6-2. 私の声が聞こえるか?

 向かいの家から飛び出し、玄関先でたむろってたゴロツキ連中を文字通り蹴散らして私たちは家の中に踏み込んだ。後ろの方では悲鳴やら怒号やら盛大な歓迎の声が聞こえてくるが、面倒なのでおもてなしは結構であり、どうやって断ろうかと考えていると、銃声と共に一気に静かになった。

 振り返ってみれば最近中尉に昇進したらしいレベッカが拳銃を握り、熱心なおもてなしを押し付けてくる連中の相手をしてくれていた。うむ、仕事ができる女は大好きだよ。


「そのセリフは彼女さんに言ってあげて下さい」


 こんな場所でもいつもどおり冷静な声でそんなことをのたまってくるが、はて、彼女とはいったい誰のことを指してるのかね。すぐ後ろでニーナがピクリと反応した気がするがたぶん気のせいだ。そう信じたい。

 とまあそういう感じなので後ろを気にせずにずんずんと奥へと進んでいき、泡食った様子で家主へ報告している男のケツが邪魔なので蹴り上げてやれば、男は見事に弧を描いてグートハイルとヒンケルとかいう男の間にストライク。壁にぶつかって盛大に床に転がった。

 グートハイルの顔を見やったが、なるほど、鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのはこんな顔のことを言うんだな。なかなか実際に見る機会は少ないから勉強になったよ。


「……よお、アーシェ。ずいぶんとド派手な訪問じゃねぇか」


 それでもすぐに取り繕ったのはさすがスラムの親分というところかね。グートハイルは立ち上がって不愉快そうな顔を作り上げると、その強面で睨みつけてきた。


「なに、こちらはお出迎えもおもてなしも要らんと伝えたんだがな。貴様の部下連中が熱心に歓迎してくれたんでこちらも相応に対応させてもらっただけだ。礼には及ばんよ」

「そうかい。ならもうお行儀の良い挨拶は要らねぇよな? とっとと帰りやがれ」

「残念ながらそうはいかんな、グートハイル。私も――王子殺害未遂の犯人を前にして見過ごすような無能になりたくはないんでな」


 そう言ってやった途端、グートハイルの心臓のリズムが変わったのが分かった。


「……ふ、何を言い出すかと思やぁ。ずいぶんと突拍子もねぇこと言い出すじゃねぇか。アベルの野郎が我が身可愛さにこの俺を売りでもしたか? それを真に受けるなんざ、アーシェ、テメェもまたヤキが回ったもんだな」

「それはつまり、グートハイル。貴様は否認するということだな?」

「あたりめぇだ。なんで好き好んでわざわざ関係ねぇ大罪を認めなきゃいけねぇっつうんだよ。いよいよ頭沸いたか?」


 頭をトントンとつついてみせ、こちらを小馬鹿にしてくる。

 その仕草を私は鼻で笑って返してやり、それから肩に引っ掛けていたヘッドホンをグートハイルへ投げ渡した。


「なんだ、いったい?」

「通信用のヘッドホンだ。知らないのか?」

「バカにすんじゃねぇ。ンなこたぁ分かってんだよ。俺が聞きてぇのはこれが――」


 グートハイルの声が止まってヘッドホンを見下ろす。どうやら気づいたらしいな。

 恐る恐るといった様子でスピーカー部分を耳に当てていく。さっきまで堂々としていたというのにそのギャップが何とも滑稽でつい笑いが漏れてしまうが、グートハイルとしてはそんな私に気づく余裕も無いらしい。なのでさっさと引導を渡してやろうか。


「どうだ? 私の声が聞こえるか? ん?」


 グートハイルから返事はない。が、ヘッドホンを握ったその手が可愛そうなくらいにプルプルと震えているのが何よりもの返事だな。


「私からのプレゼントを大切にしてくれてて何よりだ。おかげで助かったよ」


 酒と一緒にプレゼントしたもの。それはまあ、端的に表せば――いわゆる盗聴器である。そいつを酒瓶の底に貼っつけておいたというわけだ。

 ばれないようなそいつを作るのには私もニーナも随分と苦労したよ。なにせ小型化は必須だし、酒瓶は酒瓶でラベルを貼り直して底上げがバレないようにしたうえに偽装用の隠密術式も施したからな。

 なんとかまたニーナが一晩でやってくれたは良いが、今度は小型化したせいで出力が乏しくなって十メートル半径にしか音声が届かないし、魔力もロクに貯められないからリミットはせいぜい数日という、まともな運用には到底たえられない代物だ。

 おかげでここ二、三日は、いつ崩れるかも分からん向かいのボロ屋でひたすらにグートハイルのボヤキとゴロツキ連中の愉快な笑い声を聞き続けるという苦行に明け暮れなければならなかった。ボロ屋の家主? そいつなら少々金を握らせて私が天使の笑顔でお願いしたらションベン漏らしながら気持ちよく家を貸してくれたよ。

 だがまあ、そんな苦行も今日で終いだ。なにせ、ついさっき目の前の連中がご丁寧に計画の説明までしてくれたからな。


「そういうわけだ。

 さて、グートハイル。おとなしく我々に付いてきてもらえるかな?」

「……やだね」


 ふむ。この期に及んでまだ拒絶するか。


「さきほどの話はすべて筒抜けだ。観念した方がいい。貴様とはそれなりの付き合いだ。素直に罪を認めれば、多少なりとも弁護してやらんでもない」

「テメェの弁護なんざ必要ねぇ。だいたい――俺がいつ、何の・・・・・話をしたってぇんだ?」

「ほぅ……?」

「さっき自分で話してたじゃないですかっ! この耳でしっかり聞きましたよっ!!」

「まあ落ち着けや、金髪の姉ちゃんよ。さっきから俺が何やら王子を襲ったことについて喋ったことになってるけどよ、そんな証拠が何処にあるってんだ?」

「だからさっきここにいる全員が――」

「それを偉い連中が信じてくれりゃあいいよなぁ?」


 震えていた姿から一転して、グートハイルは勝ち誇ったような顔を向けてきた。

 なるほどな。確かにグートハイルの言うとおりではあるだろう。

 こいつの背後に貴族連中が控えているのは想像がつく。でなきゃ王子を殺そうとするメリットなんざどこにもないからな。そして、そいつらからすればグートハイルが捕まるのは困るどころの話じゃあないし、徹底して庇い立てするだろう。


「その口ぶりからすると、相当に貴族連中の悪どいことを引き受けていたようだな」

「さてね。身に覚えがないんでよく分からねぇな。

 で、どうすんだ? これでも俺をまだ逮捕しようってのか? ああん?」


 残念ながらしょせん我々は下っ端の兵士である。ならどんだけ「こんな発言しました!」などと訴えたところで録音なんて機能もついてないから、「信用できません」と言ってもみ消されるのがオチというものだ。

 ならば――もっと偉い人間に働いてもらえば問題ない。

 というわけで後ろを振り向いた。いやはや、こういう時のためにと連れてきてた甲斐があったものだ。何事も事前の準備が大事だという証左だな。


「聞いたか? ヤツにはずいぶんと怖いママだかパパだかがついてるらしいんだが、どうにかできるか?」

「ああ、もちろん。実際に私も聞いていたからな。文句は言わせないさ」


 後ろから現れた美丈夫がうなずきながらフードを取る。その顔が露わになるとグートハイルの表情が完全に硬直した。

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