6-1. 今のは痛かったぞっ!
「アーシェさぁんっっ!!」
「うろたえるな」
体重が軽いので派手に吹っ飛びはしたが、ガードは間に合った。腕の骨が一瞬で砕けて正直わめきたくなるくらい痛いが、部下の手前やせ我慢である。
歯を食いしばりながら体勢を空中で整え、壁に脚から着地。骨は瞬時に修復したものの未だ痛みだけは残っているがそれを無視して壁を蹴り、今度はこちらからミノタウロスのへと近づいていく。
振り下ろされるアックス。その柄を殴ってへし折ってやれば、ミノタウロスがギョッと間抜け面をさらしてきたので遠慮なく横っ面目掛けて拳を振り抜いた。
「今のは――痛かったぞっっ!!」
冗談抜きでマジで痛かった。怒りに任せて両腕を連続で振り抜く。右左右左……と叩き込み、トドメに顔面に火炎術式をお見舞いしてやるとふらつきながら暴れだした。ミノタウロスの表皮はなかなか耐熱性が高いが、呼吸できねばそら苦しいだろうさ。
すっかり私どころではなくなってがら空きになった首の下。そこ目掛けて腕を突き出す。
ずぶ、と肉を割く感触の後に伝わる独特の質感。鮮度の良い核を抜き取ると、かじりながらニーナたちのあとを追いかけた。
だが、結構先に行ったはずの二人がすぐ先で立ち往生していた。
「何をしているっ!?」
「隊長!」
「扉が開かなくて……!」
どうやら私たちはようやく行き着ける先まで到達できたらしい。が、最後に待ち受けていたのは土壁の大扉。どうやら術式的なキーで開くタイプのようで、当然ながら一方的に押しかけた挙げ句に大量の歓迎を強行突破してきただけの私たちに対して家主が快く開けてくれるはずもない。
振り返らずとも背後からは大量の屍鬼たちが押し寄せてきている。酒の海に溺れるというのは一度くらい体験したいが、屍鬼の海に溺れるなんてのは一度たりともゴメンである。
ここが終着点。なら――やることは唯一つだけだろう。
「二人とも伏せてろ!」
「……うそだろっ、隊長ぉぉぉっ!?」
「まぢですかっ!?」
二人が飛び退くのとどっちが早いか。魔素を込めて威力を底上げした爆裂術式を扉目掛けてぶっ放した。
術式がニーナたちの頭上スレスレを通過して炸裂し、けたたましい音を立てて爆発する。やがて爆風と爆煙が収まると、扉は木っ端微塵に砕け散っていて中の様子が丸見えとなっていた。
もっとも、そんなもんを使えば当然ながら。
「やべぇ、天井が崩れるッ……!」
カミルが叫んだ通り轟音を響かせて頭上からパラパラと土や小石が落下を始める。轟音は次第にでかくなり、それに伴って落ちてくる土や石の量が増していって、追ってきたミスティックどもも騒ぎ始めた。
「急げニーナ! 潰されるぞッ!」
「は、はいッ!」
一足先に中へと逃げたカミルが怒鳴るが、ニーナはというと重い荷物のせいでなかなか起き上がれずにもがいていた。それでもやっとのことで立ち上がって中へ駆け込もうとしていたが――
「あ……!」
「ニーナァッ!!」
崩落してきた巨大な岩。それはニーナの真上へと落下しており、まず間違いなく直撃のち潰れたヒキガエルコース一直線である。
だがまあ、優秀な部下に私のせいで死なれては困るので。
「へぶぅッ!?」
潰される直前でケツを蹴り飛ばしてやり、扉の中へと叩き込む。そして私の方も落下してきた岩を術式で破壊し再び加速。ニーナから一拍遅れて扉の先に転がり込むことに成功した。
直後、巨大な岩石が次々と落下を始めた。
私たちと同じ様に逃げ込もうというのか、それともこの期に及んでもまだ命令に忠実に襲いかかろうとしているのかはしらんが、ミスティックどもの部屋へ押し寄せてくる姿が見えたが一歩及ばず。私たちとの間が岩石で埋まっていき、またたく間に姿も声も完全に消えた。やれやれ間に合ったか。
「これで一安心だな」
「一安心かもしれませんけどぉ……」
恨みがましい声に振り向けば、壁とリュックに支えられて倒立状態になったニーナがいた。
「どうやらケガもなさそうだな。頑丈な部下を持って嬉しいよ」
「お尻がさっきからヒリヒリしてます」
