3-2. 妙な気配がする







 そんなこんなで早々に (半ば強制的に)床について旅の疲れを癒やすことにした私たちだったが、夜中にふと何かを感じ取って目が覚めた。


「……」


 当然ながら部屋は暗く、家の中の外も静まり返って物音一つしない。わずかに開いた部屋の扉の奥からは暖炉の仄かな光が漏れているがそれだけである。けれども私が目を覚ました、ということは何かしら理由があるわけで。


「おい、ニーナ。起きろ――」


 同じベッドで寝てるニーナを揺すって起こそうとしたその時、ゾワッと鳥肌が立った。

 指先に感じる違和感。慌ててニーナへと向き直る。するとニーナが――私の指先をしゃぶっていた。


「……」


 ちゅぱちゅぱと美味しそうに舐め回しながらよだれを垂らしていた。むろん眠ったままである。口元はニヘラ、とだらしない笑顔を浮かべ、寝返りを打ったかと思えば嬉しそうに私の腹に顔をうずめてきやがる。ちなみに当たり前のように私の寝間着は脱がされていた。


「ぐへへ……いいじゃあないですかアーシェさぁん……先っちょ、先っちょだけ……」

「いったい何の夢を見てるんだか……」


 ずいぶんと幸せそうではある反面、夢の中で好き勝手蹂躙されてそうな気がしてならない私としては気持ち悪くて仕方がない。

 なので問答無用でニーナをベッドから蹴落とした。


「ふぎゃふっ!?」

「いつまで寝ぼけてる。とっとと起きろ」

「……いたた。まだ夜中じゃないですか。って、パジャマ脱いじゃってどうしたんです?」


 コイツはどうも無意識に人の服を脱がすクセがあるらしくて、まったく覚えていない様子で首をひねった。ずいぶん都合の良い脳みそをしてやがる。

 まあそれはともかくだ。


「急いで着替えろ」

「へ?」

「妙な気配がする」


 軍服に手早く着替えながら周囲の気配を探る。耳を澄ませ、肌で空気を感じ、何よりも匂いで分かる。


 ――家が取り囲まれている。


 少なくとも相手は一人や二人じゃあない。そう伝えるとニーナも慌てて上着に袖を通し始め、そこに軽いノック音が響いた。


「カミルか?」

「ああ。その様子じゃあ隊長も気づいてるみたいだな」

「当然。外はどうだ?」

「ちょっと覗いちゃみたがなんも確認できなかった。けど何かいるのは間違いねぇ」


 ならばこちらから打って出るか、それとも守勢に回るか。個人的には攻勢の方が好みなんだが。

 ――とか逡巡したが、どうもその必要も無かったらしい。

 カミルと言葉を交わした直後、寝室の窓が突如として突き破られた。ガラスがけたたましい音と共に砕け散り、赤い瞳がこちらをギョロリと睨んできた。


「ひっ……!」


 奇声を上げながらそいつは、急襲に不意をつかれたニーナの姿を認めると脇目も振らず突撃していく。ニーナも腰の魔装具を投げつけようとするが、それよりも敵が襲いかかる方が早かった。

 もっとも。


「させんよ」


 私の目の黒いうちにニーナを傷つけさせるつもりはない。ニーナに届く前に私の腕が敵の首根っこを掴み上げ、そのまま力任せに床に叩きつけてやった。

 けたたましい音を響かせて倒れた敵をそのまま足で踏みつけ、その顔を拝ませてもらおうじゃないかと術式で照らし出して。

 そこで私は言葉を失った。


「うそ……ですよね……?」


 言葉を失ったのは私だけじゃない。ニーナも、そしてカミルさえも目を見張って転がった襲撃者の顔を覗き込んでいた。

 深夜の襲撃者。その顔は紛れもなく――この場所へ案内してくれたアイゼンフート軍曹だった。

 ただし目に生気はなく口からは軽く泡を噴きながら絶えず唸り声を上げている。叩きつけた際に指が不自然な方を向いていたにもかかわらず痛みを感じた様子はなく、私の足の下で手足をばたつかせて続けていた。


「屍鬼、だと……?」

「隊長!」


 カミルが叫ぶやいなや、家中の窓が破られて破砕音を響かせながら次々に敵が侵入し始めた。どいつもこいつも死人みたいな顔をして、よだれを撒き散らしながら周囲を顧みることなく一目散に私たちへと向かってきやがる。


「ちっ!」


 色々と腑に落ちない点はあるが、とりあえず狂ったアイゼンフート軍曹を蹴飛ばして、捕縛術式で足先から首元までグルグル巻きにしておく。並の人間の力よりよっぽど怪力になってそうだが、さすがにここまですれば脱出は不可能だろう。


「ニーナ! 私から離れるなよっ!」

「こんな場所で離れられるわけないじゃないですかっ!」


 悲鳴じみた返答だが、ニーナはニーナで防壁の魔装具だったりトリモチ兵器だったりを駆使しながら、なんとか相手に掴まれるのだけは避けていた。


「くそっ……数が多すぎるっての!」

「室内だと死角が有りすぎる! 屋根に登れ!」

「了解っ!!」

「登るったってこの中をどうやって……うわわっ!」


 目の前に迫っていた敵の顔面を思い切り殴り飛ばすと、泣き言を漏らすニーナの襟首をひっつかんで窓に向かって突進していく。中に入ってこようと窓枠に手を掛けた連中めがけて打撃系の術式を喰らわせてやってまとめて弾き飛ばし、その隙に外へと飛び出した。


「暴れるなよ、ニーナっ!」

「暴れるなって、何を――うぎゃああああっっっ!!」


 外に出るや否やニーナを星空めがけてぶん投げた。反動で私の体は敵の真っ只中に飛び込んでいくが、クルリと体を回転させると私に手を伸ばしてきた奴の顔面を足場にして方向を転換。屋根に一足早く着地して、落下してきたニーナの足をキャッチした。


「そっちも無事に脱出できたみたいだな」

「当たり前だっての。そっちは……まあニーナも大丈夫みたいだな」


 足だけ掴まれて宙吊り状態のニーナを見てカミルが苦笑いした。


「どこが大丈夫なんですかっ! 死んだかと思いましたよっ!!」

「こうやって騒げるだけマシなもんだ。それとも――あっちの仲間入りしたかったか?」


 眼下を指差してやれば、屋根の上に下ろしたニーナが息を飲んだ。

 指先の向こうにある光景はまさに魑魅魍魎の集い、百鬼夜行というにふさわしい状態だった。何十人という人だった・・・連中が家に群がって、屋上の私たちを欲して誰もが手を伸ばしている。

 動きは意外と俊敏。仲間意識もなく我先にと屋根へ登ってこようとして、けれどもその動きには生者としての矜持を一向に感じさせず、どう見たって亡者の群れとしか思えない。そのくせ見開かれた目だけは赤々として、はっきりとした存在感を私たちに感じさせていたのだった。




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