7-1. つまり、あの人が元凶なんですね?






「……久しぶりだな」


 睨みつけながら声を掛けてみる。が、使徒の女は返事の一つも寄こしてくれやしない。

 なんというか……正直言ってコイツは苦手である。こちらに反応してくれない性格もそうだが、なにより魂の匂いがほとんどないのが気持ち悪い。気配も薄いから今みたいに行動を起こしてくれなきゃ存在にも気づきづらいし、戦いにくいことこの上ない。おまけに喰ったところで味は淡白。文字通り何の旨味もないときたもんだ。

 とはいえ、泣き言を言ってはい、さようなら……というわけにもいくまい。

 目の前の女はミーミルの泉を手にして、さももう用は済んだとばかりに背を向けていた。私を無視、というよりは目的の事しか実行しないプログラムじみた行動の結果のように思えるが、何にせよ――


「逃がすわけにはいかないんだよっ!」


 即座に術式を展開して攻撃を開始。大量の貫通術式が女の背中目掛けて飛んでいくが、奴は滑るような動きであっさりと回避して、後ろにあった機械が壊れただけで終わった。

 だが私とてそんな上手くいくなどと思っていない。避けられることは承知の上。術式を放つと同時に床を蹴り、近接戦へ持ち込む。

 一足の間合いにまで接近して全力で攻撃を繰り出していく。術式により私自身の身体能力を強化し、それこそサイクロプスだろうがミノタウロスだろうが一撃でぶっ飛ばす威力のはず……なんだが、目の前の無表情フード女は涼しい顔で私のパンチも蹴りも受け流してくれていた。なんとも自信をなくしてしまいそうではある。が、コイツの強さは前も戦ったから分かっている。

 内で眠る魂へのアクセス量を増やす。並列演算をさらに増加。全力で近接攻撃を仕掛けながら、並行して術式を展開。負荷がかかった頭に痛みが走り始めるが、それを無視して奴への攻撃の手数を増やしていく。


「……」


 一気に増えた手数に、さすがの使徒も防ぐのは苦しくなったらしい。数歩後退し、術式が当たり始める。威力は不十分だが、奴の体勢を崩すには十分だ。


「るらぁっっっっ!!」


 わずかに生じた隙。そこを逃がすわけにはいかない。

 鋭く一歩を踏み出す。だが使徒の方も即座に応じ、崩れた体勢ながらも私に向かって術式をまとわせた掌底を突き上げてくる。

 迫る一撃。タイミングは完璧。間違いなくカウンターは私の胸を打ち抜くだろう。あくまで――私が攻撃するつもりであれば、だが。

 踏み込んだだけで攻撃はせずに体を沈ませる。使徒の腕は胸ではなく頬をかすめていくだけ。そして私の背後では――予め潜ませておいた魔法陣が発動を待っていた。


「これでも喰らってろっ!」


 次々と使徒の体に命中し、術式が炸裂していった。術式に対する防御力が高いようで大ダメージには至らないが、奴の体が衝撃に翻弄されていく。

 そこに私の拳が女の胸にめり込んだ。白い装束を強かに叩き、後ろへと吹っ飛んでいく。だがこれで終わりじゃあない。

 大の字になって壁に女が叩きつけられようとしたその直前に、今度は背後でも爆裂術式をお見舞いしてやった。力はあれども体重そのものは軽いんだろう。女の体が今度は私の方へと吹き飛ばされてくる。

 こちらに対して完全に無防備になった女の姿。私の瞳がミーミルの泉を握っていた奴の右腕を捉え、そこ目掛けて思いっきり脚を振り上げた。

 関節から響く鈍い音。手のひらの拘束から自由になった宝石が宙に舞い、それに向かって私は手を伸ばし――


「がっ!?」


 だが掴みきるより前に胸に衝撃が走った。視界が急速に天井を向いて体に浮遊感。痛みのせいで思考に一瞬空白が生まれるが、地面に叩きつけられるより早く我に返ると、体勢を整えて着地した。


「クソッ、あと少しだったんだがな……」


 愚痴りながら胸元を見れば服に新しい穴が空いて煙が上がっていた。どうやら奴の術式を喰らったらしいが、まあどうってこと無い。それより今の攻撃で宝石を奪いきれなかった方が痛い。

 で、クソ女はというと――折れてない左腕で宝石をしっかりと握っていた。蹴り飛ばしてやった右腕はダランと下がってたが、宝石を懐にしまうと左腕で「ゴギッ!」と痛々しい音を立てて右腕をはめ込み、何事も無かったように動かし始めやがった。


「少しは痛い素振りでも見せてほしいもんだな」

「……」


 あんまり期待してなかったが思ったとおり反応はなし。ちょっとばかし寂しいが、まあいい。別に馴れ合いたいわけじゃないしな。


「う…ん……?」


 睨み合ってると、足元でうめき声が聞こえてきた。どうやらウチのねぼすけ姫もお目覚めらしい。


「……え? へ? あえっ!? アーシェさんっ!? まさか死んじゃったんですかっ!? 逃げてって言ったじゃないですかっ!? 何やってんですか、もう!!」

「勝手に人を殺したうえに怒り出してんじゃない。寝ぼける前に状況を確認しろ」

「へ……? って、ああ! この人っ!! トライセンさんの時のっ!」


 ニーナは女を指差して素っ頓狂な声を上げた。目が覚めた途端に騒々しい奴だ。だがそれでいい。それでこそこちらの調子も戻ってくるというものだし、何より、さっきみたいに静かに横たわっているニーナの姿なんて二度と見たくはないからな。


