3-3. 縁があればあの世で会おう




「な、なんなんですか、この人たち……」

「屍鬼だよ」圧巻な光景に思わず変な笑いが漏れた。「吸血鬼に魂を縛られた生物の成れの果てだ。あるいは生ける亡者というべきか」


 しかしまさかこれだけの人数がいるとはな。マティアスの話だとこの辺りでの行方不明者は数十人だったはずだが、この様子だと他の場所で作った屍鬼も含めて被害者数は三桁はくだらないぞ。


(それはそれで気がかりだが……)


 家の中で転がっているだろうアイゼンフート軍曹のことが気になった。

 宵の口に私たちを案内してくれた時はまだ普通の人間だった。穏やかな口調も柔和な笑みも、彼とは今日初めて顔を合わせたがとても屍鬼だったとは思えない。


(であれば――)


 軍曹はいつ屍鬼になった? 私たちと別れてから今までのたった数時間の間か? ならば敵の吸血鬼はこの近くに潜んでいるに違いない。

 だが、だとしてもだ。仮に私たちと別れてすぐに軍曹が襲われたとして、屍鬼として完全に制御下に置くには時間が足りなさすぎる。吸血鬼の血を媒介にして、屍鬼とする人間の魂に馴染ませるには普通は一晩は掛かるはず。リスティナほどの吸血鬼ならば短時間でも十分だろうがあいつみたいな吸血鬼がゴロゴロいてもらっても困る。


「……いや、あれこれ考えるのは後回しだ」


 屋根の縁に手をかけた屍鬼を蹴落としながら頭を切り替える。家の中だと術式も使いづらかったが、外に出てしまえば存分に使えるのでここは一網打尽にしてしまおう。

 軽く息を吸って内へ眠る魂にアクセス。夜中で月明かりもないというのに視界が明るく開け、瞳が金色に輝き出したのを自覚。全身から魔法陣が青白く浮かび上がり、頭の中でありとあらゆる術式がめまぐるしく動き回っていく。

 さて、どの術式にするべきか。爆発するタイプは家に被害が出るから論外。この寒空で野宿はもうゴメンだからな。加えて、敵が屍鬼であることを加味すると――


「……まあコレしかないか」


 貫通術式をベースに別の術式を付与。魂を演算器として瞬時に方程式を演算。

 頭上に魔法陣が形作られていく。赤黒い色調が仄かな青へと変わっていくのを認めると、私が持つなけなしの憐れみを乗せて群がる屍鬼どもに視線を向けた。


「アーシェさんっ!?」

「じゃあな。縁があればあの世で会おうじゃないか」


 掲げた腕を振り下ろす。術式が魔法陣から解き放たれ、無数の青い光の弾丸が足元の亡者どもを撃ち抜いていく。

 さすがにこの連中全員を相手に狙い通りに貫くのは難しいが、可能な限り――心臓を狙っていく。

 屍鬼といえども所詮は生物で、人間の限界を超えることはできん。まして、心臓は魂の存在と最も近しい臓器だ。吸血鬼が魂を術式的に支配している以上、心臓さえ破壊してしまえば倒せる。もっとも、別に心臓じゃなくて脳を破壊しても倒すことは可能ではあるのだが……まあそこは私なりのこだわりだ。

 貫かれた連中が次々と倒れていく。倒れてもまだ動くヤツもいるが、間髪を入れず次の術式を放つ。光の矢に貫かれた連中の体からは次第に青白い光が立ち上っていき、やがて月明かりもない暗闇の中に光の海が出来上がった。


「……何度見てもキレイなもんだな」


 カミルがそんな感想を漏らすが、これを作り上げているのは死んだ魂たちだ。私にはそんなロマンチックな心地には到底なれん。

 眺めていれば光が徐々に薄れていき、最終的に残ったのは誰一人動かない屍鬼だった元人間たちだ。死屍累々という言葉がまさにふさわしく、大量の屍が家の周りを埋め尽くしていて、見ているだけでやるせない気分になってくる。唯一、加えた術式が上手くいったようで奴らの死に顔が苦悶に歪んでないのが救いと言うべきか。


「……アーシェさん」

「なんだ?」

「この人たち……助けてあげられなかったんですか?」


 倒れた連中を眺めながらニーナの眦から涙を落ちた。気持ちをなんとか押し殺してるみたいだが、口調からは非難めいたものが滲んでいる。感情移入しやすいコイツらしいといえばコイツらしいし、気持ちは分からんでもない。


「無理だな」


 が、私は神じゃあない。無理なもんは無理だし、魑魅魍魎と化した見ず知らずの連中のために部下を危険にさらすほど酔狂でもないし、悲しんでるニーナのために取り繕った返事をする気もない。


