2-4. 阿呆には相応の報いをしてやろう






「バカなっ!? 航空部隊だとっ!?」


 思わず自分の目を疑った。

 すでに飛行機自体はこの世に存在しているし、先の大戦でも一応は実戦投入もされた。

 だが、である。当時はまだ飛行機と言ってもさしたる脅威じゃあなかった。飛行距離はせいぜいが数キロだし、高度や機動性だって魔装具をつけた人間の方が遥かにマシなレベルだった。

 そんな代物を戦地に投入したところで結果は火を見るより明らか。敵の袋叩きにあって開発は中断されて、失敗作として歴史に埋もれていった――はずだ。

 しかし私が捉えたのは、それよりも遥かに洗練された物だった。

 暗闇の中で目視しただけだからハッキリとしたことは言えんがサイズはずっと巨大化してるし、普通の魔装具なんかじゃ到達できない高度と速度のように見える。おまけにここらは比較的国境に近いと言ったってまだ数十キロは離れてるわけで、だとすると飛行距離も相当に伸びてることになる。これじゃ形は同じでもまるっきり別物じゃないか。


「だが何故だ……!?」


 いくらなんでも技術の進化が早すぎる。各国で盛んに開発が行われたんならいざ知らず、失敗作の烙印を押されたものが十年も経たずこんな発展するものか。この差は異常だ。

 あのクソッタレどもが何かしやがったか? それにしたって、果たしてこんなに急激に進化するものか?


「……理由はまあいい」


 そこらの深堀りは後回しだ。今はまず軍人としての責務を果たさねばなるまい。

 窓枠に脚をかけ、列車から飛び降りようと力を込める。

 だがその脚が強く掴まれた。


「……どうするつもりだ、アーシェ?」

「決まってるだろう。お前の話を鑑みれば敵はおそらくは帝国で間違いない。私は応戦して時間を稼いで町の人間たちを逃がす。お前はこのまま王都へ帰りつつ、最寄りの軍に状況を伝えてすぐさま派兵するよう手配してくれ」


 そう伝えたが、マティアスは私の脚を離そうとしなかった。


「……止めるんだ、アーシェ」

「マティアス……?」

「お前が思ってる以上にお前は有名なんだ。王都にいるはずのお前がこんな場所にいることを連中が知ったら――あの場所が感づかれるかもしれないんだぞ……!」

「……」

「そうなれば、計画に支障が出るかもしれない……それだけは、それだけは避けなければならないんだ。お前なら分かるだろう?」


 切々とマティアスが訴えてくる。ゴールが見えてしまって現実味がいよいよ帯びてきた以上、怖気づいて慎重になるのも理解できる。

 しかし、だ。


「マティアス。お前の懸念ももっともだ。だがな、あの町を帝国に占領されて橋頭堡にされてみろ。鉱山は常に帝国の脅威にさらされるし、私たちも気軽にやってくることさえできなくなる」

「それは……そうかもしれないが」

「考えようによっては僥倖だぞ。よりにもよって――私がいる時にあの間抜け共は攻めてきたんだ。連中は奇襲を仕掛けたつもりだろうが、迎撃できる戦力がここにある。軍人として見捨てるわけにもいかんし、ならば行くしかあるまい」

「アーシェ……」

「それに感づかれたところで、占領さえされなければ奴らも調べることもできんさ」


 軽くポンポンと脚を握る腕を叩いてやると、まだ迷いはあるみたいだがようやく離してくれた。そして「同志」じゃなくて准将の顔つきで私に向かって「町を頼むぞ」とうなずいた。

 ああ、頼まれたよ。後は私に任せて、お前は連絡したらのんびりワインでも飲んで寝てろ。


「大尉! これを!」


 いつの間にかいなくなっていた伍長が何やら持って戻ってきた。差し出されたのは防弾・防刃ベストに術式銃。私にとってはあってもなくても対して変わらんが伍長の心遣いだ。ありがたくもらっておこう。


「感謝する、伍長」

「いえ! 町を……どうか宜しくお願い致しますっ!」


 手早く軍服の上着を脱ぎ捨ててベストをまとい、熱のこもった敬礼をする伍長に親指を立てて応じると――私は走り続ける列車の窓から外へ飛び出した。

 飛び降りた瞬間に列車に置いていかれ、窓枠に手を当てて私を見つめるマティアスの顔が一気に小さくなる。が、すぐに飛行術式で加速。あっという間にマティアスを追い越すと左に大きく旋回して、火の手が上がる町へと向かっていった。

 眼下に広がる黒い森を眺めながら、眠っている魂へとアクセス。魔法陣が浮かび上がった証である青白い光が全身から放たれ、金色を帯びた瞳のおかげで夜でも視界が一気に広がっていった。


