2-1. なんだって山奥に行かなきゃなんねぇんだか……




「ん? ああ、別に構わないぞ」


 リスティナからの依頼を半ば強制的に受ける事になり、うまいこと手のひらで踊らされてる感が無きにしもあらずではあるが、週明けに私は早速マティアスの執務室を訪ねた。

 唐突な話なのでさすがに難色を示されるだろうなと思ってたんだが、吸血鬼の話を切り出した途端、マティアスからはあっさりと了解の言葉が出た。まだ詳しい話をしてないというのに妙に早い返事に訝しんでると、マティアスが苦笑いしながらタネを明かしてくれた。


「実は私の方にも同じ話が届いたところでな。ちょうどお前と相談しようと思ってたんだ」

「そういうことか。いよいよ書類仕事で頭がイカれたのかと思ったぞ」

「これのことか……まあ、いつもの事だからな」


 レベッカによるものだろう目の前の書類の山を崩れるのも気にせず隅に押しやった。どうやら現実逃避をしたくてたまらないらしいな。

 ……ん? 待てよ。マティアスも私に相談しようと思ってたということは、だ。


「ひょっとしなくても、軍の仕事として動いていいのか?」

「もちろんそうだが?」


 何を今更とばかりのマティアスの態度を他所に、私は思わず拳を握りしめた。良かった、これで酒一本のタダ働きじゃなくて済む。


「……お前がどの筋から話を聞いたかは深くは突っ込まないが、一応は私と契約してる軍人なんだからな。勝手な契約は受けないでくれよ?」

「分かってる。それで、お前の方は何処までの情報を掴んでるんだ?」

「今朝上がってきた情報だと、被害者と思われるのは全部で三六名。シュテーテンの町から北東へ更に二十キロほどいったビュットハルトという村を中心に、半径およそ十キロの範囲にある集落で村人がいなくなっている、と聞いている」


 リスティナからざっくりとした情報は聞いていたが、やはりというべきかマティアスの方が詳細に情報は掴んでいた。

 続いた話によると、中心と思われるビュットハルト村はほぼ全員が行方不明なんだが、全員が同時に行方不明になったわけじゃないらしい。ある日を境に最初は三人、次に一人、という風に徐々に徐々に人が消えていき、最終的に村は壊滅。もともとが山間の小さな集落で、周辺とも交流に乏しい閉鎖的な地域だったから全滅したことにもしばらくは気づかれなかったようだった。

 そこから被害の範囲は広がっていき、周辺の集落でも人が消え始めた結果、被害者は総勢三六名にまで膨れ上がった。ここまで来るとさすがに村人たちも自主的に集落を離れて避難を始めているが、何人かは未だそんな危険な場所に居座り続けているらしいが。


「最初に事件が発生したのはもう四ヶ月も前か……

 今の今まで誰も被害を訴えなかったのか?」

「最初のビュットハルト村の住民が訴えてたようなんだがな、面倒を嫌う人間というのは何処にでもいるものらしい。見事に握りつぶされてたよ。偶然私の部下が近くの街道を通りかかって調べてくれたおかげで私も知ることができたんだ」


 何処の誰だか知らんが、逆によくここまで被害を放置できたものだ。まあ、面倒事が嫌いな私が言えたものでもないが。


「目撃情報からもお前の言ったとおり、吸血鬼が絡んでいるのは間違いなさそうだ。とはいえ、全員が件の吸血鬼が引き起こしたこととは限らない。噂を聞きつけた人さらいが若い女性や子供をさらっていった可能性もあるからな」


 それもそうか。そう言った連中は耳だけは良いからな。もっとも、耳が良いだけなのでだいたいが欲かいて最終的に人生からグッバイするのがオチなんだが。


「ともかくも、軍としても政府としても放置はできない。私からもこの後上層部へ働きかけるつもりだ。それに、教会も動いているという情報も入ってきている」

「教会関係者が襲われた、という話も本当なのか?」

「ああ。帝国の教会から調査に入ってやられたらしい。協定違反だし勝手な真似をしてくれたとは思うが、大臣宛に本格的な調査協力依頼が届くのも時間の問題だろう。

 アーシェ。お前にはできればそれまでに解決の糸口くらいは見つけてきて欲しい。そうすれば王国としても主導的な立場を取れるだろうからな」

「了解だ。政治的な猶予はどれくらいある?」


 私としても教会の人間が堂々と動き回るようになるのは避けたい。アレッサンドロたちこそ私に友好的だが、よその現場連中はミスティックに対してとんでもなく苛烈だ。そんな奴らと鉢合わせなど絶対にゴメンである。


「教会の動きが読めないから答えづらいが、そうだな……一週間。少なくともそれくらいなら押さえられると思う」

「分かった。ならこの後急ぎでビュットハルト方面へ向かう。何人か隊の人間も連れて行くぞ。アレクセイを臨時の隊長代理に指定しておくが、細かい調整はマティアス、お前がやってくれ」