「っていうか、あれ? 私なんで生きてるんです?」

「今さらか……ま、細かい話は後だ」


 というか私の方が色々とコイツに問い詰めたいんだが。まあそれはさておき。


「あの女が持ってるのを見てみろ」


 そう言ってやるとニーナが息を飲んだ。決して頭の回りが鈍いわけじゃないからな、ニーナも。すぐに察してくれたらしい。


「……つまり、あの人が今回の事件の元凶なんですね?」

「正確にはそのバックにいるクソどもだが、まあそういうことだ。

 悪いがお前を守りながらなんて余裕はないんでな。そこでまだ寝たまんまのカミルと一緒に奥に引っ込んで、自分で身を守ってろ――いいな!」


 叫ぶやいなや、私はまた地面を蹴った。

 低い姿勢を維持して走る。部屋の中を弧を描くように駆け、使徒の女も私から一定の距離を保とうと同じ様に回り始める。

 グルグルと牽制しあいながら、途中で頑張ってカミルの巨体を抱えているニーナのケツを軽く叩いて奥の部屋に押し込む。

 走りながら周囲に術式を展開。しかしまだ全部を発動させはしない。いくつかを牽制として放ちつつ残った術式に魔素をつぎ込んで威力を強化していく。

 それは女の方も同じで、両手に術式をまとわせ、さらにその頭上にも術式の魔法陣が浮かんでいた。

 脚を止めずににらみ合ってタイミングを見計らい続ける。永遠に続くんじゃないか、なんて気もしてくるが、あいにく私は気が長くない。

 なので――こちらから仕掛ける。


「はっ!」


 弧を描くのを止め、真っ直ぐに女目掛けて地面を蹴る。瞬間的に加速して最高速に。女の方も瞬時に反応して展開していた術式を放ってくるが、私も左右にステップを踏んで避けつつ距離を詰めていき――


「プレゼントだっ!」


 そこらに転がっていた机を女目掛けて蹴り飛ばした。女は若干面食らったようではあるが、そこは単なる木製の机である。焦ることもなくあっさりと粉砕されたが――


「……っ!」


 女が机を拳で砕く同時に、眩い閃光が一気に溢れ出した。机の背後に忍ばせておいた術式を発動させたものだが、光が溢れた瞬間に女の動きが一瞬止まる。コイツも人間と同じく目で私を確認しているらしくて助かった。


「はあぁっ!」


 砕けた破片の雨を浴びながら女の側面に潜り込み、脇腹に渾身の拳をお見舞いしてやる。女の体がまたたく間に吹っ飛んでいき、拳にも中々にいい感触があったんだが――やはりダメージらしいダメージはないようで、すぐに体勢を整えると痛みに顔をしかめる素振りもなく壁を足場に着地した。まったく、コイツを相手にすると実に嫌になる。

 だがまあ、殴っても効果がないなら。


「喰らってやるまでだっ!」


 展開していた術式を一斉に発動させ、女に術式の雨を降らせていく。貫通術式は防御術式で防がれるが、吸収しきれなかった衝撃で壁際に釘付けにするとすかさず爆裂術式を炸裂させた。

 全力で戦うにはどう考えたって狭すぎる室内。分かってはいたが構わずぶっ放したせいで部屋中に爆風と砂埃が荒れ狂っていき、立ち込めたその煙幕をぶち破って女が飛び出してきた。

 さすがに多少のダメージはあったのか、白装束のあちこちが破けて肌が露出していた。血らしいものも流れているが、出血そのものはもう止まっているようだった。似たような体質の私が言えたものではないが、相手にすると本当に厄介だな。


「くっ!」


 今度は向こうから術式がお見舞いされる。白閃が一瞬で私へと押し寄せ、それを感覚だけで避けていく。避けきれずいくつかがかすっていき、皮膚が切れて軽く鮮血が舞う。それでも脚を私は止めない。

 未だ砂煙が立ち込める中で再び女との距離を詰めていく。少々の被弾は無視だ。当たる度に泣きたくなるが、コイツ相手に無傷で勝てるはずもないことは分かっている。歯を食いしばって駆けていき、私からも術式を四方から浴びせていく。


「……」

「とっととくたばれっ!!」


 術式の打ち合いが続き、だが私の放った一発が使徒の女に命中して体勢が乱れた。

 地面に着弾した術式が砂煙を巻き上げ幕となって女の体を隠していく。しかし再び訪れたこの期を逃すものか。

 迷わず私も煙幕の中に突っ込む。風が煙を吹き飛ばし、薄くなったヴェールの向こうに女の影を見る。

 私の体が煙の幕を突き破る。その先に、体勢が乱れたままの女の姿が映った。


「おおぉぉぉぉっっ!」


 狙うは女の心臓、そしてそこにあるはずのミーミルの泉。その二つを掴むつもりで私は腕を思い切り突き出した。

 意図通り女の心臓をまっすぐに貫いていく。腕が貫通し、肘までが女の胸に埋まった。

 だというのに――私の手のひらには何も乗っていなかった。心臓も、ミーミルの泉も。それどころか肉の欠片も血の一滴もなく、貫いた感触さえない。

 何故、と疑問が駆け巡った瞬間、女の姿が目の前で消え失せた。


「幻影術式っ……!」


 ぬかった。そう思った途端に背後に気配。急いで振り向くが、時すでに遅し。

 激しい衝撃が全身を駆け抜け、私の体は宙を舞っていた。





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