2-2. デウス・エクス・マキナ




 私たち二人の目の前に鎮座しているのはとんでもなくでかい代物だ。

 全体的に黒を基調としてて、一見しただけで機能美に目を奪われそうになる。少々離れていても見上げるほどに高くって、そばでチョロチョロと動き回ってる作業員たちが冗談抜きで蟻に見えてくるくらいには圧巻の大きさだ。まったく、こんなものがこんな鉱山の地中深くに埋まってたんだというんだからつくづく驚くよ。


「ようやくここまで来たか……」

「ああ。実に長かったな」


 発掘作業が始まってもう何年になるかね。数えるのも馬鹿らしいくらい金も時間も費やしてきた。だがその甲斐あって約束の時は近そうだ。


「デウス・エクス・マキナ……機械じかけの神か。誰が名付けたか知らんが、洒落が利いてるな」


 近寄ってそいつの表面を撫でながらつぶやく。初めて見た時はどこのオーパーツだと思ってたし、その認識は今でもあんまり変わってない。今の私たちの技術じゃ到底作れないであろう代物であることは間違いなく、滅びた――という表現が適切かは分からんが――古代文明の技術力には実に恐れ入るばかりである。


「やあ、エルディス主任。状況はどうだい?」


 マティアスがDXMデウス・エクス・マキナのそばで見るからに忙しそうな主任研究員によそ行きの笑顔で声を掛けてみれば、長い付き合いですっかり顔見知りの彼は私たちを見て破顔した。


「ああ、お疲れさまです。いらしてたんですね」

「ついさっきね。順調そうだね」

「ええ。見てのとおり発掘作業はもう完全に完了してます。残るは解析作業で、こちらは後どれくらい掛かるか頭の痛いところでしたけど――」エルディス主任がヘルメットの縁を支えながら私を見下ろした。「シェヴェロウスキー大尉が持ってきてくれたあの術式図のおかげでずいぶんと捗りましたよ」


 本当にありがとうございます、とエルディスが手を差し出してきた。が、私はそれを軽く握り返しただけに留めて、帽子をかぶり直す仕草をしてごまかした。

 私が持ってきた術式図というのは、数ヶ月前に大惨事を企んだあのバーナードの描いた図のことだ。

 奴の根城から片っ端から回収した図面やノートの中からこのDXMの解析に役立ちそうなものを整理して持ってきたのが三ヶ月前の話。持ってきた私も半信半疑ではあったのだが、このエルディスを始めとしてここに詰めている技術屋連中は私が思っていたよりも遥かに優秀だった。

 壁にぶち当たって解析作業はしばらく停滞気味ではあったのだが、バーナードの図式をヒントにブレークスルーを得ると、そこからはトントン拍子に作業が進んでいったらしい。壁に当たるまでのペースを遥かに超える勢いで解析は進んでいるというのだから恐れ入る話である。

 一方でそのきっかけを持ってきた私へ事あるごとに感謝を伝えてはくれるのだが、しょせん他人のふんどしに過ぎない。自分が考えたわけでもあるまいし、死んだバーナードから黙って拝借しただけの泥棒じみた行いを称賛されたって嬉しいはずがなかった。


「それよりエルディス主任。あまりのんびりもできないんでな。できれば早いところいつもの作業を済ませてしまいたいんだが」

「おっと失礼。それじゃどうぞこちらへ」


 ペラペラとマティアス相手に説明していたエルディスだったが、ここに来た目的を私が促すと自分の行いに苦笑いしながら目的の場所へ案内してくれた。

 DXMの側面に取り付けられた簡易的なはしごを五メートルほど昇ってエルディスが降り、手でDXMの表面を軽く撫でる。すると一辺二十センチほどのサイズで切れ込みが入って、その部分がスライドしていく。さらに下からは灰色のプレートが迫り出してきて、いつもどおりに私はそこに手をかざした。


「くっ……」


 途端に魔法陣が浮かび上がり、私の中に蓄えられていた魂のエネルギーがDXMへと流れ込んでいく。これまで何度も繰り返した作業ではあるんだが、どうにもこの感覚には慣れん。

 ちなみにDXMに流している魂のエネルギーは、もっぱら地下で私が喰ったミスティックや表に出せない犯罪者どもがほどんどである。当然、過去に喰ったカールハインツどもの魂も存分に有効活用させてもらっている。


「どうなんだい? ずいぶんと溜まってるように見えるけど……?」

「素晴らしい量です……! 概算ではありますが今回追加頂いた分で、起動に必要なエネルギーは溜まったかと」

「本当か?」


 滲んだ汗を拭いながら尋ねるとエルディスが大きくうなずいた。マティアスと顔を見合わせれば、どちらともなく勝手に頬がほころび、お互いの手を軽く叩き合わせれば小気味よい音が鳴り響いた。それは祝福の鐘のように私には聞こえた。


(そうか……ついに溜まったか)


