6-3. 褒め言葉と受け取っておこう

「ま、マティアス王子……!?」

「さて、グートハイルと言ったね? いかなる高貴な連中が君の後ろにいるか非常に興味があるんだ。ぜひとも教えてくれないかい? 教えてくれた暁にはもちろん――全員私が全力で潰させてもらうから」


 マティアスが珍しくニコリと歯を見せて笑った。ああ、これは完全に怒ってるな。仕方あるまい。なにせ病院から引っ張り出して二日間も寒風吹き荒ぶスラムに軟禁してたからな。おまけに、その間もレベッカ監視のもとで書類仕事だし。


「入院してたはずなのに、せっかく少しはゆっくりできると思ったのに……! グートハイル、君のせいで!」

「どうどう。まあいいじゃないか、マティアス」


 とりあえず適当にマティアスをなだめつつ、いよいよ歯ぎしりを隠そうとしないグートハイルに向かって口角を吊り上げて微笑みかけてやる。どうだ? まだ言い訳があるならこの際だ、最後まで聞いてやるぞ?

 だが言い訳を聞く前にやるべきことはやってしまわねばな。

 鼻をヒクヒクさせて匂いを嗅ぎ、居場所を探っていく。視線が部屋の中のあちこちをさまよっていき、やがて最後に私の眼差しはキッチンの床へとたどり着いた。

 腕全体から青白い光が立ち上り、威力を抑えた破裂術式が床板を破壊した。すると、私が睨んだとおり下から隠し扉が姿を現した。


「カミル、ニーナ」

「おう、分かってる」


 動こうとしたグートハイルの方は私の方で牽制しつつ二人に隠し扉へと向かわせる。重くて頑丈な扉をカミルが力任せに開けると、淀んだ空気に混じって澄んだ魂の匂いが一気にあふれ出してきた。


「い、いましたっ! いましたよっ、アーシェさん!」

「しっ! 黙ってろ……よし、衰弱してるが大丈夫だ、まだ生きてる!」


 私の予想どおり、床下に押し込まれていたのはアベルの弟たちだった。カミルとニーナに抱きかかえられた二人はぐったりとしていたが、呼吸はしっかりしているし擦り傷程度はあるが大きな怪我はしてなさそうで、ひとまずは大丈夫みたいだな。


「なぜだ……なんでそこが分かった?」

「匂いだよ」

「匂い、だと?」


 そうだ。こんな私にとってパラダイスかと思えるくらいに濃厚に濃密な腐った魂の集まりの中にあれば、あどけない二人の魂なぞあまりにも異質だ。床下に閉じ込めてもなお漏れて私の嗅覚に引っかかるくらいにな。まあ貴様には理解はできんだろうが。

 もっとも、私だって最初からグートハイルを疑ってたわけではない。だが先日に訪ねた時にコイツは、アベルがマティアスを殴り殺そう・・・・・とした、と言った。最初に違和感を覚えたのはそこだった。

 普通なら殺すのに刃物や銃器を連想しそうなものだ。にもかかわらずコイツは撲殺をイメージした発言をした。実際、マティアスがそうされたように。

 もちろんそれだけなら疑うほどでも無かっただろうがそこに、グートハイルの居所に似つかわしくない清純な魂の匂いがしたとなればもう疑わずにいる方が難しいだろう。あとは疑いようのない証拠を押さえればお膳立ては完了というわけである。


「観念しろ、グートハイル。なぁに、おとなしくしてれば丁重にもてなして――」


 降伏を促していたその瞬間。

 マティアスに向かってナイフが振り下ろされた。


「っ……!」

「おっと、そうはいかん」


 が、そのナイフを、腕を伸ばして受け止める。

 凶行に動いた犯人はヒンケルだ。今の今までずっと気配を消して、さもグートハイルとは関係ありませんみたいな顔してたのはこの機を伺っていたからか。

 動きは悪くない。気配の消し方も十分立派だ。だが、魂の匂いも消さないと私は欺けんぞ。もっとも、そんな事するためには人間を止めねばならんが。


「マティアス」

「分かった」


 呼びかけるとマティアスは私の意図を汲み取って、子どもたちを抱いたカミルたちと一緒に安全な屋外へと消えていった。さて、これで憂いはすべてなくなったな。

 ヒンケルが腕を掴まれたまま蹴りを放ってきて、それをもう片方の腕で受け止める。同時に空いていた腕の袖に隠してあった銃から術式が発射され、それを避けた際に奴の腕をつい離してしまった。


「……っ」

「面倒だな」


 表情を押し殺してはいるが雰囲気からヒンケルも相当苛立っているのが見て取れた。しかしそうしながらも視線はわずかに左右に動いていることから、どうやら苛立ちながらも冷静に逃げ出す算段をしているらしい。だが動く気配を見せるとそれに合わせて私も反応するものだから動きあぐねているようだ。


「さて、グートハイル。一応慈悲をかけたつもりだったんだが、これが貴様の答えということでいいな?」

「ちくしょうがっ!!」


 私の確認には返事をせず、代わりにグートハイルも懐から術式銃を取り出して問答無用とばかりに発射した。が、単なる拳銃タイプの術式銃である。私の張った防御術式に微塵のダメージも与えることなく放たれた術式は霧散していった。

