1-2. 報酬があれば動いてくれるってことよね?






「まあ焦るな」


 他ならぬリスティナの頼みである。なので私も腰を据えて話を聞くべく、正面に座ったリスティナの前にグラスを並べて酒を注いでやった。ついでにベーコンも焼いて一口サイズに切ってやる。もっとも……正直な話、コイツが持ちかけてくる頼みはだいたいが面倒なので聞きたくはなかったりする。が、聞くまでコイツは何日だろうが居座ろうとするので、ならば最初っから諦めて大人しく話を聞いた方がマシというものだ。


「ありがとう。心遣い感謝するわぁ」

「それで、今度はどんな面倒な話を持ってきたんだ? 貴様のシマ・・を荒らしてるミスティックの捜索手伝いか? それともうっかり人間を眷属にしてしまったその後始末か?」

「やだわぁ、そんなこと頼まないわよ」


 どの口がそれを言うんだか。ちなみに私が挙げた例はすべて実際にコイツが頼んできた事例だったりする。


「なら今度はなんだ? 話ぐらいなら聞いてやるが面倒なことならお断りだぞ?」

「そんな冷たいこと言わないでよ。きっとアナタだって興味を持つわ」

「どうだかな……まあいい。で、私が興味を持つ話ってのはなんだ?」

「聞いたことないかしら、はぐれの吸血鬼の話?」


 まずそう言ってリスティナはくいっとグラスの中身を一気に胃に滑り込ませてほぅ、と悩ましげな吐息を漏らした。それなりに値段のする酒なんだからな。もうちょっと味わって飲め。


「さあ、聞いたこと無いな」

「ならもうすぐ王国中央まで知れ渡るに違いないわ。なにせ――すでに村が壊滅してるんだから」

「なに?」


 確かにそれは聞き捨てならない話だな。そう思って顔を上げるとリスティナがニコニコしながら私の眼を覗き込んでいた。その仕草が癪にさわるが、まあいい。顎をしゃくって無言で続きを促した。


「場所は王国の東の端、帝国にほど近い山間の集落よ。私が把握してるだけでもすでに四つの集落で合計三十人以上が失踪してるわ。何の前触れもなく突然ね」

「殺しじゃなく失踪か。足取りは?」

「さあ? そこまでは調べてないわ。別に人間がどうなろうが興味はないもの」


 さらりとそう言ってリスティナが、おかわりを催促するようにグラスを揺らして氷をカランと鳴らした。だがわざわざ注いでやる義理もない。なのでボトルを彼女の方に押しやると寂しそうに眉尻を八の字に下げられてしまったが見なかったことにする。


「人間に興味ないなら、わざわざ首を突っ込む必要も無いだろうが」

「私だってイヤよぉ。面倒ごとなんて見なかったフリしてアーシェと一緒にイチャイチャしたいに決まってるじゃなぁい」


 別に私はお前とイチャイチャなんてしたくないんだがな。もっとも、そんなことを口にすればリスティナがスネてますます面倒になるので閉口しておく。


「ならなんで?」

「最初に言ったでしょう? はぐれの吸血鬼の話だって。どこのバカだか知んないけどその失踪、どうもそいつがやったっぽいのよね」


 ホント、嫌になるわぁ。ため息まじりにそう漏らすと頬杖を突いた。そんな何気ない仕草でも様になるのだから美人というのは全く以て得である。そんなどうでも良い感想を抱きながら、リスティナの話を頭の中で噛み砕いてみる。

 四つの集落で三十人、か。ただ単に田舎が嫌になった若者が都会へと飛び出していった、と鼻で笑い飛ばすには少々大きすぎる数字ではある。しかも壊滅、という彼女の言葉が誇張でないとするなら各々の集落の半分近く、もしくはそれ以上が行方不明と考えてもいいだろう。そうなると、相手もずいぶんと派手にやったものである。

 田舎だから少々無茶をしてもバレないとでも思ったバカが犯人か、もしくは――


「派手に動くリスクを犯してでも、急ぐ理由があったか……」


 前者なら心配せずとも遠からず事態は収束するだろう。だが後者の場合は、下手をするとさらに面倒事を招きかねない。利口者が追い詰められて行動しているということだからな。その背後にある事象は目に見えてるものよりずっとヤバいものかもしれん。

 しかし本当に吸血鬼の仕業なんだろうな。大規模な失踪と言ったって、人間だって頭のイカれた集団だったらそれくらい顔色一つ変えずやってのけるぞ。


「ああ、それは間違いないわ。ちょうどその集落近くを通りかかった行商人が屍鬼に襲われたんだって。現地じゃちょっとした騒ぎになってるみたいよ」

「なら犯人は吸血鬼でほぼ確定か」


 リスティナはうなずいてグラスに酒を自分で注いでいく。

 ちなみに屍鬼というのは、吸血鬼に噛まれた生物の総称だ。世界中色んな伝承があるがそのどれもに記載があるように、吸血鬼は屍鬼を作って自分の手足代わりに動かしていくことが多い。リスティナみたいに眷属を極力作らない奴もいるが珍しいし、行商人の証言から考えても今回の失踪者もおそらく屍鬼にされてしまってるだろうな。


「しかも、失踪した人間の中には教会の人間もいたって話。もう討伐隊を選抜してるなんて噂まであるわ」


 そりゃまた結構な話だ。あれだけミスティックを目の敵にしている教会が返り討ちにあったということかね。単に聖職者が事件に巻き込まれただけかもしれんが。

 ともあれ、ミイラ取りがミイラになった、などと笑ってられる状況じゃあなさそうだ。さすがに討伐隊を組んだなんて話は眉唾ものだろうが、襲われた人間の役職次第じゃ王国に圧力くらいは掛けてるかもしれん。