「コイツらからはもう人間の匂いがしない。完全に魂を吸血鬼に縛られてる以上、殺してやる以外に方法を、少なくとも私は知らないな」

「そう、ですか……」

「カミル。死体を片付けるぞ。戦場じゃないんだ。死体に囲まれて寝るなんてゴメンだからな」


 うつむいたニーナを置いて屋根から飛び降り、適当に死体を肩に担ぎあげる。後ろから「冷たいんですね」という声が聞こえてきたが聞こえてないふりをした。さて、埋めるのは……そうだな、裏手の里山の一角に適当な墓を作るとするか。

 バランスを取りながら斜面を登り、登りきったところで一度立ち止まって遺体を担ぎ直す。と、未だ屋根の上にいる二人の会話が耳に入ってきた。


「カミルさん。本当に……どうしようもなかったんでしょうか?」

「さあな。けど、隊長がそう言うんならそうなんだろうし、俺ぁ間違ってねぇと思うぜ?」

「……アーシェさんはきっと、人が死ぬのに慣れてるんですよね。生きるか死ぬかの場所で生きてきた人だから、もう助けられないって思ったらためらいがないんだと思います。もしかしたら、本当は助けられたかもしれなくても……」

「不満か?」

「不満って言いますか……私はもうちょっと足掻いてみたかったです。その、何ができるか分かりませんけど……」


 気まずいな、と思いながらも木の陰で様子を窺ってみると、ニーナが死体を見下ろしながら顔を歪めていた。まあコイツならそう思うだろう。軍人としては甘い考えだが……でもコイツはそれでいいし、そうあってほしいと思ってる私がいる。到底私にはできない考え方だからな。


「確かに隊長は何でもかんでも割り切って行動するきらいはあるな。ま、隊長の場合、割り切るってか、感情を押し殺すって方が正しいかもしれねぇけど」

「そう、ですか?」

「おう。ああ見えて情に厚いタイプだからな。本音じゃコイツらをなんとか助けてやりたかったと思うぜ?」

「……さっきのアーシェさん見てると、とてもそんな感じに思えません。なんだか私なんかとは違う、遠い人みたいに急に思えてきました……」

「おいおい」

「いたっ!?」カミルがペシッとニーナの頭を叩いた。「何するんですかっ!」

「案外ニーナも隊長のこと分かってねぇと思ってよ。なんで隊長がわざわざ貫通術式で敵を倒したと思ってんだ? しかも面倒だってのに心臓を狙ってまでよ」

「それは……他の術式だと辺りにも被害が出るからじゃないんですか?」

「だとしても心臓だけピンポイントで狙う必要はねぇだろ。まして心臓っつったら隊長の好物だぞ? それをダメにしてまで、敢えてそうしたのはなんでだと思う?」

「……なんでですか?」

「隊長はな、コイツらをとして弔ってやりたかったんだよ」

「どういう……?」

「なるべく人としての姿を残して、しかも埋葬までしてやろうってんだ。優しいことこの上ねぇだろ?」

「あ……」

「おまけに、貫通術式にだって、隊長の大嫌いな教会が開発した、鎮魂の作用がある術式を付与してるんだぜ? 俺に言わせりゃあ隊長だって相当なお人好しだよ。俺なんかよりよっぽどな。お前と一緒だよ」


 ……ちっ、余計なことを。別にそんなこと教えなくっていいのに。しかも私を持ち上げ過ぎだ。そこまで殊勝な人間じゃない。ニーナと同じだなんて寒気が走る。


「……」

「まだ隊長を冷てぇ人間だって思うか?」

「どうしましょう……私、アーシェさんにひどいこと言っちゃいました……」

「そう思うんなら後で謝りゃいい。ま、隊長はンなささいなこと気にしちゃいないだろうけどな」


 戦争中は悪魔だ殺人鬼だとさんざん好き勝手言われたんだ。カミルの言うとおり、あれくらいで傷つくようなかわいい精神はしちゃいない。


「おら、さっさとニーナも降りろや。いくら隊長ったってさすがに一人でこの人数を埋葬するのは骨が折れるぜ?」


 さすがに見えちゃいないだろうが、ニーナはバツの悪そうな顔で私の方を見つめていた。口が「ごめんなさい」と動いて、だが背中をカミルに軽く叩かれると慌てて屋根から下りていった。

 ……ったく、カミルの奴め。あいつもあいつでたいがいお節介でお人好しだな。

 だがまあ。


「あだっ!?」

「どうしました?」

「いや、急に後ろでちっさい爆発が……」


 こんな寒い場所でニーナに冷たい視線を浴びせられ続けなくて済んだのは感謝すべきだろう。謝辞の意味をこめ、カミルの背中めがけて爆裂術式 (微弱)を炸裂させると、私は死体を担ぎ直して里山の奥へと進んでいった。





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