 どれだけの魂をここに注ぎ込んだか。軽く振り返ってみると感慨深いものがこみ上げてくる。時に喰いたくもない魂を喰らったりもしたがそれさえも報われた気分だ。私の奥底で眠る魂たちも心なし弾んだような感覚がある。もちろんそんなことはないだろうが、うん……悪くない気分だな。ぜひともこの場で祝杯を上げたいところだが、それはもう少し後に取っておくか。


「なら、後は解析の方だけだね?」

「そうですね。そちらも実はもう一週間も頂ければ完了しそうなのですが……」


 と言いつつもエルディスの顔は浮かない様子である。コイツも発掘の初期段階から携わっていてDXMの完成を切望していた人間である。もっと嬉しそうにしても良さそうなもんだが。


「その割には難しい顔をしているね。何か懸念でも?」

「ええ。そうですね……こちらへどうぞ」


 そう言ってエルディスがはしごを降りて、少し離れたところに作られた簡易的な事務所の中へと案内してくれた。膨大な数のファイルが並んだ棚からそのうちの一つを取り出すと、術式が描かれた図面を一つ取り出して机の上に広げた。


「先程お伝えしましたように、数週間のうちに解析作業は完了する見込みではあるんです。というのも、概ねどんな術式と原理で動作するかが目星がついているからなんですが……」

「この図面の術式だけが解けない、と?」


 エルディスを見上げると、幾分悔しそうな顔でうなずいた。自分たちで解決できないのは悔しいが、私の――正確には私の中に眠る連中の――知識をまた借りたいということなのだろう。


「重要な部分なのかい?」

「いえ、そういうわけでは……我々の見立てでは、この部分がなくてもおそらく問題なく起動はするはずです。ですがどうしても気になりまして」

「確かに、な。ここまでこぎつけたんだ。できることなら万全を期した方が良いに決まってる」


 もう殆ど実現まで来ているんだ。ここで問題を軽く見て取り返しのつかない事態になんてなってしまったら私もマティアスも、もう立ち直れないぞ。

 とはいうものの……私も果たして役に立てるかどうか。ともかくも図面を覗き込みつつ、中でぐーたら寝てばっかりいる魂たちにアクセスして検索してみる。


「どうでしょう?」

「……残念ながら該当するものはなさそうだな」


 閉じていた目を開いて首を横に振るとエルディスも残念そうに肩を落とした。しかしまあ、さすがはドクターというべきか、もしかしたら参考くらいにはなるかもしれん術式を蓄えてやがった。DXMはドクターが生きていた時代よりも遥かに昔の代物だし、見た目が似てるだけのてんで的外れな術式かもしれんが……まあ何かのヒントにはなるだろう。その場でさらさらと紙に術式を描いてエルディスに手渡してやる。


「ふむ……ああ、なるほど、ここがこうなってこうなるから……いや、でもそうなると――」


 すると、渡したメモを睨みつけながらエルディスが一人ブツブツとつぶやき始める。邪魔するのもアレなのでマティアスと雁首揃えてしばらくは戻ってくるのを待っていたんだが、夢中になった技術主任殿の頭から我々はすっかり抜け落ちてしまったらしい。

 このまま放置して帰っても気づかなさそうだが、さすがにそれもかわいそうなので興が乗ってるところを申し訳ないと思いつつも肩を叩いて現実に引き戻してやった。


「あ……失礼しました」

「いや、別に構わん。それよりもどうだ? 役には立ちそうか?」

「今の時点ではなんとも言い切れませんね。ですが、これまでにない新しい視点は得られそうです。感謝します、大尉」


 なら良かった。できるならこのまま答えに辿り着いてくれれば嬉しいが……まあエルディスのことだ。時間はかかってもきっと解析を完了させてくれることだろう。


「ではエルディス主任。ここまで来たらなんとも待ち遠しいけれども、万全を期すことを優先しよう。時間は掛かっても構わないから、なんとかこの不明点を明らかにしてくれ」

「ありがとうございます、マティアス准将。いずれ吉報をお持ちしますよ」

「期待しているよ」


 いくつか指示を伝え始めたマティアスを置いて先に事務所から出て、目の前に広がる巨大な古代の機械を見上げる。いざゴールが見えてくると気持ちが逸ってしまうな。早くコイツが動くところを見てみたいものだ。そうすれば、私をこんなところに連れてきてくれやがったクソッタレどもに一矢報いることができるし、なによりこんなクソな――


「……クソというほど、この世界も悪くはなかったかもな」


 散々なことばかりの人生ではあった。が、捨てたもんじゃないと思えるくらいには良いこともあったからな。捨てるには……まあ多少の逡巡は否めない。


「どうしたんだ、アーシェ? ぼーっと突っ立って。珍しい」

「なんでもない。ちょっと感慨にふけってただけだ」


 後ろから来たマティアスに声を掛けられ、帽子を目深に被り直す。

 最悪の人生でも、私がたどり着けたこの場所は最悪じゃあない。そう考えると急に名残惜しさが沸いて出てくるが、今さら私も後には引けない。

 揺れる気持ちをマティアスの腹を軽く殴ることでごまかすと、うずくまる王子様を置いて私は出口に向かって歩き始めたのだった。





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