「面倒くさい教会の連中もいないし、王国は私も気に入ってるのよ。こうやってのんびりできるしね。だっていうのにぃ、こんな事件起こされると王国での吸血鬼全体の評判がガタ落ちなのよぉ。だ・か・らぁ……なんとかしてくれない? ね?」

「なんで私が後始末しなきゃならんのだ」

「だってぇ、私が動いたらどうしたって派手に・・・しかならないのはアーシェだって知ってるでしょう? かといって他の吸血鬼を動かしたらそれはそれで面倒くさい連中は出てくるし」


 それは確かにそうかもしれんな。

 リスティナは吸血鬼という種の中でも図抜けて強力な個体だ。それこそ、教会が討伐を諦めるくらいには。

 そんな彼女だが、強力であるが故に繊細な仕事というのが苦手なのだ。動く時はいつだって派手にやらかすし、私が知る限りだと半径数キロを不毛の地にしたこともある。もちろんわざとじゃなくて、結果的にそうなっただけだ。おまけに力を一旦解放すれば、その強大さに惹かれて多くのミスティックが勝手に集い始める。リスティナ自身が問題解決に当たるというのは即時却下されるレベルの愚策といって過言じゃない。

 他の吸血鬼を動かそうにも、連中は徹底的な個人主義だから居場所を把握するだけで時間がかかるし素直に従うとも限らん。そこらが上手くいったとしても集団で動き出せば教会はいらん警戒を強めるし、それはそれで王国としてもリスティナとしても嬉しくない話だ。

 であれば早期解決を図りたい彼女が私を頼るのもよく分かる。他に話を聞いてやれる人間もいないしな。

 とはいえ。


「断る」

「えー」

「えー、じゃない」


 私にだって仕事がある。となると必然的に週末を使ってその阿呆をやらかした吸血鬼退治に出向かなきゃならないということである。何が悲しくて酒を飲む時間を削ってまでそんな血なまぐさいボランティア活動をせねばならんのだ。


「私とアーシェの仲じゃない」

「それとこれとは話が別だ。仲良しだからって何でもタダ働きしてやると思うな。知ってるか、リスティナ? 人間社会はな、労働と報酬で成り立ってるんだ」

「へえ、私がこれだけお願いしたって報酬がなきゃ動く気はない。そう言っちゃうのね?」


 リスティナの言葉に私は大きくうなずいた。が、そこで気づいてしまった。


「ということはぁ……裏を返せば報酬があれば動いてくれるってことよね?」


 ……まあそうなるわな。否定できず、かといって肯定もしたくないのでニヤニヤしてるリスティナに無言で続きを促した。


「だったら話が早いわ。と言っても、たいしたものは用意していないのだけれど」


 そう言ってリスティナは、隣に現れた黒い靄の中に手を突っ込んだ。

 取り出したのは酒瓶で、だが銘柄はそこそこ高級ながらもどこででも手に入るものだった。良かった、ここでドワーフの酒みたいな幻の逸品を持ち出されたら間違いなく断りきれんかっただろうが、これならまあ濁せるか。


「せっかく持ってきてもらって悪いんだが、これくらいじゃあ――」

「早合点しないの。本命はこれじゃないわ」


 いつの間にか空になったグラスをコトリ、とテーブルに置きリスティナが立ち上がる。私の方へゆっくりと近づいてくると、おもむろに私の耳元で美しい声で囁いた。


「そのはぐれの吸血鬼なんだけど――彼の目的もアナタと同じみたいよ?」


 瞬間、魂がざわついた。私がこれまでに喰らった魂ではなくて私自身の魂が、だ。

 目を見開き、持っていたグラスを叩きつけるようにして置いて慌てて振り向けば、彼女の姿はもう靄の中へと消えようとしていた。


「リスティナ!」

「詳細は私も知らないの。けど、この事件を調べていけば何かしらあなたの助けになるんじゃないかって思うの」


 というわけでぇ、よっろしくぅ。一方的にそう言い残してリスティナは消え、彼女の置いていった酒瓶とグラス、そして立ち尽くす私が礼拝堂に残された。

 沈黙が耳をつんざき、バランスを失った体が椅子へ向かって落ちていく。座った後でこちらを見下す神どもの偶像が目に入って、感じたその不愉快さに私はようやく落ち着きを取り戻した。


「やられたな……」


 いやはや、すっかり油断してた。まさか去り際にそんな情報エサを投げつけられるとはな。

 私と同じ目的。話の真偽は別にして、そんな話を聞かされたら動かざるを得んじゃないか、まったく。


「あいつ……最初っから分かってやがったな」


 人づてに聞いただけでたいしたことは知らないみたいな口ぶりだったが、絶対にどこのどいつがやらかしたかまで把握してるはずだ。おまけに、こう言えば私が断らないことまで折り込み済みというわけである。


「報酬はその吸血鬼が持つ情報。そういうわけか」


 その吸血鬼とやらが役に立つ情報を持ってればいいが。

 ともあれ、仮に持ってないとしてももし本当に目的が私と同じならば放っておくわけにはいくまい。計画に影響を及ぼす前になんとしても対処をせねば。


「とりあえず週明けの予定は決まったな」


 まずはマティアスのところに行って相談だな。

 来週は一気に忙しなくなりそうだ。ならばなおのこと今を楽しまねば。そう考えて、私は早速リスティナの置いてった酒瓶を掴んだのだった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る