2-2. 商品を見せてもらおうじゃあないか
「よぉ、旦那。かわいい子どもたち連れてこんな時期に野宿かい?」
手綱を握った男が御者台からカミルに声を掛けた。どうやらカミルを我々の父親か何かだと認識したらしい。ま、当然の話か。
カミルが情けない顔をしてこっちを見つめてきたが、そんな目を向けられたって私だって困る。とりあえず「話を合わせろ」とアイコンタクトで命令しておく。
「まあね。日が暮れてから山ン中を動くなんてのは自殺行為だからな」
「そりゃそうだ。とはいえ野宿もどうかたぁ思うがね。で、旦那たちは……嬢ちゃんたち二人と合わせて三人かい?」
御者台の男が笑いながら、だが粘っこい視線で私とニーナを睨めつけた。さらに荷台のホロから別の男が一人顔を出し、御者台の男と言葉を交わしたかと思えば視線だけをこちらへと向けてくる。
「ああ、そうだが?」
「そうかい。なら……どうだい? 俺たちゃこれから麓の町まで戻るんだが、幸い荷台にゃまだ空きがある。載せてってやってもいいんだが、どうする?」
「そらありがたい申し出だな。けど俺たちはこれから山を超えなきゃいけないんだ。町とは逆方向なんでな。気持ちだけ受け取っとくよ」
「気にするこたぁねぇ。どうせ俺たちも明日の朝にはまたこの道を逆戻りしなきゃなんねぇからな。それに、女の子をこんな寒い中で野宿なんてさせるもんじゃねぇ。さ、乗った乗った」
「お申し出、ありがとうございます」
断ってもしつこく食い下がってくる相手に、私も会話に割って入った。もちろん余所行きの可愛らしい笑顔と口調で、である。胡散臭そうな視線を横から感じるが気にしたら負けだ。
「そうだろう、そうだろう。さ、嬢ちゃんもそう言ってることだし――」
「ですけれどお断りしますわ」
笑顔を崩さずハッキリと言ってやると、よほど意外だったのか御者台の男は目を丸くして私を覗き込んできた。
「おいおい、無理すんなって。素直になりなって。な?」
「無理じゃありませんの。こう見えても私、寒さには強いんですのよ?」
「いや、しかしだなぁ……」
「お気遣い、誠に感謝致しますわ。けれど大丈夫。暖を取る手段は十二分にありますの」
恭しく礼を述べながらニコリと笑ってやる。すると、相手もこれ以上誘うのも不自然だと感じたらしく男二人で顔を見合わせると肩をすくめた。
「そこまで言うんなら仕方ねぇや。じゃあま、せいぜい凍死しねぇように――」
「――けれども一つ、お願いがあるんですの。宜しくて?」
男のセリフを遮りながらゆっくりと荷台へと近づいていく。全員が「何を言い出すんだ?」と言いたげだが、カミルとニーナの二人には黙ってろと目線をくれてやった。
「これだけ立派な荷馬車をお持ちということは、オジサマ方を商人とお見受けしますわ。それもかなりの実績をお持ちの」
「……まあそれなりにはな。と言っても、エンジン付きの車も買えねえ、しがねぇ田舎の商人だがね」
「ご謙遜を。私には分かりますの。さぞ儲かってるんでしょう?
荷台の後ろにたどり着いたところで足を止める。布でできたホロを撫でながら御者台の方へ向き直って微笑み――被っていた猫を投げ捨てた。
「
歯をむき出しにして笑い、力任せにホロをめくり上げる。冬の澄んだ空気が荷台の中に一気に流れ込み、入れ代わりに外へ溢れ出したのは――淀んで腐りきった匂いだった。
「こ、これっ……」
「おいおい……こりゃあとんでもねぇもんを運んでんじゃあねえかよ」
私の後ろで二人が息を飲んだ。
荷台に積まれて運ばれていたのは――何人もの少女たちだった。いずれも年端もいかない年齢で、薄汚れたボロボロの服を着せられて横たわっている。外で燃える焚き火の心もとない明るさの中で、けれどもやせこけた少女たちの目だけがギョロリと私たちを見つめていた。
「これって……」
「間違いなく人身売買だな。そこら中の村から若い女ばかりをさらってきたか」
おそらくは吸血鬼の噂を聞きつけてやってきたんだろう。こんな状況だと少々子どもが村から消えたとしても人さらいとはなかなか思い至らないだろうし、少女たちの到底元気とは言えない状態から察するに、しばらくは足がつかないよう何処かで息を潜めてた可能性が高いな。まったく、人の欲というのは果てしないもんだ。感心するよ。
「――なるほど、確かに鼻の利く嬢ちゃんだ。おみそれしたぜ」
声の直後、私の足元で術式が炸裂した。
振り返れば、私たちに話しかけていた男の手には術式銃。数はさらに二人ほど増えて、全員がこちらに銃口を向けていた。
後から出てきた二人は、どうやら荷台で少女たちと一緒だったらしい。ホロの中に漂っていた匂いからすると――直前までお楽しみだったようだ。漏れ出る魂の匂いを改めて確認する必要が無いくらいに、いい感じに
「その喋り方が嬢ちゃんの本来のもんかね?」
「まあそうだな」
「いいねぇ、その物怖じしねぇ強気な感じ。顔も良いし、負けん気の強ぇところなんかポイントが高ぇ。もう一人の嬢ちゃんも、ちっこい嬢ちゃんほどじゃねぇが十分美人だ。好事家じゃなくったってきっと高く売れるぜ」
「この、人でなしっ……!」