 グートハイルはしょせんただの人間である。スラムの親玉ということでそれなりに腕っぷしはあるが、ゴロツキどもを従えていたのはカリスマともいうべき存在感であり単純な戦闘力はゴロツキのそれと大きく変わらない。なので別にグートハイルを気にする必要はないだろう。

 問題はヒンケルの方だ。


「しっ!」


 そこらの家に比べれば無駄に広いとはいえ、狭い屋内を縦横無尽に駆けながら攻撃を仕掛けてくる。どうやら術式で身体を強化するのが得意なタイプのようで、その俊敏さは中々厄介だ。ナイフや暗器を使った攻撃それ自体は別に驚異ではないが、殺さずに捕まえることを考えると少々骨だな。時間をかければできないことはないだろうが――


「それも面倒だな」


 ならば少々痛いが手っ取り早い手段を採るとしよう。

 徐々に反応速度を落としていく。ヒンケルの攻撃を捌ききれなくなってきているように装う。すると狙い通りこれを好機と見てくれた奴の動きが一層速くなっていった。

 少しずつ袖やズボンが斬り裂かれていき、見た目の傷が増えていく。そして私が動きを止めると同時に希薄だった奴の殺意が背後で膨れ上がった。

 振り向く。そこにはナイフをきらめかせるヒンケルの姿があった。


「――」


 ナイフが私の左肩から胸に向かって深々と突き刺さる。血が噴き出して飛沫となり、私の顔、そして奴の顔を濡らしていった。

 ヒンケルの無感情に近かった顔が愉悦に歪んでいく。そして、致命傷とも言えるダメージを受けた私を見たグートハイルも嬉しそうに歯をむき出しにして快哉を叫んだ。

 ああ、その気持ちは正しい。クソッタレな敵が痛めつけられてるのを見るのはさぞ気持ちいいだろうしこの傷は普通なら確かに致命傷だ。

 だがな。あいにくと私は普通じゃないんだ。


「……っ!?」


 致命傷を負わせたはずの私の手が奴の腕をしっかりとつかむ。途端に、細められていた眼差しが驚きに開かれた。その視線を受け止め、ニヤリとこれみよがしに笑いかけてやると奴の視線に込められた感情が一気に恐怖へと変わっていくのを感じた。


「ば、馬鹿なっ……!」

「あいにくと私は頑丈なんでな」


 ようやく捕まえたよ。正直に言うとめっちゃ痛いんだが、ここはやせ我慢だ。なぁに、この程度で死ぬようなら私はとっくに死んでるし、このくらいの痛みなら嫌というほど経験してるしな。

 しかしニーナがこの場にいなくて良かった。あいつにこんなところ見られたらなんて怒られるか分かったもんじゃない。

 安堵しながら力任せにヒンケルの腕ごとナイフを引き抜いていく。噴き出していた血がみるみるうちに止まっていくのを見て、グートハイルとヒンケルの二人とも恐怖で言葉を失っていた。


「化け……物め……!」

「褒め言葉と受け取っておこう」


 そんな言葉で傷つく時節などとうの昔に通り過ぎた。二人のセリフを軽く受け流し――そのままヒンケルの胸を殴りつけてやる。

 無防備に受けた奴の体は真っ直ぐに飛んでいき、轟音とともにきれいな人型を壁に作り上げると、そのままバタリと前のめりに倒れて動かなくなった。

 一応は手加減したからな。死んではないはずだし、殺すつもりもない。

 匂いからしてそれなりに魂は美味そうだから喰ってしまいたくはあるんだが、コイツには大切な役割がある。アベル解放の証人になってもらわねばならんからな。

 逆に言えば、ぶっちゃけヒンケルだけいれば十分だろう。

 なので、だ。


「ひっ……!」


 血に濡れた顔でグートハイルに向き直ると、私を見た奴が明らかに怯えた様子で後ずさり始めた。


「く、来るなっ! 来るんじゃないっ!!」

「まあ、そう怯えるなよ」


 なだめてみるが私の言葉は奴の耳には届かないらしく狂ったように術式銃を乱射し、そのすべてが私の目の前で弾け無駄に散っていく。奴はそれを判断できないどころか自分の扱える魔素量さえ勘定できないようで、無駄な発砲を繰り返した挙げ句に魔素不足になって膝をついて汗まみれで私を見上げてきた。


「ぁっ……、ぁ……!」

「なぁに、心配するなよグートハイル。大丈夫、怖くなんてないさ」


 痛いのは一瞬だけだからな。貴様とはそれなりの付き合いだし、サービスですぐに楽にしてやろうじゃないか。

 小さな私の影が巨体のグートハイルを覆い隠す。腰を抜かした状態でなおも後ずさっていくがすぐに壁にぶつかってデッドエンド。その怯える顔に向かって笑いかける。どうだ、美少女の顔を眺めながら逝けるなんて幸せだろう?

 ゆっくりと奴の肩に手をかける。優しく、だが逃げ出さないようにしっかりと押さえつけ、そして――


「ひ――ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」


 陽が落ちたスラムに、断末魔の声が響き渡ったのだった。

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