「さて、まずは――」


 さらに加速しながら背面飛行の体勢になり、夜空を見上げた。

 月さえも出ていない今日は連中にとって絶好の奇襲日和だ。濃い緑の機体が藍色の星空に溶け込んで、降下しながら縦横無尽に町を攻撃してくれやがっている。

 きっと近くに王国軍がいないことが分かってるんだろうな。降下にためらいがないし、見せびらかすように無駄にアクロバティックな飛行までしてやがる。

 質実剛健な帝国だが、どこの国にも阿呆はいるらしい。なら――その阿呆には相応の報いをしてやろうじゃないか。

 背面飛行のまま両手を前に突き出す。ターゲットを確認し、魂を並列化して演算を開始する。

 白閃術式を展開。そいつを収束させるよう術式を加工し、さらに魔素を目一杯つぎ込んでやると赤黒い魔法陣が目の前に浮かんで高速で回転を始めた。

 阿呆の一機に照準を定める。一度は大空へ舞い上がった敵機が何も考えず再び地上に向かって降下を始めたのを確認し――


「――吹っ飛べ」


 つぶやきとともに私は術式を解放した。

 その瞬間、夜空を白閃が斬り裂いた。術式が雷鳴のような音を響かせながら突き進んでいき、数秒と経たずして私の放った巨大な術式が数機の航空機を飲み込んだ。

 直後に凄まじい爆発音が空気を震わせた。術式の白閃に真っ赤な炎が入り混じっていく。砕けた破片が赤く燃えながらパラパラと夜空を彩って、やがて燃え尽き夜空に溶けて消えた。


「まずは一発――」


 舌なめずりをしながら笑ってみせる。心臓を喰えないのが少々残念だが、まあもう十分魂は溜まったことだしな。わざわざそんなことをする必要はないか。

 さて。さすがに敵さんもこれが鹿狩りハンティングじゃなくて戦争だと気づいたらしい。町を攻撃していた他の戦闘機たちも旋回してこちらへと向かってきた。


「いい度胸だ、と言ってやりたいところだが――」


 あいにくここは王国の領土で、私は王国の軍人なんだ。だから――どこの誰に喧嘩を売ったのか、思い知ってもらおうじゃないか。

 飛行術式に魔素をつぎ込み加速。地上付近から遥か上空まで一気に飛翔。こちらへ向かってきている戦闘機目掛けて、私もまた一直線に向かっていった。


「おっと」


 戦闘機に備え付けられていた銃口から凄まじい勢いで貫通術式がばらまかれていく。通常の人間なら当然あっという間に蜂の巣にされる威力はあるが、所詮質より数を重視しただけのなまっちょろい術式でしかない。

 防御術式で受け流しながらさらに加速。瞬く間に敵機の姿が大きくなっていく。向かってくる私が避けようともしないからか、コクピットで顔をひきつらせているパイロットの姿が私の瞳に映った。


「――……っ!」

「逃がすかっ!!」


 怖気づいた敵機がすれ違う直前に急旋回を試みる。だが私もまた同じく急激に飛行方向を変え、敵機との距離を詰めていって。

 そして。


「二発目ぇっ!!」


 敵機を追い抜く際に術式を翼に一発お見舞いしてやる。すると一瞬で翼がもげて、錐揉み旋回しながら敵機は地上へと真っ逆さまに墜ちていった。


「これで――ちっ!」


 その隙を狙ったつもりだったんだろう。別の一機が私の背後に回り込んで術式を連射してきた。だが浅はかだな。


「……っ!?」

「そしてぇっ!」


 いくら戦闘中とはいえ、飛行機みたいな爆音を響かせてれば阿呆でも接近に気づくというものだ。上空へと加速することで、突っ込んできた敵機をやり過ごすとそのまま背後に回って機体の上に着地した。

 キャノピーを挟んで、振り向いたパイロットと目が合う。恐怖に歪んで涙が滲んだその顔を見て、ああ、と思わずため息を吐きそうになる。

 悪いな。貴様個人に恨みはないんだが、これも仕事なんでね。貴様が職務を全うしようとしたのと同じ様に、私も職務を全うさせてもらうぞ。

 そんなことを心の中でうそぶいて――全力で術式をぶっ放した。

 キャノピーごと戦闘機が炎に包まれる。衝撃で前後に真っ二つに折れ、機体をそっと蹴って離れる。

 爆発。そして炎上。地上に墜ち切るよりも早く戦闘機は四散し、やがていくつかの白い煙の筋を残して黒い森の中へと消えていった。


「……さて」


 先に撃墜した連中も含め、一瞬だけ目を閉じて黙祷を捧げる。これも戦争なんでな。神に祈る気はないが、安らかに眠ってほしい。

 遠ざかっていくプロペラ音に振り向けば、まだ残っていた戦闘機がみな帝国の方へと戻っていっていた。私のことを知っている奴がいたのかどうかは知らんが、どうやら不利を悟って撤退するみたいだな。


「このまま鬼ごっこをしてやっても良いんだが――」


 航空部隊は帰っていったが地上の連中はそんなつもりはないらしい。次々と砲弾が町へと叩き込まれていってて、地上の様子を窺えば戦車を並べた大量の陸戦部隊が迫ってきてるのが見えた。


「お得意の電撃戦をするつもりか……!」


 魔装具に関しては王国が図抜けているが、機械化部隊、特に車両を使った機動力で前線を押し込んでくるのは帝国の得意技である。しかも圧倒的な物量を誇る帝国だ。こんな辺鄙な町だけじゃなくて他の国境線でも同じ様に侵攻をしているとみていいだろう。

 こういう時は本気で数の暴力というのを実感する。同じ戦場にいれば負ける気はないが、私は一人でしかない。一箇所を守りきったところで他の拠点を奪われれば戦略的には敗北だ。


「だが……」


 まあそんなふうに嘆いたところで何が変わるわけでもない。なら私はやれることをやるだけだ。

 戦火にまさに今焼かれている町が夜空を橙に染め上げていて、その中を一際明るい赤い筋がいくつも彩ったかと思うと、さらにまた空が明るく塗り潰された。

 被害がこれ以上大きくなる前に止めなければ。息を軽く吸うと、私は燃え盛る町目掛けて一気に速度を上げたのだった。









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