3-1. 希望は捨ててはいけませんね
さて、とんだ足止めを食らったせいでどうなることかと思ったが、なんとか人さらい連中が軍支部へとドナドナされていった翌日、つまりは予定通りの日に目的地へ到着した。とはいえ、結局ほぼ徹夜のうえに昼前到着の予定が日暮れ後になりはしたが。
たどり着いたのはビュットハルト村の隣のロハネブルク村。マティアス情報だと、この村も結構な行方不明者が出ているようで、残った村人も大半が逃げ出したらしくまだ宵の口だというのに家々の明かりはほとんどが灯っていなかった。
「すみません、シェヴェロウスキー大尉……でしょうか?」
そうした中でランタンを持って我々を出迎えてくれたのは、この地域全体の治安保全官として派遣されていたアイゼンフート軍曹である。四十前後と思われる彼は、軍人というよりは地域のお巡りさんといった感じで、温和な笑みを浮かべて私に対しても腰低く話しかけてきた。
「そうです。予定より遅くなり申し訳ない」
「いえ、とんでもありませんよ」軍曹は笑みを崩さず首を横に振った。「話はうかがっております。なんでも人さらいを道中捕まえたそうで」
「ええ。後は管轄の連中に任せてきたので詳細は把握してませんが、さらわれた少女の中にはどうもこの村出身の子も含まれてたようです」
「ああ、やはりそうでしたか……」
今晩の宿へと私たちを案内しながら、軍曹は悲しそうな、嬉しそうな複雑な表情を浮かべた。
「さらった犯人が人間だった……というのは不幸中の幸いとでも言って喜んでいいのでしょうかなぁ」
「少なくとも吸血鬼の眷属にされるよりはマシじゃあねぇですかね?」
「そう、ですな。ひょっとしたら人さらいに遭ったからであっても、村から出ていったからこそその少女は無事だったのかもしれません。そう思うと……なんとも難しいものですな」
カミルの言葉に軍曹は力なく笑った。
彼も長いことこの地域で住民と共に過ごしてるだろうからな。広い範囲が管轄とはいえ、こうして話した限りの印象だと物腰も柔らかくて住人たちともうまくやっていただろうことは想像に難くない。
「他の人も……無事だといいですね」
「ニーナさんと仰いましたか。そう願いたいものです。ですが」軍曹は寂しそうに村の様子を見渡した。「もう人々が消え始めて数ヶ月が経ってしまいました。もうちょっと早くに捜査ができていれば可能性もあったでしょうが……」
それ以上は上層部批判になるとでも思ったか、ややぽっちゃりとした軍曹は口をつぐんだ。
「残念ですが状況を理解しないバカはどこにだっています。お気持ちは察します」
「シェヴェロウスキー大尉……」
「ですが、可能性を完全に捨てる必要もないでしょう。吸血鬼の仕業だとしても眷属にされているとも限りませんし、仮に眷属にされていたとしても状態によってはまだ対応のしようはあります」
もっとも、血に刻まれた術式を丁寧に解く必要はあるし、魂にまで達していたらどうにもならん。数ヶ月前の奴らは絶望的だろうが、ごく最近に連れ去られた被害者ならまだ希望はある。
「……仰るとおり、まだ希望は捨ててはいけませんね。事件が解決されればきっとまた以前のようにのどかな暮らしが戻ってくるはず。村人はほとんど残っていませんが、私だけはそう信じておくことにしましょう。
励まし、感謝致します。ああ、あれがしばらく皆様に滞在頂く家になります」
私の言葉を聞いて少しは気力を取り戻したらしい。アイゼンフート軍曹は眉尻を下げて微笑み、そして正面に向かって指差した。
彼が示したのは、里山にほど近い一軒の家だ。規模としては大きくも小さくもなくといった感じで、見た感じ三人で過ごすには申し分ない感じである。
「この家はわざわざご用意を?」
「以前はある一家が住んでいたのですが、一家まとめて行方不明になりまして……」
なるほど、空き家状態になった被害者の家を使わせてもらうわけか。
「他にも家はあるのですが、すぐに準備できるとなるとどこも似たようなものでして。被害にあった者の家ということでご気分は良くないかと思いますが……」
「構いません。どうせ飯食って寝るだけです。屋根があって暖を取れれば十分過ぎます」
「そう仰って頂けると助かります。では今日のところはこれで。また明朝、迎えに参ります」
明日は朝から、先日確保したという眷属のものと思しき遺体を確認することになっている。軽く敬礼をしてアイゼンフート軍曹は去っていき、我々三人が残された。
さてさて。とりあえずは暖炉に火を入れて部屋を温めつつ中を確認。部屋は二部屋にリビングと、三人が寝る分には問題はなさそうだが――
「ところでニーナ」
「はい?」
「なぜ私の荷物とお前の荷物が一緒の部屋に運び込まれているんだ?」
いつの間にか私のリュックがニーナの手によって寝室に運ばれていた。普通なら気が利くな、と褒めてやりたいところではあるんだが、どうしてだろうな? 妙な寒気がするんだが。
「当たり前じゃないですか? 部屋は二つ。なら一つはカミルさんでもう一つをアーシェさんと私で使うのは絶対の真理。それ以外の選択肢なんてあるはずないじゃないですか」
いや、別に私はリビングで一向にかまわないんだが。そう言うと――
「ダメです! 昨夜も野宿だったうえにほとんど寝てないんですし、今晩はベッドでゆっくり休まないと!」
――と何故かニーナに叱られてしまった。いや、まあそれはそうかもしれんが私は普通の人間と違って頑丈だからな。
「そもそもだ、ニーナ」
「なんですか?」
「お前――何か企んでるだろ?」
そう指摘すると、途端にニーナは「ギクリ」とでも擬音がつきそうな、いかにも分かりやすい反応を示してくれやがった。目を左右に泳がせてカタコトで「ソソソソンナ事無イデスヨ」などとのたまいやがる。
忍び笑いが聞こえたのでカミルの方を睨みつけると、こっちはこっちで口笛を吹きながらさっさと自分の方の部屋に消えて行きやがった。
……まあいい。ニーナが何考えてるかなんてだいたい分かる。
「私の考えてることが分かるなんて、そんな……もうアーシェさんと心はすっかり繋がってるんですね。ならこのまま体も――」
「言っとくが、お触りは禁止だからな」
ニーナが固まった。
「……はい?」
「もし破ったら簀巻きにして外に放り出す。もちろん任務が終了するまでだ」
「そのぉ……アーシェさんを抱きまくらにするのは?」
「もちろんアウトだ」
「頬ずりするのも」
「論外」
「じゃ、じゃあ寝てるアーシェさんのちっぱいを堪能するのも……?」
「その瞬間、雪の中に埋めてやろうじゃないか」
「そんな! それじゃあ何のための旅行なんですかっ!?」
そもそも旅行じゃねぇよ。
「せっかく! カミルさんと手を組んで! 一緒の部屋にしてもらったっていうのに……! これじゃ意味がないじゃないですか!! アーシェさんと一緒の部屋でくんずほぐれつきゃっきゃうふふな時間を過ごすのを楽しみに! 寒い山道も頑張ったのに! これじゃあんまりです! せめてご褒美として――」
「さっさと寝ろ」
血の涙を流しながら堂々と力説する
ぐったりと脱力したニーナをベッドに放り込んでから着替え、保存食の干し肉をかじって多少腹を満たすとダブルサイズのベッドに私も潜り込んで目を閉じる。すると、ニーナの体温のおかげか、はたまた昨夜の寝不足がたたったか、すぐに睡魔が襲ってきたのだった。
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