを見つけたってことか?」

「あれは兵器じゃないが、系統としては同じものだと思う」


 マティアスはうなずいた。

 遥か昔、それこそいつのものか分からないほど古代にあった文明が残した遺物。いわゆるオー・パーツと呼ばれるものでなんとも胡散臭い話ではあるんだが、地下深くに埋まっているそれを実際に私たちは見つけた。

 それがあのDXM。DXMは兵器なんかじゃなくて、ある意味よっぽどやばい代物ではあるんだが、戦争に使えるようなものじゃあない。しかし、あの阿呆みたいな技術力の古代文明だ。戦争に使えそうな遺物があっても不思議じゃあ無いが――


「ひょっとして、帝国の飛行機が劇的に性能向上していたのも?」

「遺跡から発掘した物の技術を応用したんだろうな。他にも打ち上げられた金属の塊が、目標地点近くで無数の術式を撒き散らしながら爆発する、なんて代物も目撃されている。どこまで本当かは未確認ではあるが」


 クラスター爆弾みたいなイメージだろうか。何にせよ、そういうことか。なら飛行機が急激な進化を遂げていたのも納得だ。

 厄介な話ではあるが、理由が分かって私はスッキリした。一方でマティアスの表情は曇りっぱなしだ。どうした? 何か気にかかることでもあるのか?


「帝国が何か遺跡らしきものを見つけたという情報は私も掴んでいたんだ。だがそれだってまだ数ヶ月前の話だ。仮にもっと早くに見つけてたにしても、実用化するにはいくらなんでも早すぎる」


 私たちがDXMを見つけたのが十年近く前。発掘そのものが長引いたとはいえ、最近になってようやく使える段階にまでこぎつけたんだ。マティアスが言うとおりならとんでもなく短時間で発掘・分析を終えたことになるんだが……


「お前が掴んだ情報が不十分だったということか?」

「分からない。むしろそれだけなら別に良いんだ。しかし本当に短時間で実用化までこぎつけた、となると……私たちはとっくの昔に技術的な優位性を失っていたのかもしれないと思ってな」


 技術的な優位性、特に術式に関してそこが優れていたからこそ王国は帝国という大国を相手に対抗できていたわけで。そのアドバンテージが失われていたとしたら……この国の未来はハッキリ言って真っ暗闇である。王子であるマティアスが憂いて盛大なため息を吐くのも理解できるというものだ。


「――っと、そろそろ時間だな」


 しかめっ面のまま酒の入ったグラスを睨んでいたマティアスだったが、壁に掛かっていた時計を見てそっとテーブルに置いた。私もまたグラスを置き、ソファに放り投げていた制帽を被った。

 マティアスの執務室にいて色々と情報を仕入れるのは私の常だが、今日立ち寄ったのはあくまでついで。本来の目的は、これから行われる会議に出席するためだ。本来ならば佐官以上、それも部隊長クラスのみが参加するレベルのものなんだが、先の大戦の経験者として私も招待されていた。


「平和ボケしてた上層部阿呆どもも、いい加減目を覚ましたということか?」

「どうかな? 横っ面を殴られても、まだまだ寝ぼけてるようにしか私には見えないな」


 マティアスと並んで廊下を歩きながらそんな会話を交わす。領土をそれなりに占領されたはずなんだが、まだ平時の貴族派将校が牛耳ってるらしい。マティアスからすれば、そりゃ気付け代わりに酒でも飲んでしまいたくもなるか。

 会議室に入ればすでに半数近くの席が埋まっていた。将官であるマティアスとは別れて後方の末席から参加者を眺めるが、見慣れない将校ばかりである。少なくとも先の大戦時から私が知っている顔はホンの数名程度だった。当時の上層部の大多数はすでに引退してるから当然ではあるんだが、活躍した将校が出世してないというところに王国の病巣を見た気分だよ。


「――では会議を始めます」


 やがて定刻より数分遅れて、痩せぎすの眼鏡を掛けたなんとかいう大佐の発声で会議は始まった。








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