「そうか。痛みを感じられる喜びを噛み締めてるんだな」
「ナデナデしてください。そしたら痛みなんて忘れられます」
「だそうだぞ、カミル?」
「頼むから俺を巻き込まんでくれませんかね?」
逆さのまま「さぁ!」と期待と気合が多分にこもったニーナの眼差しを受け流しつつ部屋の中へと視線を巡らしていく。
私たちがいたのは結構な広さのある部屋だった。ここもまた血の匂いが染み込んでいて、その原因であろう小動物の死骸があちこちに転がっていた。机や作業台みたいなのが何箇所かあって、いずれも術式の描かれた紙が大量に散らばっている。
「この部屋……」
「ああ。奴さんが研究していた部屋だろうな」
床に落ちていた紙を一枚拾ってみる。数式とメモで真っ黒になったその中に描かれてある魔法陣には見覚えがある。地上のやつに組み込まれていたはずだ。やはりここに吸血鬼はいた。それは間違いないんだが、肝心のクソ野郎がいないじゃないか。
――と思っていたら。
「……もう来ちゃったか。もうちょっと時間を稼げると思ってたんだけどな」
壁だったところが突然消え、そこに真っ黒なローブをまとった痩せぎすの男が姿を見せた。
さすがは吸血鬼。ずいぶんと私たちより年長なんだろうが見た目は相当に若い。だがずいぶんと疲弊した様子である。目元はひどいクマができてて顔色も悪く、それでも私たちに向かってうっすらと笑みを浮かべた。見つめてくるその眼はどこまでも昏くて、覗き込めばそれだけでこちらが囚われてしまいそうでゾッとする。現にニーナは本能的に恐怖を感じたのか喉を鳴らしながら一歩後ずさっていた。
「お前が地上の魔法陣を作り上げた吸血鬼だな?」
「ああ、そうだよ。せっかく来てくれたお客さんだ。軽い自己紹介くらいはしておこうかな。
僕はバーナード・ファーナー。勝手に吸血鬼にされてしまった間抜けな元人間さ」
「……そうか。私は王国中央軍のアーシェ・シェヴェロウスキーだ。別に覚えておかなくても構わん」
自嘲が多分に混じった自己紹介をされたって反応に困るんだが、とりあえず私も自己紹介で無難に返しておき、ちらりと奴の背後に視線を移す。
薄暗くて分かりづらいが、これまでの洞窟のように自然的な作りから一変して、中はずいぶんと近代的な様相だ。機械が居並んでるし大量の術式があちこちに散りばめられている。
そして、部屋の中央にある台座の上。そこに置かれているミーミルの泉を見つけてしまい、コイツのバックが誰なのかを理解してつい舌打ちが出てしまう。
「こんな穴蔵にそれだけの設備。ずいぶんと金と時間が掛かってそうだな。貴様一人で準備したのか?」
「まさか。太っ腹なスポンサーがいてね。
嬉しそうにバーナードが語ってくれやがり、もう一発舌打ちが出た。やっぱりアイツらが噛んでいたか。まあだいたい予想はついていたがね。
「……クソッタレめ」
何度見てもあの
「装置を今すぐ止めろ……と言っても聞いてはもらえないんだろうな」
「当たり前じゃないか」バーナードが微笑んだ。「この宝石を完成させればあの頃に……家族と暮らしてた頃に戻れるんだ。それをどれだけ、どれだけ待ち望んでたか。君に分からないだろう?」
嘲るような口ぶりでバーナードは吐き捨てた。確かに普通は分からないだろうし、理解しようともしないだろう。
だがな。
「……いや、分かるさ」
「アーシェさん……?」
コイツの過去は知らん。が、勝手に吸血鬼にされたと言った。ならば私だって似たようなものだ。願いを叶えるやり方がただ少し違うだけ。コイツの絶望、願い、渇望。他の誰が分からずとも私には伝わってくる気がした。
「カミル、ニーナ。少しコイツと交渉させてくれ」
「交渉?」
返事を聞く前に術式を展開し、私とバーナードを囲むように空気の層を固定する。これでニーナたちには声は届かないはずだ。
「……何のつもりかな?」
「そう警戒しなくていい。提案があるだけだ」
「提案?」
「そうだ。貴様と私――協力しないか?」
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