5-3. 苦情は受け付けん
「二人とも捕まれっ!!」
捕まれ、と言いつつ私の方からニーナとカミル二人を引っ掴んで空へと飛び上がった。
直後に揺れが一層激しさを増す。振動によって表面の土が剥がれ落ちていき、次第に隠れていた魔法陣が顕わになっていった。
「お、お、落ちるぅぅっ!」
「暴れるな、ニーナ! カミル、貴様は太り過ぎだ! 自分で飛行術式を使え! じゃないと手を離すぞ!」
ベルトだけで支えられる形になったニーナが悲鳴を上げるが、とっさに二人を掴んだせいでバランスが悪くてそれどころではない。おまけにニーナは魔装具たっぷりのリュックまで一緒だからな。だが、幸いにしてカミルは浮くだけなら飛行術式を使えたはずだ。移動もままならんし、地面で使うとせいぜい数十センチ浮くレベルだが、私が抱えてるだけよりもマシだろう。
私が命令するとカミルの顔にずいぶん冷や汗が滲んでいたが、程なくして左腕に掛かっていた荷重がかなり軽くなった。
「……魔装具無しで使うなんて久しぶり過ぎてやり方忘れてたぜ」
「ならばこれからは隊でも定期的に訓練することにしよう。魔装具は便利で効率もいいが、常に持っているとも限らないからな」
カミルからもホッとしたような声が聞こえ、軽く引き上げて肩に捕まらせる。ニーナも同じ様に反対側の肩にしがみつかせるとようやく人心地ついたようで、ため息が耳元で響いた。
「……ありがとうございます。でも、いつも思うんですけど私の扱い、ちょっと雑過ぎませんか?」
「お前だったら少々扱いが雑でも大丈夫だと信頼してるんだよ」
「雑は雑なんですね……」
「ならあんな風になりたかったか?」
そう言ってあごでしゃくる仕草をしてみせると、ニーナは私が指した方へ振り向き――言葉を失った。
眼下では想像以上に巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。赤黒く、宵闇の中でもハッキリと視認できるほどに光を発していて、ずいぶんと禍々しいそいつは見ているだけでこちらの不安感を煽ってくる。
そして魔法陣の内側。そこでは見るもおぞましいことが起きていた。
ぎっしりと生えていた木々が次々と色彩を失っていく。緑色だった葉っぱはうすい茶色となって地面に落ちていき、冬でも変わらぬ生命力に満ちていた太い幹からは水気が失われ干からびてしまって、その体を支えきれずどんどんと倒れていった。
「な、なんですか、これ……!?」
「魔法陣の効果なのは間違いないだろうよ」
さらに言えば、吸血鬼が血を吸い尽くした時の様子に酷似しているか。木々からは完全に生命力を奪いつくされてて、それはすなわち――魂が奪われているのと同義だ。
視線を上げて魔法陣の全体像を見渡した。巨大だろうとは思っていたが、その大きさは目算で直径数百メートルになるだろうか。こんなもの、果たして敵はいつから準備していたんだろうな。
「敵さんは、なんだってこんな術式を作りやがったんだ?」
「さあな。だが……だいたい想像はつく」
「本当ですか?」
ニーナに向かってうなずく。木々が枯れていく様子から、魔法陣が魂を吸い取っていくというのは分かった。そして、「魂を吸い取る」というキーワードがあれば自然とある事件に結びつく。
あの忌まわしいマンシュタイン殿の事件に、な。
「そんなっ! なら一刻も早く止めないと……!!」
「分かっているっ!」
皮肉にも魔法陣が発動したおかげで、発掘せずとも術式の全体像が見えた。魔法陣を凝視しながら内に眠る魂にアクセスしていく。
いつもならば様々な魂を対象に検索して眼下の魔法陣と照らし合わせていくが、今回に至っては迷わずドクターの魂に絞った。それが最も効率が良いはずだ。
「早く、早く……!」
気ばかりが急くが、ドクター一人といえども蓄えている術式の知識は膨大だ。おまけにこれほどの魔法陣がまるごと既存の術式で存在しているはずがない。相当な量の術式を組み合わせ、かつオリジナルの部分も組み込まれているとなれば大量の魂で並列演算させても解析に時間は掛かってしまう。
まだかまだかと焦りばかり募り握った拳に力がこもる。
と、その時魔法陣が放つ光が急激に増した。
「っ……、今度はなんだってんだ!?」
「光が……!」
魔法陣から夜空へと一気に赤い線が伸びていった。一瞬ではるか上空まで立ち上ったそれは、あるところで弾けると三六〇度全周方向へ飛び散っていって地上をすっぽりとドーム状に覆ってしまった。
見回す。どの方向も赤いカーテンのような壁ができていて、そのサイズは直径で魔法陣の数倍のサイズになろうかというとてつもないサイズだ。
「まさか……!」