「ああ。大隊長以下には私の方から通達を出しておく。可能な限り第十三警備隊には通常任務のみをこなしてもらうように働きかけておこう」


 互いに頷きあうと、「儀式」のために私は机から一歩下がって直立した。


「では第十三警備隊隊長、アーシェ・シェヴェロウスキー大尉他若干名に特別任務を命ずる! 至急現場に向かい事件の詳細調査および可能であれば事件解決に当たること。正式な命令は書面で追って関係各所に通達する」

「アーシェ・シェヴェロウスキー大尉、拝命致しました。大至急現場に向かいますので後は准将にご対応願います」


 かかとを鳴らし、敬礼。いつやっても思わず噴き出してしまいそうになるが、これも大事な儀式だ。

 二人揃って軽く口の端を吊り上げて笑い、執務室から出ていく。急ぎ足で廊下を歩きながら人員と準備品について頭の中で整理し、部下たちが待つ詰所へと向かっていったのだった。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 バスが停車してドアを押し開けると一気に冷たい空気が車内に吹き込んだ。

 他の乗客たちの恨めしい視線を背中に感じつつ大きなリュックを担ぎ直して降りれば王都とは質の違う、一層厳しい寒さが容赦なく身にしみていく。

 考えてみればすでに十二月。ただでさえ標高が高いヘルベティア王国だからな。山奥に行けばもう凍えるような寒さなのも当然の話か。


「やっぱり寒いですねぇ……」

「はぁ、なんだってこんな時期にこんな山奥に行かなきゃなんねぇんだか……」


 振り向けば、口では寒いと言いながらもニーナは平気そうで、対照的にカミルはぼやきながら襟を立てて巨体を縮こまらせていた。二人共私同様に大きな登山用のリュックを背負っていて、これから向かう山の方を見上げて白い吐息を吐き出している。

 ボヤくな、カミル。そりゃ私だって来たくなかったさ。寒いのは強いつもりだが、それでも暖かい場所で温かいワインでも飲んでる方が万倍マシだからな。

 とはいえ、こんな場所で愚痴っててもしょうがない。


「行くぞ。時間が惜しい」

「へいへい」

「あ、待ってくださいよ!」


 リュックを背負い直し、二人を引き連れて歩き出す。

 目的地であるビュットハルト村の隣にあるロハネブルク村は、目の前の小さな山を一つ越えた先にある。だがバスで近づけるのはここまで。この先はひたすらに徒歩である。

 登山というだけでもたいへんなのに、この辺りはすでに一面雪景色である。馬車が通れる程度には街道は整備されてて、道の上には轍が残っているから歩くのに支障はなさそうなのが幸いか。滑らないようしっかりと足元を確認しながら坂道を登っていく。


「今晩、雪が降らないといいですね」


 私も切にそう願うよ。どうあがいても今晩は野宿だからな。装備は持ってきてはいるが、暖をしっかりとらないとガチで凍死しかねん。


「雪山っつーと、あんま良い思い出もねぇんだよなぁ……」

「ぼやくな。私だってロクな記憶がない」


 雪山での行軍など地獄以外何物でもないからな。目を覚ましたら味方が凍りついて目覚めない姿は今でも脳裏に焼き付いているし、行軍の果てに敵に奇襲受けて私以外ほぼ全滅なんてこともあったか。


「何ていうか、お二人とも壮絶ですね……」

「かなりの激戦だったからな。そんな無茶をしなきゃならん戦いもあった。今となっては何が何でもお断りだ」


 そんな決して楽しくもない思い出を語りながら進み、やがて尾根を一つ超えたところで日が落ち始めた。予定ではもうちょっと行きたかったが、仕方あるまい。

 適当なスペースがある道端にテントを張って火を起こす。枝とか湿ってるから道具で火を点けようとすると大変だが、術式だとそこらを気にしなくていいから楽だ。


「世の理を方程式に落とし込んだ偉大なる先人に感謝だな」

「ですよねぇ。おかげさまで私たちも凍えなくて済みますし」

「隊長もグリューワインを楽しめるってわけだ」


 いかにも、だ。神は大嫌いだが聖なる飲み物だけは私も認めてやる。

 鍋で温めたワインをカップに注いでそっと胃に流し込めば、冷え切った体に染み込んでいってほぅっと思わずため息が漏れる。ああ、実に美味い。カミルとニーナが生暖かい目で見つめてくるが見逃してやろうじゃないか。


「……ん?」


 で、身に染み入る温もりと快感に震えながらハイペースで――私としては通常運転だが――カップの中を飲み干し、二杯目を楽しもうとした時だ。パチパチと薪が弾ける音に混じって遠くから音が響いてきた。


「なんだぁ、馬車か?」

「こんな時間に?」


 徐々に大きくなる、蹄が湿った地面を踏みしめる音。視線を向けても木立の間に伸びる道は暗闇に包まれたままだ。だが私もカミルも、そしてニーナもカップを置いて耳を澄ませ、じっと目を凝らす。

 やがてハッキリと音が聞き取れるほどになると暗闇に光の筋が踊りだした。一度見えだすとあっという間に光は大きくなって、夜の山には不釣り合いなほどにぎやかな音を立てて目の前を二頭立ての立派な馬車が通り過ぎていった。

 ――と思ったら、少し通過したところで急停止したのだった。





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