「せっかく褒めてんのに怒んなって。なぁ?」
「それで、私たちに声かけたのは商品を
「それもお見通しか。末恐ろしい嬢ちゃんだ」
「こう見えても三十路手前なもんでね」
「面白ぇ冗談だ。ま、バレちまったもんは仕方ねぇ。
おい、お前ら仕事だ。女二人を荷台に詰め込め。男の方は――殺せ」
最初にホロから顔を出していた男が私たちをせせら笑いながらそんな指示を出した。残りの三人が銃口を向けながら近寄ってくる。どいつも自分たちの優位を疑ってなくて、連中の間抜け面についつい笑いがこみ上げてきてしまった。
「何がおかしい?」
「いや、相手も見極められない奴が人さらいなどよくやれるものだと思ってな」
「口が減らねぇ嬢ちゃんだ。だがますます気に入った。安心しな、おとなしくしとけば悪いようにはしねぇ」
そう言いながら御者台にいた男が銃口を額に押し付けながら私の肩に手を掛けた。
その手に私も小さな手を重ねた。男は訝しげな視線を向けてきたが、か弱い私のささやかな抵抗だと思ったようで表情が苦笑に変わる。もちろん私はその苦笑にだって天使のような可愛らしい笑みを返し――その腕を力任せにへし折ってやった。
「ひっ……ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
「その汚らしい手で触れていいと、誰が許した?」
そしてその口を閉じてろ。そう言い放って男の顔面を殴り飛ばすと、耳障りな悲鳴も消え失せて冷たい地面に転がって動かなくなった。
「悪いな。軽く撫でただけのつもりだったんだが、少々私も気が立ってたらしい」
「こ、この……!」
残った三人が慌てて銃口を掲げる。だが連中が引き金を引くよりも早く、後ろから円筒形の塊が飛んできたのを見て素早く顔を背けた。
瞬間、その塊が弾けて昼間の太陽よりもまばゆい光を撒き散らした。
「ぎゃあああああ!」
「目が、目がぁぁぁ……!」
不意をつかれた連中がニーナの閃光魔装具に目を焼かれて悶え苦しむ。術式銃をこちらに向ける余裕も完全に失ったようで、冷たい地面をゴロゴロと転がっているところをカミルが意識を刈り取っていって、あっけなく制圧は完了した。
「二人ともご苦労」
「言われるほどのもんでもねぇよ。楽な仕事だぜ」
しょせん単なる人さらいだしな。荒事に慣れていようが、単なる一般人。まして私たちを単なる旅行者か何かと勘違いしている時点で戦いにもならん。
「さて、ここでこいつらも喰ってしまいたいところだが……」
ホロの中にはさらわれた少女たちもいることだし、彼女らの証言と人数が合わなくなれば色々と面倒なので、ここは必要最低限の情報を得る意味で少々腕の肉を頂く程度にしておこうか。
気を失った首領格と思しき男の腕から貫通術式で肉を少々切り取り、止血程度はしといてやる。この程度なら戦闘時にできた傷としてごまかせるだろう。
「……いつ見ても思うんですけど、よく食べられますよね」
「魂喰いだからな」
人の肉を喰う光景だけ見れば、魂喰いと言うよりも人喰いだな。牛や豚よりも魂が腐った人間の肉の方がよっぽど美味く思えてしまうのは、私が私である以上どうしようもない。
気味悪そうにしながらも目を背けないニーナの視線を受け止めつつ、指先でつまめる程度の血の滴る肉を咀嚼。だがすぐに私は顔をしかめることとなった。
「どうしたんですか?」
「……思ったより美味くない」
匂いからしても確実に美味の部類に入ると思ったんだが、なんだか肩透かしを食らった気分である。決してまずくはないんだが、なんというか、雑味が強いとでも言うべきか。魂に余計なものが混じってる感じがする。今までこんな味の人間などいなかったが……
「輸血か何かされたばっかだったんだろ。それより隊長。この後どうすんだ?」
とりあえず私の疑問は後回しだな。まずはホロのガキどもをどうにかせねば。
こんな冬山に放置するのは論外だし、足元に転がってる人さらい連中も近くの軍支部へ引き渡ししなきゃな。まったく、自分から首を突っ込んだとはいえ、とんだロスだよ。
「いいじゃないですか、これだけの女の子を助けられたんですから」
ニーナらしい素直な感性でなだめられて私も気を取り直す。ボヤいたって結果は変わらんし、なら人助けの自己満足にでも浸りつつ、少しでも時間のロスを取り戻すとするか。
「私はふもとの軍施設までひとっ飛びして寝てる連中を叩き起こしてくる。ニーナは少女たちの相手を、カミルは転がってる連中を縛り上げて荷台の車輪にでもくくりつけてろ」
二人に指示を出して無数の星が広がる夜空へ舞い上がり、十キロは離れている近くの軍施設へと私はぶっ飛ばして行った。到着するや否や、田舎ののんびりした軍連中のケツを蹴り上げながら準備させると元の場所へ戻り、事後処理にあたらせる。
だいぶ急がせはしたがそれでもやはり時間はかかるもので。
結局、目的の村へと出発できたのは、翌日の昼に差し掛かろうかという頃になってからだった。
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