ふと思い至って解析を続行しながら赤い壁へと飛んでいき、手を伸ばす。すると比喩でもなんでもなくそこには確かな壁の感触があって、力いっぱい蹴り飛ばしてみるがまるでプリンか何かを蹴っ飛ばしたようにまるで手応えがなかった。
ならば、と術式を放ってみる。すると予想通りというべきか、術式は赤い壁に当たってそのまんま私の方へと跳ね返ってきた。
「閉じ込められたというわけか……!」
「そんな……!」
反射された術式を避けながらも舌打ちを禁じえない。全力で術式をぶっ放せばなんとかなるかもしれんが、失敗すれば自分の術式に飲み込まれてしまう。私は大丈夫だがニーナとカミルの二人は助からないかもしれず、そんなリスクを犯せるはずもない。
「解析! 解析はまだですか……!」
「後少し、後少し……! 終わったっ!!」
完全に読み解けたとは言い難いが重要な部分の解析が完了した。
その結果分かった魔法陣の効果は、やはりと言うべきか、範囲内にある生命体――動物植物問わずだ――の魂を吸収してしまうというものだった。
「……まずいな」
思わずそんな言葉が口をついて出た。効果については分かっていたことだが、その範囲がまずいもまずい、とんでもないものだった。
吸収するのは魔法陣の内側に存在するものだと、枯れていく木々を見てそう思っていたが、そうじゃなかった。たった今作り上げられたドーム状の空間。その中にあるあらゆる魂を吸収してしまうというもので、つまり私たちもその対象だし――
「ひょっとして、町もですかっ!?」
ニーナの悲痛な声に、私も渋面でうなずいた。
先日買い出しのためにニーナたちが訪れた町。ここから数キロ離れているが、おそらくそこもこのドームの内側に入ってしまっている。田舎の小さな町とはいえ数百人レベルで住んでいる人間がいるはずだ。
幸いにして、魔法陣本体の外側にいる私たちには魂を吸収されているような実感はないし、これほどの大規模であれば完全に魔法陣が効果を発揮するには相応に時間も掛かるに違いない。だからまだ、諦めるには早い。
「とはいえ、ピンポイントで魔法陣を破壊して回ってる時間はないか……」
解析結果を元に魔法陣を破壊するにしても、暴走させないためには正確に必要な箇所を何箇所も壊す必要がある。とてもそんな作業をしてる暇などない。
「ってことは、術者本人をぶっ倒すのが早ぇってことだな」
カミルの言葉にうなずく。魔装具とかに刻まれる術式と違って、この手の術式は魔法陣の近く――それも中心付近に術者がいなければならない。そいつさえ倒してしまえば魔法陣も速やかに停止するはずだ。
「でもどこに……? どこにも術者なんて見えませんよ?」
当然ここから目視で見つけるのは難しいのだが、魔法陣が発動する直前に私が気配を探っても周辺にそれらしい人物はいなかった。索敵術式を使ってみるも、どこにも反応はない。
いったいどこに隠れてやがる。迫るリミットに焦燥ばかりを覚え、落ち着けと自分に言い聞かせながら周囲を再度探っていく。
「……ん?」
そうしているとふと破壊された地面が目に入った。それは、昨日ミスティックを倒すために私が術式を放った跡であり、その時は特に何も思わなかったが改めて眺めてみると何か違和感を覚え――すぐに答えに行き着いた。
「そうか、そういうことか……!」
術式を地面に放てば通常はクレーター状にえぐれた状態になる。が、眼下にはクレーター状ではなく岩石が
「二人とも捕まってろっ!」
ニーナたちの返事を聞くよりも早く、岩石が転がっている場所へ術式を放つ。
着弾と同時に破裂した術式が岩石を吹き飛ばしていく。その爆風を浴びながら地上に下りていき、見えてきたものに思わず声を上げた。
「やっぱりか!」
岩石が吹っ飛んでいったその先にあったのはポッカリと開いたトンネルだった。壁の両側にはランタンが一定の間隔で設置されていて、どう見たって天然の空洞なんかじゃない。
「地下にこんなのが……」
「地上をいくら探しても見つからないわけだ」
こんなものがあって、術者である吸血鬼がいないなんてことはないだろう。少なくとも痕跡くらいはあるはず。本来は別の場所にある入り口からお邪魔するのだろうが、なに、時間が無いからちょっとばかしショートカットさせてもらうだけだ。苦情は受け付けん。
「行くぞ、時間が惜しい」
「……了解です」
濃密な魔素が溢れてくるのをひしひしと感じ警戒を強める。それは私だけじゃなく、カミルとニーナも同じだ。ニーナはリュックの肩ベルトをしっかりと握りしめ、カミルも発砲できるよう銃を前で構えて歩く。
そうして私たちは洞窟の中へと消えていったのだった。
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